これしか無いんだ
だけど、今回はそんな訳が無い。
ハリネズミは真田と何度も会っているし、何より……。
後ろを振り返ると、その真田も固まっているからだ。
何が起きているんだ?
一人動ける俺は、状況を分析しようと高鳴る心臓を無視して、回りを確認した。
いつからいたのだろう。
藤間と明智の後ろに人影が見えた。
こいつが、スネーク?
藤間たちの上司か?
俺が人影に気づくのと、藤間が状況を把握したのは同時みたいだ。
明智に注意喚起を促していた。
「明智君。振り向くなよ。やっと、彼女の登場らしい」
俺は、ハイヒールにスーツのスカートを着こなしている、この人物を知っている。
真田が転校してきた日の朝に見た人物だ。そう。誰もが見とれていた美人。日本人らしからぬ、モデルのようなスタイルで白い肌と堀の深い美しい顔をした、名も知らぬ美人。
「武田君。お久しぶりね~。と言っても、私が一方的に知っているのだけど……。あなたは動けるのよね~? それは、私たちの読みも間違って無いと思うのよ~」
その通りだ。俺は別段何の異常も無い。
「動けますよ。あなたが、スネークさんですか?」
「そうよ~。正確なコードネームはメデューサなのだけどね。昨日まで、その事実を知るのは私と『人類を滅ぼせる力』の持ち主だけだったのよ~。あなたまで、スネークと呼ぶのなら、スネークでも良いかもしれないわね~」
スネークは上品な仕草で口を隠しながら、小さく微笑んだ。
そう言えば、先週、藤間の家に押しかけた時には、スネークの『力』の詳細は知らないみたいだったよな。
そして、藤間の部下的ポジションの明智は、当然のように知らなかったみたいだ。
胃液が残る口周りを拭いながら、藤間の横にふらつきながら移動しつつ、スネークの言葉に反応していた。
「僕もここに来る直前に教えてもらいました。彼女の存在自体もです。それにしても、武田先輩には本当に期待ハズレですよね」
「そうね~。永久に『力』を封じれたらどうしよう、なんて思っちゃったのよね。こんな小さな『力』の持ち主なら、何の心配もする必要は無かったわ~」
そうだ。今の俺の力はあまりに弱い。
だけど、勝負はハッタリだ!
「そいつはどうかな? 俺たちも切り札として隠しているのかもしれないですよ」
だけど、やっぱりスネークは上品に口を隠しながら笑っていた。
「うふふ。だめね~。男の子は嘘が下手だわ~。アフロディーテが美しいままじゃない。それがあなたの『力』は一時的にしか効果がない事を示しているわ~。貴方に懐いた彼女が、自分の『力』を望んでいるとは思えないもの」
ハッタリはあっさりと見破られる。
さっきまでの自分が恥ずかしい。
勝利を確信したのに、今じゃ絶体絶命のピンチだ。
考えろ。
なんで、ハリネズミたちは動けない?
藤間たちは何で動ける?
そうだ。
この美人、もといスネークの『力』なのは間違いない。
ハリネズミたちと藤間たちの違いは何だ?
いや、彼女の『力』が対象者を選べるだけなのか?
違う。
何かが俺の頭の中に違和感を叫んでいる。
俺は、必死に情報を整理する。そして、藤間が言った一言を思い出した。
「クソ! 警察を呼ばれているじゃないか!!」
俺は、目を丸くしてスネークの後ろを見つめる。
一斉に振り向く藤間、明智、スネーク。
こいつら、余裕ぶって俺より頭が悪いぜ?
『明智君。振り向くなよ。やっと、彼女の登場らしい』
自分で、敵にヒントを与えてやがる。
スネークを見ることが、力の発動条件なのだろう。
後ろを向いたっきり、こちらに視線を戻せない男二人を見ながら、俺は、心の中で一生懸命に罵倒した。
特に藤間を馬鹿にした。軍師気取りの不良少年は実に馬鹿だ。
状況は、大分好転したはずだ。
だけど、スネークは余裕ぶって、肩を一瞬すくねて、こう言った。
「本当、男の子は駄目よね~。こんな嘘にひかかるなんて」
これで、動けるのは美しいスネークと俺だけ。
そして、俺は喧嘩する必要も無い。
全く持って情け無い俺だけど、戦況を握っているのも間違いなく俺だ。
だけど、有利なのはあいつらに違いなかった。
スネークが少し前に進めばいいのだ。
ハリネズミたちの視線からはみ出ないように、藤間たちの前まで進むだけで良い。それだけで、藤間たちの視界からスネークは消えるのだ。
そうなれば、また、あいつらが絶対的に有利な状況になる。
「スネークさんだっけ。動かないで。言う事を聞いてくれないと、真田の無事を保障しかねますよ」
「あらあら。思ったよりは、状況がわかっているみたいなのね~。でも、貴方にそれが出来るのかしら?」
そう言って、スネークは藤間たちの直ぐ後ろまで歩を進めている。
「動くな! こっちも本気だ」
俺は、着ていたダウンジャケットを脱いで、触れないように気をつけながら、真田の頭にかぶせる。
「ちょっと! こんな事して、どうするつもりよ!」
やっぱり。視線から、スネークが消えれば動けるみたいだった。
真田は暴れている。
俺は小声で一言だけつぶやいた。
「大人しく流れに任せろ。俺を信じろ」
そして、スネークに脅しをかけなおす。
「これで、真田は動けますよ。このまま後ろ向いて、逃げてもらえばいい」
多分だけど、あいつらと真田の間に、俺がいる限り、真田を傷付けずに捕獲する方法は無いはずだ。
スネークはやっぱり、余裕ありげに髪をかき上げていた。
「それで? 何にも変わっていないわよ。動けるのが貴方だけなら、私たちの敵じゃないのよ~。それにね、今日が駄目でも、いくらでもチャンスはあるの。わかっているのかしら~?」
「そうですね……。だから、今日真田を渡します。これが望みなんでしょう? その代わり、絶対に乱暴に扱わないと約束してください」
そうだ。
多分、俺に残された道はこれしかない。




