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1 出会い

@1





誰かが、私を呼んだ気がした。

真っ暗な世界でただ一人、ぽつんと置き去りにされたその場所に、届くはずもない幻聴を耳にする。


『______?』


その声は心配しているようで、してなくて。


もう、いいんだよ。

俺はこれで。


決してその瞳に自分が映らないと、わかっていても。

あらゆる思わせぶりな行動が、すべて寂しさを埋めるためだけの行動だと、ただそれだけだと、わかっているから。


『______』


呼ぶなよ。俺を。俺の名前を。


ただそれだけのことで、その声を聞いただけで、俺は揺らいでしまう。

決心が、覚悟が、何もかもが、揺らぐどころではなく引きずられそうになる。


「違うんだよっ!」


ゆらゆら揺れ動く『何か』を、俺は声を荒げることで取り直した。

そうしていなければ、自分は自分ではなくなるような、そんな危うさが垣間見えたから。


「俺は、、、っ」


かすれて消え入りそうな声で、何もかもを殺し。


いいんだ。いいんだよ。

俺なんかが眼中になくても。利用されてるとしても。

叶わないとしても。


「俺はぁ、、、っ!!」


あいつが幸せであれば、それでいいんだ。


俺は今、苦しいだけの道を歩んでいた。



####################


世の中には、同性愛者というものが存在する。

異性を愛しいと思い、心を動かされ、執着するものとは違い、同性愛者は文字どうり。同性を愛するもののことを言う。

なにをどうして恋に落ちるのか、そういったことはなに一つわかりはしなかったし、わかるはずもなかった。

しかし、俺はそれを理解してしまう。

理解してしまうようなことが、怒ったからだ。



「ふあああっ!みぃつけた!」


時刻は朝と呼ぶには少し遅い、11時半ごろ。

昨日連絡があったのでいつもの場所で待っていると、とんでもなく元気な声が後ろから俺に飛びついた。


「んっと。よう」


突然とはいえ、声は聞こえていたので飛びついた体重をやり過ごし、後ろを振り向いて手を挙げる。

そこにはどこまでも可愛い先輩と、もう一人、長身細めのメガネをかけた男が立っていた。


「もぉー! どこにいるのかと思って探したぞ」


抱きついたまま頬を膨らませて、顔を至近距離にまで近づけてくるそいつは、


俺が片思いしてる先輩だった。


「んな可愛い顔してっと、俺なにするかわかんねーぞ?」


膨らませたままのほっぺに指を立て、空気をプシューと抜きながら言うと、驚いたのかとっさに飛び退く。


「あー、やらしいことするんだー? そういうのいけないんだー」


じと目で見てくるこいつも可愛いなぁとか思いながら苦笑。


「可愛いお前がわりーんだよ。あほ」


「あほって言った!今あほって言ったよ!? うちの方が先輩なんだけどなー!?」


「んじゃ敬語にするか。先輩はとても可愛いので少しおとなしくしてるのがいいかと思いますよ?」


「敬語になった分棘が増えた気がしたよ!?」


「気のせいだと思いますよ。ですよね?」


そう言って先輩の横に立ってニヤニヤしながらことを見ていた男に降る。

するとその言葉を受けて先輩をちらり。


「そうだな。俺も同感だわ」


ニヤッとした顔で言い切った。


「ウワァ!裏切り者ぉぉ!」


男と俺はぐっと親指を立てた。




@2



俺にはなにもなかった。

個性も。

やることも。

やるべきことも。

目標も。

生きる意味すらも。


やりたいことをやりすぎて、左足を壊したのは記憶に浅い。

走ることが好きで、遊ぶことが好きで、左足の異変に気付いていながら、俺は無理をして全力で走った。

ただ、やりたいことをするために。

そのやりたいことと引き換えに、俺は



左足を失った。



大げさなことではない。

ただ、とんでもない激痛が続いて、寝流ことも起きることもままならず、眠れば激痛で叩き起こされ、起きれば常にその痛みで頭をかき乱される。

俺はあの時「痛みでめまいを起こす」っていう体験を初めてした。

今考えると、夜は眠るのではなく、痛みのあまり意識を手放していただけかもしれない。

本当のところどうだったのかは、今になっては確かめるすべもない。

確かめたいとも思わなかった。

俺の足は使い物にならず、歩くのさえ激痛のせいでままならない。

なんとか病院に行くことはできたが、


「全治6ヶ月ですね。ここまで進んで相当痛かったはずなのに、よく耐えてました」


そんな医師の言葉が飛んできて、俺は固まった。

その医者が言うには、股関節と足の骨とをつなぐ、クッションのようなものが、体内で粉々に砕けた挙句、骨と骨が擦れて削れてしまっていたため、痛みが発生していた、んだとか。

