僕は眠ることにした
俺が目を覚ました時、見たのは地獄じゃなかった。もちろん、天国なんかじゃない。
病室の天井と、泣きじゃくる真田と先輩だった。
「なによ! 一時間も気絶するなら教えておいてよね。心配したんだから!」
俺の意識が戻った事に気がついた真田は、俺の胸の辺りを弱々しく叩いてきた。
「悪い。これは、予想外だったんだよ」
そうだ。俺は死ぬはずだったのだ。
もしかして、世界から『力』を滅ぼす事に失敗したのか?
「俺は、うまく『力』を発動できなかったのか?」
先輩が依然として止まらない涙の中、答えてくれた。
「全く、無茶をしてくれるね。だけど、大丈夫さ。私もみんなも『力』は使えないよ」
落ち着きを取り戻した真田が、飲み物を買ってきてくれるそうだ。
そして、病室では先輩と二人っきりだ。
先輩は、まだ泣き止んでいなくて、すすり泣く声が病室に木霊していた。
そして、一言。
「武田君が生きてて良かったよぉ~」
先輩は『力』が使えたって、俺の心は読めなかったはずだ。
だけど、そんな事は関係なく、この人には隠し事は出来ないのかもしれない。俺の誰にも言えなかった秘密をわかっているみたいだった。
しばらくすると、真田が戻ってきた。
「ほら! 一応検査するみたいよ。長引くかもしれないんだから、無理にでも口に入れなさいよね!」
真田も泣き止んではいるが、目は真っ赤だ。
ついでに、顔も赤かった。
「おぉ。ありがとうな」
スポーツドリンクを飲み干す。
何度も飲んだ事のあるはずのメーカー品だけど……。
こんなに美味かったけな。
やっと、落ち着いてきた先輩は、真田に謝りながら初詣出の約束を申し付けたきた。
「薫ちゃん。初詣出だけは武田君を貸しておくれよ。ちょっと用があるのさね」
「えぇ。お姉さまのためなら、借りパクされても問題ないわ!」
俺はお前の持ち主じゃないぞ。
それから、二人から得た情報を整理した。
俺は踊り公園で、力を使った後倒れてしまったみたいだ。
そして、各々が『力』を使えなくなっている事に気がついたらしい。
小太りでサラリーマン風の近寄りがたい空間を生み出す『力』も解除され、ちょっとしたパニックになった。
そりゃ、そうだ。
さっきまで、平和な公園に突如、不可解な巨大な氷の塊に足を潰されている男や、驚くほどの鼻血を出している美少年や、脱臼した中学生が現れたのだ。
ハリネズミが呼んだ救急車は三台で、俺だけ遅れてきた一台の救急車に運ばれ、病院のベッドに寝かされた。
そして、三十分程で目が覚めたらしい。
ハリネズミは、ついに意識を失ってしまった洋介さんと一緒に救急車に乗り込んだらしかった。
どうやら、俺は今日検査入院らしい。
異様な惨劇現場にいたからな。
腕には点滴の管が刺さっている。
とりあえず、世界から『力』は無くなった。
それだけで今はいい。
「ゴメン。なんか、疲れたんだ。もう、起きてられそうに無い」
懸命に心配してくれた女性二人に、別れの言葉を言い終わると直ぐに眠りについてしまった。




