第三十五話 非日常カタストロフ
太陽はビル群に飲み込まれ、冬空にたなびく雲は茜色から群青色へと染まってしまっていた。
夕焼け小焼けが鳴り響きだした街、子供達は手を繋いで帰っていった公園で、金属が擦れ合う不協和音を鳴らしながら男子中学生が二人。錆びたブランコに乗りながら他愛もない会話に興じようとしていた。
『……』
「……」
『…………はぁ……』
「……おい、いつまでそーやって落ち込んでる気だよ? ぶっちゃけ目障り。豆腐の角に頭突っ込んで死ねってくらいうざい」
『何という恐ろしい事を……! 食べ物は大切に扱え! ……じゃなくて貴様は現実逃避もさせてくれぬのか!?』
「受け入れたくない気持ちは分からなくもねーけどよ、そうやって現実から目を逸らして逃げて何か状況が変わんのか?」
『……では聞くが、貴様は向き合えるのか?』
「当たり前だろ。たかが冬休みの宿題くらい速攻初日で終わらせられるわ」
『貴様に聞いた俺が間違っていたよ!』
「いやあんな量だけ多い奴すぐ終わるだろ? 終わらないお前がおかしいんじゃねーの」
『馬鹿な……俺は神だぞ!』
「じゃあさっさと宿題やろーか。俺がハリセン片手に監視しててやるから」
『何の拷問だそれ……っ!?』
いつものように取り留めのない会話をしている最中、グレンは何かを察知したかのようにハッと目を見開き、ガシャンと大きな音を立ててブランコから飛び降りた。
「おわ、あっぶね……何してんだよ」
乱暴に飛び降りた反動で彼の乗っていた座板は大きく揺れ、金属の鎖が擦れ合ってガチャガチャと耳障りな不協和音を奏でるが、当の本人は木々の一点を鋭く睨みつけていて霧之助の質問にも答えない始末だ。
「ぐ、グレン? どうしたよ……何かあったんか?」
普段と異なる親友の様子に霧之助も不穏な空気を察知し、今度は不安そうに呼び掛ける。
グレンは背後に霧之助がいる事を思い出して舌打ちをし、そして振り返ると静かに首を振った。
『……いや、何でもない。宿題もあるしもう今日は帰るとするか』
「いやいやいやおかしいだろ。お前さっきまで宿題やりたくないってごねてたのに突然それっぽい演出しやがって……」
文句を言いつつも霧之助が従ってブランコを降りたのは、あの怠惰なグレンが折角やる気になっているのを止める理由も無いからである。
少年二人が公園を出て道に抜けた時、正に先程までグレンが視線を向けていた木々が風もないのに微かに騒めいた。
『……彼の行動で確信したよ。あの子がそうかぁ』
『幻影の世界線では魔界四天王で二番目の強さを持つ幹部と接触しているし……興味深いね』
『それにあの馬鹿サイボーグをコントロールできるとかヤバイよね〜。敵に回すと面倒なタイプって奴かなぁ?』
『つか独白ぼっちみたいで悲しい……ボク様に気づいておきながらボク様を置いてとっとと帰っちゃうなんてゲーマスちゃん激おこだぞっ』
* * *
▼霧之助 グレン いどうちゅう。
「いやーたい焼き安くしてもらえて良かったな!」
『値切り交渉は俺に任せろ』
「今ばかりはお前が超頼もしく見えるよ。美少年って何もしなくても得するよな」
『ん……? 暗に顔以外取り柄が無いと言われたような……』
「そんな訳ないだろ。殺傷能力とスピードはアンリレベルだ」
『? アンリとは何ぞ?』
「電子世界の金髪猫耳ショタ」
『あざとい……』
「ちなみに人間モードの初期設定では私服が和服で凜とした感じの人外系黒髪いけめそでした」
『うわぁ』
――盛大に建てられたフラグにも気付かず、今日も今日とて代わり映えしない日常を送る二人であった。