本当なら3歳くらいの子供がなりやすい病気のようで、中学に上がろうかという年頃で発症するのは珍しいらしい。

正直そんなのはどうでもよかったのだが、そのあと。


「これが治るまでは決して走ってはいけません。あと、装具を必ずつけてもらいますので、その説明を、、、」


この病気は動けば動いた分だけ骨が削れるので、そのままにしておくと治りが遅いどころか、下手したら治らないままで終わる。

だから足に装具をつけ、足に負担がかからないようにしないといけない。

その間は走ることもできないし、しばらくは松葉杖がないと歩くこともできないとか。


あぁ。終わったなと、思った。




装具は作られ、走ることも歩くこともままならなくなり、そんな姿で、俺は中学の入学式をそのまま受けた。

とんでもない羞恥だった。

みすぼらしく足につけられた装具。

それを拍車をかけた松葉杖。集まる視線と、自分と周りの違いからくる違和感。

逃げてしまいたい。死んでしまいたいほど苦しい時間が流れた。


俺にとってそれは地獄になった。



しばらくして、学校の部活見学会が始まった。

そこで気になる部活を見つけて、仮入部する生徒は次々気になる部活に行って、すでに輪を作っている。

俺はどこにも行く気になれなかった。

部活一覧表を見て上から順番に却下していく。

運動部はこの足だからできない。

文化部は、、、。


「ん? 芸術部?」


ふと、ある文字に目がいった。

芸術、、、。

絵でも書くのだろうか。

そう思ったが、ざっと見たところだと、美術部という部活がしっかりあって。

部活の説明文を読んでみた。


『歌と踊りをやる部活』


歌が元々好きだった俺は、初めてそこを見に行くことにした。


自分の教室から2階まで降り、東の一番奥にある東棟へと通路を進んで、階段を上る。

上った先の角を曲がると、そこには音楽室が並ぶ廊下が。

その第一音楽室の扉の前に来ると、そっと扉を開けた。


「ーーーーーーーー!」


最初に聞こえたのは声だった。

それも発声練習の途中のような、そんな声。

それでも、飛び込んできた声に、俺は全てを持って行かれた気さえした。


「ーーーーー。〜〜〜」


その発声練習は突如として歌に変わる。

それはどこかで聞いたような気がする歌で、けれどそれとは全く違う印象を抱かせる声だった。

なんて。

なんて綺麗な声だろう。

透き通るとか、そんなものではなく、本当に透明な声だと思った。

それだけじゃない。今一人で歌っているその人は、思うに先輩なんだと思う。

歌ももちろんなのだが、その美しさったらない。

ここまで顔の整った美人を、俺は今まで一度も見たことはない。

歌声と重ねて、そこにも俺は驚いていた。


「うわ。まじかよ、、、」


つぶやく声がどこまでも呆然としているのを誰が責められようか。


「あ、見学の子? よかったらこっちに来ていいよ」


そんな声をかけられて、俺はハッとして後ろを振り返った。

するとそこには顧問の先生と思われる人が立っていて、俺は慌てて首を振る。


「あ、いえ、気になって見に来ただけなので、いいです」


そう答えた直後に、歌はどこからも聞こえなくなっていて、少し残念に思いながら正面を見ると。周りの視線がこちらに向いていた。

居心地が悪くて、少し下がりながら、俺はその日、迎えが来るまで様子を見続けた。



それからというもの。

俺はその部活にちょいちょい顔をのぞかせることが多くなった。

他の部活も見にはいってみたが、中に入って見学するまでには至らなかった。

人の多いところに行くのがめんどくさいっていうのもあるが、足のせいで、あまりたくさんの人の前には行きたくはなかった。

結果、少し見に来ていたこの部活に、顧問に勧誘されて流れに乗って入部することになったのだが。


その部活では、歌の基本と、踊りの基本。

その応用を教えて実際に歌を歌ってみるという活動をしていた。

毎年ある音楽発表会に歌と踊りを披露するのが今の活動目的らしく、初日の脅威の歌声を披露した美人部長が日々新人に稽古をつけていた。

だけど、部活表に書いてあった部員人数と、今いる先輩との数が合わないことに、俺は疑問を抱いていた。


そんなある日。


いつものように部室へと赴き、発声練習を始めていると、遅れてやってくる部員がいた。


「、、、?」


後ろを振り向くと、顧問の先生と話をする、初めて見る先輩の姿があって。


「別の部活の人か?」


と思っていたのだが、そうではなく。

その人は先生と話し終えると、こちらにやってきた。

その頃にはもう発声練習を終えて、それぞれ休憩に入っている時間で。


「こんにちわっ」


窓際で外を眺めていると、妙に高い声が後ろから聞こえていて、俺は後ろを振り返った。


「新入部員だよね? この部活の先輩なのっ。よろしくねっ」


元気に、陽気にそう言ってくる、あいつがいた。




これが始まりだった。

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