蓮咲ノ定例会議 ~桜刻院の場合・朝~
蓮咲には大きな御家が四つある。一つは呉服屋の桜刻院。もう一つは遊郭や料亭を展開する月刻帝。妖怪や怪異を制する雪刻堂。最後に、時刻を司ることを家業とし騒がしい輩を愛する和刻園。彼らの通り名は「四家ノ高嶺」。蓮咲は四家ノ高嶺を中心として商業施設や地域住民が活性化している。
桜刻院の朝は早い。私の仕事は朝一番に日めくりカレンダーを捲ること。
「7日かぁ…。あっ!遥様起こさんと!」
本日7日は蓮咲の中心にて月一の会議が行われる日。我らが桜刻院からの出席者は一人娘の遥御嬢様。何としてでも遥様を起こさないとならない。
この桜刻院にお世話になり始めて早3か月、今だって慣れないことは沢山ある。お屋敷の中でだってほら私ったら迷子になってしまう。困った困った。
ドンッ
向こうから勢いよく歩いてくる誰かにぶつかった。遠目で見ただけでは判断が付きにくいけど、黄緑色の袴を穿いた色白の若い男だった気がする。そんなことを考えていたときに頭の上から私に降ってきた声には聞き覚えがある。
「…痛い。月子!何度言えばわかるんですか。ここは《夕食の間》、あなたが行かなくてはならないのは東庭園の離れにある《定春荘》でしょう。」
物凄い早口で捲し立てるように私(竹兎月子)を叱ってくるこの男性は、桜刻院の厨房担当・夏目佳去だ。
「あー!」
「『あー!』じゃありません!そんな間抜けな声を出している暇があるならさっさと行きなさい。ほら早く!」
「はい!佳去さんありがとー!行って参ります!」
佳去さんは偉い人らしい。偉いというよりこの屋敷にいるお手伝いさんの中で一番古株だと聞いている。そんな彼に言われたので異論など勿論なく離れに走った。全力で走って急いで襖を開けたが、
「月子おそーい」
遥様は起きていらっしゃった。息を荒くしたままその場にぺたんと座り込むと遥様は言われた。
「ふふっ。そんなに息を切らして。もしかしてまた迷子にでもなったの??」
目を細くして口に手を当てて微かに笑いながらこちらを見てくる遥様は可愛らしい。可愛いだけでは失礼なのは重々承知だ。遥様は容姿端麗、髪は長くて黒いストレート。猫みたいな切れ長の目、スラッとした細身のお姉さんって感じがする。
「そうだ、遥様。本なんか読んでいる場合ではなくて。今日は会議の日です!急いで支度をしてくださると良いのですが…」
「月子、見て分からないのかしら?もう用意できてるわよ?支度しないといけないのは月子の方じゃない?」
ニコニコと優しく窘められて気が付いたこと。私は朝起きてから今までカレンダーを捲っただけで、実は
何もしていない。
「うぅー!」
「…そこで騒いでないでいいから早く着替えていらっしゃいね。月子も一緒に行くんでしょう?」
「はい!只今着替えてまいります!少し待っててください!」
バタバタバタバタッ
「全くもう…。変わらないねあの子は」
離れから走り疲れて歩いているとまた佳去さんに遭遇してしまった。今度はぶつからずにバッタリと。
「また月子ですか。ああ、そうだ!遥様と会議に行くんですよね?」
「はい。そうですけど何か用でもあるんですか?」
今までにないくらいの笑顔の佳去さん。少なくとも私には向けられたことのない笑顔だなぁ。
「はい。実は伊吹デパートで予約していた包丁が入荷されたらしいんです。その包丁っていうのは今も桜刻院の厨房で使っているモノの後継モデルで切れ味が抜群なんですよ」
「へぇーそうなんですか」
「まぁゴチャゴチャ言っても一回じゃ理解できないでしょう」
「なっなんて酷いことを、そんなにさらっと…」
「まぁ兎に角です。あなたにはお使いを頼みたい。『桜刻院の夏目の使いです。予約していた新作の包丁を受け取りに来ました。』と言ってもらうだけでいいのです。簡単でしょう?」
「確かに簡単ですね。分かりました。行ってきますよ、では」
「良かった。助かります。気を付けて行ってらっしゃい」
佳去に手を振って歩き始めた時にはもう離れから出て十分近く経ってしまっていた。自室に戻り急いで着替える。遥様を迎えに行き無事に出発することが出来た。
「遅いわよ、月子」
少し怒り気味の遥様には少し話しかけずらいが、
「行ってきます」
一言そう言い残して桜刻院を後にした。




