第十話 チャット
十話記念。いつもと少し違います。
太陽はビル群に飲み込まれ、秋空にたなびく雲は茜色から群青色へと染まってしまっていた。
――ですが、二人はいつもの公園にはいません。
今日は少しいつもと違う二人と、その他数名の様子を見てみましょう。
≪霧さんが入室しました≫
【霧】
<うーっす今部活終わったぜ>
【シエル(ニジマスの神p)】
<ん、お帰り。遅かったな>
【11歳腐った少年】
<おかー。霧兄演劇部お疲れ>
【霧】
<二人共もう居たん?>
【11歳腐った少年】
<今日はクラブ活動がなかったからね>
【霧】
<小学生はともかくシエル氏は早いな>
【シエル(ニジマスの神p)】
<ま、まあな。たまたまバイトが早く終わったんだ>
【霧】
<そういやシエル氏ってバイトしてたんだったよな。つか今いくつなん?>
【シエル(ニジマスの神p)】
<……16だが>
【霧】
<何故チャットに間を空けた>
≪暗黒騎士マカロンさんが入室しました≫
【暗黒騎士マカロン】
<ああああああああああああああああああああああああああああああああああ>
【霧】
<!?>
【11歳腐った少年】
<グレン兄キーボードに物落とした?>
【シエル(ニジマスの神p)】
<マカロンの食い過ぎでとうとう頭バグったか……>
【11歳腐った少年】
<↑のコメ酷いww>
【暗黒騎士マカロン】
<どうしよう霧島。事件だ>
【11歳腐った少年】
<なになに事件って?w薄い本でも拾った?ww>
【シエル(ニジマスの神p)】
<そんな訳あるか腐男子はお前だけだ>
【暗黒騎士マカロン】
<大変なんだ。霧島の姉が……姉が……>
【霧】
<姉ちゃんがどうした?>
【暗黒騎士マカロン】
<貴様の姉ちゃnかi2〒pajら27aap>
【霧】
<何だって!?>
【シエル(ニジマスの神p)】
<誤字り過ぎだろ。キーボード見えてるのか>
【11歳腐った少年】
<シエルさんは厳しいねw>
【霧】
<慌てなくて良いから、落ち着いてゆっくり書けよ>
【暗黒騎士マカロン】
<ああ……貴様の姉が>
【霧】
<うんうん、それで?>
【暗黒騎士マカロン】
<俺の真正面で階段から落ちて……>
【霧】
<え……>
【11歳腐った少年】
<……!>
【暗黒騎士マカロン】
<その弾みに俺にぶつかり俺のマカロンが全て地面に落ちたうわぁあああああ>
【霧】
<そっちかよ!>
【11歳腐った少年】
<wwクッソワロタwwwwそんなオチだと思ったww>
【暗黒騎士マカロン】
<俺のマカロン三十個がああああああああああああああああああああああ>
【シエル(ニジマスの神p)】
<画面越しに最悪の事態を想定してしまっただろうが! 紛らわしい事しおって……斬るぞこのマカロン狂信者!>
【11歳腐った少年】
<グレン兄wwwご愁傷様wwwwww>
【霧】
<実にグレンらしいけどさ! 少しはうちの姉ちゃんの心配しろよ!>
【シエル(ニジマスの神p)】
<おいマカロン脳。霧の姉はどうなったんだ?>
【暗黒騎士マカロン】
<マカロンをクッションに華麗に着地した>
【シエル(ニジマスの神p)】
<不死身か>
【霧】
<……シエル氏しか心配してくれる方がいない>
【11歳腐った少年】
<シエル氏口は悪いけど心根は優しいからね>
【霧】
<ツンデレだもんな>
【シエル(ニジマスの神p)】
<おい調子乗るなよガキ共>
【暗黒騎士マカロン】
<マカロンマカロンマカロンどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう>
【シエル(ニジマスの神p)】
<五月蝿いお前は黙っていろ>
【11歳腐った少年】
<シエル氏怖い怖いwwww後グレン兄はそろそろマカロン諦めよっか?>
【暗黒騎士マカロン】
<だが断る>
【シエル(ニジマスの神p)】
<黙れっつってんだろ……>
【暗黒騎士マカロン】
<俺はずっと黙っているぞ? それを言うなら『書き込むのやめろ』だろ馬鹿者>
【11歳腐った少年】
<突w然のwマジレスwww>
【シエル(ニジマスの神p)】
<屁理屈を並べるな。高校生舐めるなよ? クソガキ>
【暗黒騎士マカロン】
<舐め腐っているのは一体どちらであろうな? 朽ち果てた無敵の天才神童殿?>
【11歳腐った少年】
<!>
【シエル(ニジマスの神p)】
<……っ!>
【霧】
<あれ……なんかチャット内の空気が不穏>
【シエル(ニジマスの神p)】
<……駄作サイボーグ……ぶっ殺される覚悟はできてるんだろうな!>
【暗黒騎士マカロン】
<上等だ。人間にも魔族にもなり切れない不完全な貴様が俺に敵う可能性など万が一にもないがな>
【シエル(ニジマスの神p)】
<っ調子乗んじゃねえ改造人間がぁぁああ!>
【11歳腐った少年】
<戦争突入なうwファーーーwwwwww>
【霧】
<……巻き添え喰らうの嫌なんで落ちて良いですか……?>
【11歳腐った少年】
<えーっ落ちるの? これからが楽しいのに!>
【シエル(ニジマスの神p)】
<好きにしろ。その間に俺はマカロンと終末論争を繰り広げているからな>
【暗黒騎士マカロン】
<威勢だけは一丁前か。言っておくが俺ネット上の言い争いでは負けた事ないからな?>
【シエル(ニジマスの神p)】
<安心しろ俺もだ>
【霧】
<じゃ……サヨナラ……>
≪霧さんがログアウトしました≫
「……ふう」
パソコンをシャットダウンした俺は、ぐったりと椅子の背凭れに寄りかかる。
今日は部活が長引いて、公園に寄る時間もなかったからせめてチャットで癒されようと思い立ってチャットをしていたのに……部活が終わった直後よりも顕著に感じるこの疲労感はなんなのだろうか。
チャットの中で大暴走していた親友と腐男子とシエル氏に溜息を漏らさずにはいられない。
「……本当何なん? あのマカロン厨……てかルリト『w』を乱用し過ぎだろ……シエル氏は比較的真面で頭良いけどキレると言ってる事滅茶苦茶になるし」
俺はブルーライト軽減用に掛けていた眼鏡を外してケースに仕舞った。
そのついでに、ちらりと隣の部屋がある方向の壁へ視線を向けるが普段ギャーギャーと喧しい姉の部屋からは今は何も聴こえない。
疲れていて気がつかなかったが、隣の部屋がこんなに静かなのに気がつかなかった俺も異常だな……
俺はまた溜息を吐き、電源が切れて何も映されていないパソコンの画面へ視線を戻す。
「……明日はどうしようか。流石に公園はそろそろ止めにした方が良いよな……グレンの家にでも行くか」
ぽつりと落とされた呟きは誰にも聞かれる事なく、室内に霧散していった。