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笑えね~よ

 俺は帰り道、一つの提案をした。

 今日、先輩の家に集合したのがキッカケだ。

「なぁ、実は三百円の出費も毎日続くときついんだ。俺たち三人は、歩いても三十分圏内の近所なんだから、それぞれの家に集まらないか?」

 ファーストフード店での会合は、バイトしてない高校生の財布に厳しいのだ。

 それに、小額で長時間居座り続ける俺たちに向けられた、店員さんの迷惑そうな視線は気のせいではないはずだ。

「良いわよ。ただし、綱吉の家でね!」

「そうだよな。言いだしっぺの法則だ」

「ま、待てよ。交代にしようぜ?」

 多分、財布が厳しいのは、こいつらも一緒だったはずだ。

 だけど、誰もこの提案をしなかった理由はひとつ。『部屋を見られたくない』それに違いない。

 少なくとも俺はそうだ。

 何とか、説得の甲斐もあり、交代でお互いの家を回る事になった。

 月曜、木曜、土曜が俺の部屋。火曜日、金曜日がハリネズミの家。水曜日、日曜日が真田の家と言うローテーションが組まれた。

 俺だけ一日多いが、それは仕方ない。

 言いだしっぺが損をするのは、どこの世界も一緒だろう。

 それが、有意義な意見を封じているのだと思うね。

  

 記念すべき、お宅訪問初日は俺の家だ。

 正にオタク訪問。なんちゃって。

 俺と真田が一緒に学校を出て、おなじみになってしまった、あの川沿いの遊歩道でハリネズミと合流する。

 俺の家は、最近札幌に次々と増えていくマンションの一室だった。

 もちろん、部屋に余裕があるわけでもなく、やましい物は自分の部屋に隠さなければいけない。

 そう。

 真田とは言え、同世代の異性には見られたくない数々の品。

 萌えマンガたちにエッチな本。

 地デジ化を機にビデオデッキを過去の遺物と化した、ハードディスクレコーダーにはアニメばかりが撮り貯められている。

 そのアニメの中には、ハリネズミに見せるのも恥ずかしいような、萌えアニメだってある。

 そして、案の定、目的を忘れたように、俺の制止も無視して家捜しする二人の姿があった。

「ちょっと。こんな女性が好みな訳? 信じられない。救えない男ね」

「同じオタクとしても、理解できね~よ」

 やたらと裸になる機会に恵まれた女性たちが、次々とオタク少年の家に押しかけてくる、そんな萌えマンガを手にした二人に軽蔑の目を向けられた。


 翌日。

 今度はハリネズミの家だ。

 この家は、中学生の時には良く来たものだ。

 高校に入学してからは、二回目かな。

 築三十年程の家は、この家族がずっと札幌の地に根を生やしている証拠のように感じた。

 庭には自転車を置くには広く取られている、駐輪スペースが見受けられた。

「免許取ったら、直ぐに買う予定なんだよ。バイクを。だけど、免許代すら貯まらね~の」

 そして、庭には普通じゃないものがあった。

 ペット用にこしらえた、小さいけど立派な、石で出来た墓。

 それから、真田とハリネズミは真っ直ぐに部屋へと向かったのだが、俺はオヤジさんに線香を上げさせてもらった。

 ハリネズミの部屋は、俺とは別の意味で恥ずかしい部屋だった。

 昭和や平成初期のロックバンドたちのポスターが、壁一面に張られている。

 どこから仕入れたのか、特攻服まで壁に飾られていた。

 そして、二年分ほどだろうか。買い始めてから全てを保存しているのであろう、バイク雑誌が本棚に並んでいる。趣向のわかりやすい部屋だった。

 そんな中、異彩を発している物体があった。

 ベッドの下の引き出しには、有名所からマイナーな物まであらゆるマンガがあった。

 バトル物やスポーツ青春物、SFホラー。これならば、俺も知っている。中学生の時には、読ませてもらった。

 だけど、真田が押入れにあった、ゲーム機本体の空箱の中から、素晴らしい物を見つけてきた。

 切ない思春期に擬似恋愛させてくれる少女マンガを。

「見た目によらず、乙女な心の持ち主よね」

「確かに、これは『萌え』じゃないかもな」

 笑いすぎて、腹が痛くなった。

 俺も人の事を言えないな。

 二日目。ハリネズミの家に訪問した初日も家捜しで終わった。


 さらに、翌日。

 さて、ついに同世代の異性の家に行く事になる。

 真田の家に行く日だ。

 いつ見ても、見てるだけで酔いそうな家だった。

 真田の部屋は二階にあった。

 女の子らしい、ピンクのカーテンが部屋全体を薄いピンクに染め上げていた。

 熊のぬいぐるみが二、三ある。一つは、全長一〇〇センチメートル程の巨大なものだった。

「意外と少女趣味なんだな。言葉は乱暴なくせに」

「いやいや。真田ちゃんは、そういう娘だと思っていたぜ。武田のおかげで真実の彼女を見られた後でもな」

「ウルサイ!」

 真田は、以前した約束通りに、平手で俺たちの背中を殴った。

 これなら、怪我もしないだろう。ちゃんとわかってくれているんだな。ただ、出来れば暴力を振るわない女の子になって欲しい、なんて思うのだけど。

 そして、流石に、女の子の部屋は堂々と家捜しが出来ない。

 俺たちは、彼女が席を離れる瞬間を待った。

 ついにその時だ。

「ちょっと、用事があるから……。直ぐ戻るから、変な事しないでよね」

 トイレだろうな。

 だけど、そんなことはどうでも良い。俺たちに許された時間はわずかだ。

 目的は、中学校と小学校の卒業アルバム!

 きっと、頼んでも見せてくれないだろうからな。

 だけど、見つかったのは別のものだった。

 本棚にビッシリと並べられている少女マンガやファッション誌の後ろに隠されていた、それは笑えなかった。

「人とうまく話せる百の方法」

「素直な自分になれる心理学」

「本音と建前の使い方」

 そういった本が何冊もあった。

 もちろん、例の如く俺たちはニヤニヤと笑っているフリはするのだけど……。

 真田。ズルいぞ。

 これは、笑えね~よ。

 誰にも本性を見られないからこそ、彼女は悩んでいたんだよな。

 そして、俺たちに出会って、今度は自分の示し方に悩んでくれているんだ。

 いや、違う。

 この本の姿は、何年もの歴史を感じさせる……。

 そう思うと、なんだか胸が苦しくなった。

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