転校生に絡まれた
俺は真田薫の存在を意識しないように過ごしていた。
彼女の周りの人だかりは、衰える事を知らない。
いや、増えている気がする。
まさか、マンガのようにファンクラブや親衛隊なんて出来て無いだろうな。
どうだって良いか。
触らぬ神に祟りなしだ。
これは、オタク道を生きる俺の処世術でもある。触らぬ不良だって滅多に絡んでこないのだ。
だけど、美女と転校生と遭遇した日から、丁度一週間後。
俺の思惑を無視して、話しかけてきたのは真田の方だった。
ついに学校と言う束縛から解放され、はやる気持ちで帰りの支度をしていた時、偶然にもお姫様は俺を視界に捉えたらしく、釣り目を細めながら命令してきた。俺と喋るのも嫌だと言わんばかりの、冷たいトーンだった。
「そこのオタク君。今日は私が掃除当番なのよね。どうせ、まっすぐ帰ってゲームしてるんでしょ? 掃除させてあげるわ。ぐうたらな、あなたに人生の目標を与えてやるのよ。ありがたく頂戴しなさい」
だってさ。
おいおい。ワガママな奴だな。自分の言う事は何でも通ると思っているのか?
俺だって、年頃の男だ。
『舐められたくない』なんて思いはあるのさ。
つい、精一杯の抵抗をしてしまった。
「いや、ごめんね。だけど、自分でやりなよ。真田さんの言う事なら、全ての男が聞いてくれるなんて思わないでさ。せめて、お願いする時に『オタク』なんて馬鹿にしたような言い方は止めた方が良いじゃないかな? ……な~んて、思ったりして。えへへ」
もちろんオタクの俺は、情け無い作り笑いで抵抗したのだが……。
真田は、細長いつり目を限界まで見開いて、表情だけで『信じられない』と言う情報を伝えていた。
そのまま、暫く俺を見つめている。
まさか、俺の比喩通りに正体はお姫様で、自分の言う事を否定されたのが初めてだったんです~、なんて言うなよ。
きっと、社会に出れば美女だけで許される事もなくなるさ。それに、老化と言う物は全ての生き物にに平等に降りかかる災いだ。その美しい(らしい)美貌も永遠じゃないんだぜ。
俺は、ちょっと親切をしたのさ。うん。
などと自分に言い訳しながらも、軽く気持ちが良かった。
ざまぁみろ。
クラスメイトの厳しい批判の視線も無視して、もちろん真田の不思議そうな視線も無視して、俺は逃げるように教室を出て行った。
そして……。
俺は我が身を代償にして、ある事実を知ることになった。
やっぱり、触らぬ神に祟りなしって言うのは正しい言葉だったんだ。
昔の人の言葉には重みがあるよな。
俺はやっちゃいけない間違いを犯したんだ。
せめて、逆らわずに流しておけば良かった。