美少年のその後
十二月二十七日。
洋介さんの見舞いに行った次の日には、藤間の見舞いに行った。
藤間は、もちろん俺たちの訪問を歓迎していなかった。
病室に入ると、藤間はベッドに寝ながら小説を読んでいた。
ベッドに横たわる藤間は、せっかくの美少年顔の真ん中、鼻に仰々しく厚めのガーゼが当てられていた。
「君たちか。良く来れたものだよ。鼻の骨が、かなりめり込んでいてね。もう少しで視神経も傷付けたらしいよ」
藤間は、読んでいた小説を投げてくるのではないだろうか、と心配してしまうほど軽蔑と憎悪を含んだ表情で睨みつけてきた。
「やりすぎた。すまない」
ハリネズミは、深々と頭を下げていた。
ハリネズミ。確かにお前はこいつを傷付けた。
だけど、藤間はそれ以上の仕打ちをしようとしたんだぞ。あんな氷の塊を落とされたら、命を落としていたって不思議じゃないんだ。
「藤間さん。あなたが言える義理じゃないですよね?」
俺は、恐怖に負けないように嫌味を言った。
それを聞いた藤間は、小説をベッド横の机に叩きつけるように置いて、ありがたく無い説明をしてくれた。
「おやおや、武田君。流石は卑怯者集団のリーダーだよ。わかってないな~。僕の罪と針山君の罪は無関係なはずだ。彼がやったことは許されない。そして、僕の骨折も明智君の脱臼も、現在の法律でも裁かれる事なんだよ。僕のやった事とは違うんだ」
見舞いになんか来るんじゃなかった。
少しでも、こいつの怪我を心配した俺が馬鹿だった。
そして、藤間は俺へ特別な敵意を向けている気がする。初対面のあの時から。
俺も実はそうだ。誰がなんと言っても、情けなくても、美少年は無条件で嫌いなんだ。
「藤間……。すまなかった!」
俺は、謝り続けているハリネズミを引っ張るように病室を出ようとした。
だけど、藤間は、聞こえるように深いため息をついて、俺たちを呼び止めて、悔しそうにこう言った。
「待てよ。警察には何も言ってないよ。明智君にも言っておいた。いや、他の全員にだね。全部、不可思議な巨大な氷の塊が振ってきたせいだってね。僕の怪我も、明智の脱臼もね」
「ありがとう。藤間さん」
俺はお礼を言ってしまった。
俺たちが病室を出ると、見知った女子高生が待っていた。
どうやら、彼女も今しがた見舞いに来たらしい。
「ごめんなさい。病室の中から、貴方たちの声が聞こえたから待たせてもらったわ。藤間君には聞かれたくないの」
そう。俺たちは彼女を知っている。あの、氷を操る『力』の三つ網お下げの女子高生だ。彼女自身も氷のような女だった。表情も乏しいし。何より、音も高くて綺麗な声なのに、冷たい印象があった。
「私も藤間君も、貴方のおかげで救われたわ」
よくわからないが、感謝されているらしい。
こういう時は、素直に受け取った方が良い。
お互いに気持ちいいだろう?
そして、彼女はさらに訳のわからない事を言った。
「私のためにお願いするわ。絶対にアフロディーテの事を離さないで」
彼女はそう言うと、俺たちの反応を待たずに病室に消えていった。
俺はハリネズミにジェスチャーで『訳がわからない』と伝えてみた。
すると、ハリネズミは呆れ顔で言った。
「藤間が真田さんに恋をしていた。そして、彼女は藤間に恋をしている。つまりは、そういう事だよ」
そうなのかな?
納得しかねるが、少女マンガ通のこいつが言うならそうなのだろう。
なぜか、俺の脳裏には藤間とのファーストコンタクトが思い出された。
たしか、直ぐに逃げられるように真田と手を繋いだはずだ。
その真田と藤間は話しているのに、反応が薄かった。
嫌味が大好きで底抜けに性格の悪い美少年、藤間には珍しい事だ。
それでも、やっぱり理解しかねる俺に、ハリネズミはこう付け足した。
「藤間も孤独に悩んでいたんだろう。そして、真田ちゃんとは付き合いが長いらしいしな。彼女の孤独を感じ取っていたって不思議ではないさ」
そして、ハリネズミも解らない事があるようだった。
「それにしても。彼女は不思議だぜ? 大気中の水分から自由に氷を精製できるんだ。最初の弾丸だって、あんな綺麗な球体じゃなくて鋭利な物にすれば良かったのに……。それに、空で作った氷の塊だって不思議だ。同じ、四二〇Kgなら面積を小さく作ったほうが殺傷力があるのにな」
俺には彼女の発言より、その事の方がよっぽど理解できるけどな。
「彼女も本当は、人を傷付けたくなかったんだろ」
そして、藤間もだろう。
俺たちの事を不良の子分を使い見張っていたんだ。俺や真田の家ぐらい知っているはずだ。そして、多分ハリネズミの家も。
それでも、藤間は残忍な奴だったけど、卑怯な手段を使わなかった。真田の件だって、俺たちの用心とは裏腹に、いつも正面から挑んできた。
本当は、誰かに止めて欲しかったのかもしれない。
叱って欲しかったのかもしれない。
ただ、自分たちに余裕があると思っていただけなのかもしれない。
あるいは、藤間たちは、自分たちこそ正義だと信じていたのかもしれない……。




