斉藤洋介のその後
さて、その後の事を話そうか。
そうだな。
十二月三十一日が終わる時、あるいは一月一日が始まった瞬間に、『人類を滅亡する力』は発動した。
真田の文字と同じで、一度発動してしまった『力』を無効化する事は出来ないみたいだった。
信じられない痛みと苦痛に襲われた。
一斉に、身体中に隙間なく五寸釘を打ち込まれたような、とにかく信じられない痛みだった。
正直、俺たちのやった事は全て無駄で人類は滅んでしまうんだ、と思ったね。
だけど、それは極々短い時間だった。
テレビの生放送なんかも多い時間だ。記録はいくらでも残っている。俺の体感では、あの苦痛は十分は続いただろうと思った。だけど、機械が示した時間はたったの十三秒だけだった。
この現象は、世界中で起きたらしく、連日テレビや新聞、インターネットを騒がせていた。
宇宙人の試験攻撃説、新種のウイルス説、そして謎の超能力者集団の陰謀説……。
この件に関わっている俺自身も、わからない事だらけだ。
本当に世界から『力』は滅んだのか。そして、何で俺が生きているのか。
そうだ。みんながどうなったかも話さないとな。
十二月二十六日の午後。
無事退院した俺と、無傷なハリネズミは、無関係にも巻き込まれた洋介さんに謝罪に行った。
俺とは別の病院に運ばれたらしい。
そして、見るも無残に潰された足は複雑骨折と診断された。
なんとか、日常生活は出来るように回復するらしいが、激しい運動はできないそうだ。
病室には、片足を天井につるされたまま、ベッドに横たわる洋介さんがいた。
巨体を丸くしながら、ハリネズミが最初に謝った。直立不動の体勢から、頭を深く下げて。
「最初から最後まで、俺の喧嘩に巻き込んでしまって……。人を傷付けないと言う約束も破ってしまったし……。すみません」
そして、俺も続く。
「本当にとんでもない事に巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした!」
だけど、洋介さんは気持ちの良い笑顔で答えた。
「気にするなよ! よくわからなかったけど、全部見させてもらったよ。お前らも頑張ったんだろ?」
そして、詳しく事情は聞かなかった。
「お前らにも色々事情があるんだろ? いいよ。言え無い事は黙っておけって!」
わからない事はそれで良し! 良きも悪きも全て受けて入れてやる!
あんなデタラメな戦闘現場にいたのに、そんな生き方が出来る人のようだった。
それが、正しいのかと問われれば疑問だけど、今回の俺たちに限っては助かるのも事実だ。
ハリネズミの憧れらしい洋介さんに、俺も少し尊敬の念を抱いてしまった。
絶対にヤンキーにはなりたく無いけどな。
帰り道、薄暗くなった空の下、白い雪道を歩きながら、ハリネズミは言った。
「洋介さんも『力』を持っていたんだ。自覚して無いみたいだったけど。名づけて、『お前のピンチは俺のもの』って所かな」
「なんだよ。それ?」
「ちょっとした予知能力だ。大切な人の物理的ダメージを受けるピンチがわかるんだ。目視すれば、六時間以内にピンチになりそうだって胸騒ぎに襲われる。だから、入り口の見張りも放棄して、ついつい俺たちの事を覗き見ていたんだろうな」
「昨日、洋介さんに初めて会ったけど……。なんか、あの人らしい『力』だな」
「あぁ。それがわかっていたのに、あの人を呼んだ俺が巻き込んだんだ」
ハリネズミよ。
それは違う。
俺がもっと早くに決心していれば、あの公園で誰も傷つく必要は無かった。
「いや、俺のせいだよ」
ハリネズミは何も答えなかった。
それから、俺たちは無言のまま歩いた。
巨体の不良少年と、オタクの地味な少年が鼻水を啜りながら歩く光景は、さぞ奇妙だったろう。




