出逢い。
春。
どことなく誰でも緊張のするのではないかと、私は思う。
という私も、どこか緊張していた。もう既に何週間か通っているけれど、未だにこの緊張はほぐれてくれない。
これまではただ、学年が上がっていくだけだった。それが私はもう、高校生になる。中学生は地域ごとに行くところがだいたい決まっているが、高校は違う。自分に合った、自分の行きたい、自分のレベルの高校を受験するのだ。
私は中学の三年間学校に行っていた期間が短かったので・・・というのは言い訳だけれど、遠くの高校へ進学した。
初めての電車通学である。
そもそも電車というものは苦手だ。人が溢れていて、マナーの悪い人だっているし、まあそれは人間だから仕方のないことなのだけれど、できれば一人で安全に自転車通学をしたかった。
自転車通学だって、人が溢れているし、マナーの悪い人だっている。それでもひとつの空間に押し込められている電車よりはよっぽどいいと私は思っていた。それでも定期をもらったときに少し誇らしく思ったのは事実である。
「うわ、人多すぎ。」
思わず声がもれて、はっとして口を閉じる。何人かに迷惑そうな目で見られた。それに少しイラっとはしたけれど顔には出さずに座席に座った。しばらくは携帯でもいじっていよう、と私は自分に言い聞かせた。
そう、高校生なのだ。
他人にとって迷惑がられて仕方がない。
そんなことを思いつつ私は携帯をポケットから取り出す。
最近の家庭では珍しいのかもしれないが、私は高校生になるまで携帯を持たせてもらえなかった。これまではひたすらパソコンで時間の無駄遣いを繰り返していたが、これからはもう少しマシになることだろう。できるだけ携帯は触っていたくない。周りの目が気になるからだ。知らない間に中身を見られている可能性もなくはない。『歩きスマホ』なんてことしてるやつらと同じように思われたくないというのが本音なのかもしれないが。
それにしても携帯はつまらない。
これを延々と触っている人の気が知れないというか。
単に私には合っていない、という話だ。
携帯なんて、連絡さえとれれば充分だ。
そうこうしているうちに、高校の最寄駅についた。ここからは歩きで、のんびりと学校へ向かう。
「おはよう。」
そう言ってきたのはいつもの男の子だった。
「・・・誰。」
私はいつものように返事をする。
「バーカそろそろ覚えろよ!ナツキだよ、ナ・ツ・キ!」
未だにこの人のことはよくわからない。ただこの高校は電車通学が多いから、ときどき同じ時間にこの場所につくのだ。
「あなたの苗字、知らないのですが。」
これを訊いたのは何回目だろうか。
「教えねーよ。だって教えたらお前、絶対苗字で呼ぶじゃねーか。」
ああまたこう返してくる。
この人は何故か毎日私に話しかけてくる。正直鬱陶しい。でも、そう思いつつも返事をしてしまう。
『腐れ縁』とは、このような感覚なのだろうか。私は彼が話しかけてくるのを受け流しつつ、はいはいと相槌を打ちながら思った。
この学校に校則はほとんど存在しない。そのせいなのか、それとももともとそういうやつらなのか、馬鹿なことをして警察にお世話になるなんてことは日常茶飯事である。
それに対して私はあまり気にしなかった。そんなやつらと関わらなければいいだけの話だし、いちいち気にしているのも面倒くさい。
「おはようクマちゃん!」
誰だと思ったらクラスメートだった。
「おはようウサギさん。」
クマちゃんってなんだ。私は未だに理解できていないが、相手のことはウサギと呼ぶことにした。
「クマちゃんさ、毎朝男の子と来てるよねー!それもイ・ケ・メ・ンの!」
これを言われたのは初めてである。今朝目撃されたのだろう。
「この学校に来る人はみんなあそこで降りるし来るルートも同じでしょ。たまたま一緒になるだけだし、私は苗字すら知らないし、相手も私の名前知らない。」
「苗字ってことは、下の名前知ってるんだ?」
なんて鋭いんだこの子は。普通に名前って言えばよかった。
「ナツキっていうらしいよ。もっとも、私は名前で呼ぶ気は一切ないが。」
「えー、何それつまんなーい!」
朝からこのテンション。一体この子は何を食べて生きているんだろうか。
ウサギは私の席の隣で、初回の授業で教科書を貸したときから話すようになった。仲良くなった、とはあえていわないことにしよう。
「せっかくなんだからさ、探しに行こうよ!ナツキ・・・だっけ?ってことしか知らないんでしょ、あとイ・ケ・メ・ンってことと!せっかくじゃん!せっかくだよ!そうせっかく!」
これを何秒で言い切ったか、それは想像にお任せする。
「と!いうわけでー!」
どういうわけだ。
「授業サボって見に行こう!」
サボっちゃいかん。
突っ込む間もなくウサギは私の手を引っ張っていく。
ウサギのことは嫌いではない。が、いつもこのペースに乗っかってしまう自分にはイライラする。がしかしどこかで嬉しいと思っているのだろう。本当に嫌なら断れたはずだ。
そう、私は心の何処かで、あの人のことが―ナツキのことが、気になっていたんだ。
場所も知らないはずなのに、何故かウサギは何の迷いもなく私の手を握ってどこかへ連れて行く。おかしい。私の直感だ。
「ウサギ、どこに連れて行く気だ。」
思い切って訊いてみた。
「私が知らないと思う?!イケメンのいる教室とその場所はすべてココに入ってるのよ。」
そう言って中身の空っぽな頭を指した。
五分程だろうか。一度も足を止めることのなく、彼女は教室へたどり着いた。当然、あの人はいる―と思っていた。
「あれっ、おっかしーなあー。絶対この教室なのに。」
独り言を言ってからすぐ、教室にいる人に声をかけた。
私はこのとき初めて知った。彼は私よりも二つ上の三年生だった。心の何処かで私は誓った。絶対こいつに
近づいてはいけない、と。上級生なんて、悪いイメージしかない。入ってきたばかりの純粋な心の(自分で言うのもおかしいが)女子生徒を弄んでいるに決まっている。
「ウサギ、帰ろう。」
私はそう言おうとした。が、遅かった。もうすでに、彼は来ていたのだ。
「あれ、来たんだ。どうしてここがわかったの?嬉しいなあ」
へへ、と赤面して言う彼。もしかしたら本気なのかもしれないなんて一瞬思ったけれど、私はすぐにその気持ちを心の奥へと追いやった。
「こんにちは。」
言ったあとに思った。まだおはようの時間じゃないか。案の定、彼は笑う。
「まだおはようだよ。」
その笑顔に、不本意にもドキドキしてしまった。
久々に小説を書きたいと思い、投稿させていただきました。
他の連載小説も少しずつ更新していきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。