知らなかった一面
電話を終えた、ハリネズミが俺たちに声をかける。
「大丈夫。来てくれるって」
「ハリー。お前が夏から先輩と会わなくなったのって……。『力』が原因なのか?」
「そうだな……。俺の心は醜いからな。先輩を傷付ける行為だと知っていたけど、先輩にだからこそ、汚い心を見られたくなかった。先輩は、俺が気づく前から、すでにそんな心を見ていて、それでも友達でいてくれてたのにな。この前、藤間の家に押しかけた時に確信した。こんな俺でも、先輩は受け入れてくれているんだ」
俺は、とんでもない地雷を踏んでしまった。
それは、ハリネズミの一言でも確かなようだった。
「力が及ばない武田だからこそだ。先輩は、お前にだけは心が読める事を知られたくない様子だったんだ……」
二十分後、先輩は到着した。橋の上で車が止まった気配がして直ぐ、先輩が近くの階段から、川横の遊歩道に降りてきた。
俺は、言わずにはいられなかった。
「先輩。ゴメン……」
「ん! 大丈夫さね」
いつもの優しい微笑みだった。そして、全員の顔を伺いながら。
「さてと。ここにいる、みんなには、私のことはバレテいるわけだね?」
「うん」
ハリネズミが同意する。
そして、先輩はスネークに目線を送り、静かに言った。
「それじゃ、話は早いね。単刀直入に聞かせてもらうさ。スネークさん。『人類を滅ぼす力』を持っている人物の事を聞かせておくれよ」
スネークは、挑発的な上目遣いで先輩を見ているだけだ。
一言も話さない。
「なるほどね。ハリちゃん。携帯電話に、この番号を登録しておくれよ」
そう言って、先輩は一つの携帯電話番号を教える。
「いやいや、君たち。お手柄さね。この人しか、知らない情報みたいだよ」
「そうよ。私は特別な存在なのよ~。ナンバー二に、ふさわしい『力』の持ち主ですもの」
やっとスネークが先輩に言葉を投げかける。
「そうなのかい?」
何故か、先輩はハリネズミの方をチラッと見た。
「えぇ。この人は凄いよ。この人を見たら最後。意識はあるし呼吸も出来る。それでも、自立的な行動の全てを封じられるんだ。彼女を認識できなくたって良い。とにかく視覚情報に彼女の存在がいるだけで効力を発揮する。しかも、力を発動するか、しないかだって自分の意思でコントロールできる可能性もある。おまけに悪意を向けられたら、自動的に発動する機能まで持っているかもしれないんだ。ただ、対象者を限定する事は出来ないみたいだけどね」
「正に無敵よね~? 仮に『時間を止める力』の持ち主がいたとしても、私には勝てないわ。世界の時間が永遠に動かないなんてホラーな結末はあったとしてもよ~」
スネークの言葉に同意したのか、みんな黙ってしまった。だけど。
「そうかな? 現代兵器には無力じゃないですか? あんたを見ずとも攻撃する手段はいくらでもあると思いますよ」
スネークは少しだけ、後ろを振り返り俺を見て、小さく笑っていた。
「あらあら。本当、今日は武田君にやられっぱなしね。でも、その女の人より私の『力』の方が凄いわ。だって、心が読めるですって?」
「そうかい?」
先輩は少しむっとして聞き返した。
「もう、私の心を読んでのでしょう? なら、わかるわよね~。私たちの『力』は、神から授かったものなの。そして、神にとって心を読めるなんて、なんとも価値の無いありふれた『力』なのよ~? 私たちの仲間にも、以前は同じ『力』を持った人がいたわ。だけど、彼だけにはコードネームは無かったの。わかるかしら? あなたは、ありふれた価値の無い人間なのよ~」
「おやおや。随分な言い草さね。人間に置き換えてごらんよ。私たちは、当然のように直立二足歩行が出来る。それは、人にとって特別な事じゃ無いさね。だけど、他の動物と圧倒的な差を開けた大きな理由の一つなんじゃないのかい? それに、ちんけな『力』の私によって重大な情報を漏らしてしまっているよね? 無敵の『力』を持つスネークさんや」
「わからないのかしら? もう、無駄なのよ~。貴方たちが、彼の居場所を突き止めたって、手遅れなのよ。武田君の『力』も大した事無いみたいだしね~。無駄なのよ」
「情報なんて、使う人次第で化けるものさね。君たちは、うまく使う事ができないみたいだけどね」
「それは、貴方も同じじゃなくって? 随分と後手後手に回っているみたいよね~?」
大人の女性って怖い。
スネークの背中からも、先輩の微笑んでいるはずの目からも、冷たい闘志が見える気がする。
真田も、ハリネズミも同じようだ。見慣れぬ先輩の様子に驚いている。
突然、先輩の視線はスネークを押さえつけている俺に向けられる。
目の凍てつい闘志は、優しくて柔らかいものに変わっていた。いつもの先輩だ。
「武田君。私たちは先に帰るよ。例の場所で話し合おうさね。君が解散前に手を離すとややこしい事になるからね」
例の如くもちろん、俺は『例の場所』がわからないのだが、それを無視するように。
「そうね。いくら綱吉でも、女の人には負けないでしょ? ちゃんと、逃げるのよ!」
「安心しろよ、武田。帰り際、藤間たちが周りに隠れていない事を確認しながら帰るから。そこの美人さんから逃げれば良いだけだ」
真田とハリネズミは、ニヤニヤしながら言っていた。
ドドメに哀れむような笑顔で振り返り、スネークが言った。
「武田君は、随分と信頼されているのね~」
こうして、美人と気まずい十分間を過ごす羽目になった。
「なぁ。今日、あんたらの最大に嫌な敵は俺でしたよね?」
つい、敵に哀れみを請うてしまった。
「うふふ。どうかしらね~」
気まずい空気を破ったのは、先輩からの電話だった。
「武田君。もう良いよ。後をつけられないように、私の家まで来てくれるかい?」
俺は、スネークを解放し、見えなくなるまで見送った。歩き姿もモデルみたいだった。
そして、急ぎ駅に向かうものも、電車が出てしまった後で結構な時間足止めを食らった……。




