スネークのその後
一月三日。
人類は救われ、『力』も消え去った。
そんな高校生が冬休みを謳歌しない事は、誰が許そうと俺が許さない。
初めてのメイド喫茶を体験してみようと、わざわざ札幌中心街まで足を伸ばした時の事だ。
メイド喫茶のあるビルの前で、スネークと会った。
「あらあら。遠回りでも、ここを通るように意識すれば、いつかは会えると思っていたわ~。……本当に会えるとガッカリするわね」
メイド喫茶のある、ビルの二階を指差して軽蔑の目を向けられた。
「違うんですよ。今日が初めてで」
「違わないわよ~。結局行くんでしょ?」
「いや、如何わしい店じゃないんですよ。噂じゃ『癒し』らしいですよ!」
「ふ~ん。救世主様がこんなのだと、本当にがっかりだわ~」
背の高いスネークは、目を細くした軽蔑の目線で、俺を見下ろしていた。
駄目だ。俺は言い訳すればするほど、深みにはまる状態を知っている。
話題を変えなくては。
「なんで、俺に会いたかったんですか?」
「わからないのかしら? 貴方のせいで無敵の『力』を失ったのよ。人類を滅亡させる術も失ったわ」
なんか、怒っていらっしゃる。
「だけどね~。私の心を支配していた悲しみも消えたわ」
「良かったですね!」
人の不幸が消えるのは、思っていたよりも嬉しい事だった。
スネークは口を隠しながら、小さく上品に笑っていた。
「うふふ。駄目ね。お子様なのね~。罪を犯した人間を許すなんて駄目なのよ~」
そうなのかもしれない。
許してはいけないのかもしれない。
俺は何も言えなかった。
「それにね。言ったでしょ? あの悲しみはきっかけに過ぎないの。私たちの心には、元々闇があったのよ。私は、以前から人類の存在に疑問を覚えていたわ」
「そうなんですか?」
「良くある話よ。動物を救いたくて、獣医を目指した。すると、その学校では動物で何度も実習をするの。人の存在に疑問を覚えたわ。動物の命を無下に扱う、私たちは何様なのかってね。下らないでしょ?」
それは、酷い話だ。
俺の知らない所で、人は酷い事をいくらでもしている。
人間は、多くの犠牲の上に便利な世界で生きているんだ。
だけど、それが『人類を無理やり滅ぼす事が正しい』とする理由にはならない気もする。
「わからないですよ……」
正直な気持ちだ。
俺には何が正しいのかなんて、わからなくなっていた。
「駄目ね~。本当にお子様だわ。そういう時は、こう言うべきなのよ。『そのぐらいの挫折を乗り越えた人は何百万人もいる』とか『自分勝手な価値観を人に押し付けるな』とか『そのおかげで、いくつもの命が救えるんだ』とかね」
「余計に、わからなくなりますよ」
スネークは、何故か、手で口を隠すことなく、嬉しそうに微笑んだ。
「私の救世主は、本当に駄目な子ね~……。だけど、ありがとう。私も、人類の滅亡を選べる立場にあったの。貴方のせいで、納得しかねる決断をしたわ~。遅刻してしまったけどね~」
そう言って、謎を残したまま去っていく。
俺は、釈然としない気持ちで見送っていた。
突然スネークが振り返り、最後にこう言った。
「あなたとアフロディーテの、青臭い喜劇は面白かったわ~」
俺が命を投げ出す覚悟を得るために行った告白。
背中を押して欲しくて行った告白。
どうも、スネークにはしっかり見られていたらしい。
取り乱していたくせに……。
悔しいから、俺はこっそり彼女の年齢を推測してみた。
十一年ぐらい前に、あいつらは力を得た。
スネークは、その当時から。あるいは、初期の頃から人類を滅ぼすと言う意見だった。それは、獣医学を学んだから。
えっと、人類に疑問を覚えたのが二二歳ぐらいとして、十一を足すと……。三十三歳?
二十代前半。いや、ちょっと老けた高校生でも通りそうなのに。
女って生き物は恐ろしい。




