無力な僕と楽勝なハリネズミ
夕方、十八時より少し前。
俺たち三人は約束の場所に来ていた。先輩には、ファーストフード店から電話したのだが、朝から用事があるらしく間に合いそうに無いと言っていた。
戦いの場に指定されたのは、以前決闘した遊歩道を少し進んだところ。
川をまたぐ橋の下。
高架線下だ。
学生の決闘の場としては、定番っぽいな。ただ、俺たちは普通の学生の喧嘩はしないだろう。あまりに、非日常的な光景が予想できた。
それに、高架線下は創作物語で定番となるだけはある。ここなら人目にもつかないだろう。
しばらくすると、明智と藤間が近づいてくるのが見えた。
どうやら、あちらも約束は守るつもりらしい。
不良たちの姿は見えない。藤間と明智の二人だけだった。俺たちを見つけた、藤間が言い放つ。
「逃げずに良く来たね」
「お前こそな」
そして、ハリネズミとは因縁があるらしい。
藤間とハリネズミは会うたびに、即座に険悪な空気を作り出す。でも、藤間の視線は俺を睨んでいた……。
「誤解しないでよね。あんたたちが何したって、無駄だって事を教えに来たのよ」
真田も何故か強気だ。でも、手を強く握り締めていた。それは、怒りと言うより、怯えているように見えた。
明智は寒さで曇ったメガネを拭きながら、俺に嫌味を言う。
「武田先輩には期待ハズレですよ。大した『力』じゃないみたいですね」
うるせ~よ。自分でわかっている。覚悟の無い俺の力は酷く弱いんだ。
そして、藤間が寝ぼけた事を言い出した。
「さぁ、アフロディーテを渡してもらおうか? そのために来てくれたんだろう?」
俺は、ビフラート調になってしまってはいたけれど、頑張って不良少年の申し出を断った。
「勘違いしないで下さい。渡さないと言いに来たんですよ」
そして一分ほどはお互いに無言だった。
そう、タイミングを見計らうように……。
先に仕掛けてきたのは、藤間だった。
「わかってないな~、武田君。なんで、素直に従ってくれないかな? 君は、『力』を無効化できるみたいだね。でも、それは極々狭い範囲だろ? 今、僕がこうして『力』を使えるのが証拠さ」
そう言って、手をかざす藤間。
だけど、その照準は俺たちの誰にも向けられていない。藤間の足元の、直径十五センチメートル程の、大きめな石に向けられている。
そして、石が重力を無視して浮き上がった。
「君の『力』の無効化がどれほどの範囲かはわからない。だけどね。狭い範囲なら、これで充分に対策可能なんだよ」
そして、藤間は手のひらを俺に向ける。
先ほどの大きめな石は、俺目掛けて飛んできた。結構なスピードで、当たればやばかったと思う。俺は反応すら出来なかった。
それでも、寸での所で俺のダウンジャケットの首元を、ハリネズミが引っ張ってくれた。
「なるほど。確かに武田対策にはなるな。だけど、俺には無意味だぜ。むしろ、見えない『力』より見える石の方が有難いだろうよ!」
「言ったろ。これはあくまで、武田君対策さ。それに、針山君対策もしているよ」
そう言って、藤間は不適に笑う。
気がつけば、明智がハリネズミに手を向けていた。
「期待ハズレの武田先輩の友達は、やっぱり期待ハズレですよね!」
明智の手のひらから火炎放射器のような炎がハリネズミ目掛けて燃え上がる。ハリネズミに届く頃には、横幅一メートル程広がっていた。それでも、ハリネズミは余裕ありげに横へと回避する。
俺は余裕なさげにしゃがみ込む。
俺は避けなくても、大丈夫だったかもしれない事に気がついて顔が赤くなる。
そんなことに気がつかないハリネズミは、藤間と明智を挑発していた。
「これが、俺対策か? 二人とも、この前よりは力を使いこなしているようだけど。全然甘いぜ?」
藤間は挑発に答えることなく、ハリネズミの足元に手をかざした。すると、地面がえぐられ、ハリネズミに土の散弾が襲い掛かる。
殺傷能力は無いみたいで、ハリネズミは、土の散弾を腕でガードしながらも、ダメージの無い様子で三歩横にステップしていた。
それは、藤間も織り込み済みなのだろう。
落ち着いた様子で、ハリネズミに向けて手をかざしていた。
未だに、情けなくしゃがみこんでいた俺は、藤間の横から体当たりする。
それに気づいた明智が俺に向けて火炎放射器で攻撃してきた。
予想通り、俺に火炎放射器が到達する瞬間、炎は跡形もなく消え去るのだが、充分に熱は感じられた。とっさに防御に出した左手の平は軽く火傷していた。
俺と明智のやり取りに気づいた藤間は、俺の体当たりに合わせて、後ろ蹴りを腹に入れてきた。
酸味の効いた百円バーガーが、俺の口一杯に広がる。
痛ぇぇ!
さらに、藤間はかかと落としの体制に入っていたが、ハリネズミがその高く持ち上がった足をつかみ、残りの足を払っていた。
無残に地面に叩きつけられる藤間。
俺の目の前で倒れこんだ藤間は、小さくうめき声を上げていた。呼吸が出来ないみたいだ。
今度は、明智がハリネズミに手を向けていた。
だけど、ハリネズミと藤間との距離が近いせいか、火炎放射器ではなかった。
明智の攻撃に気づいたハリネズミは、すばやく後ろに二歩下がる。それと同時に、ハリネズミの残像を燃やすかのごとく、何も無い空間に一瞬だけ炎が燃え上がる。
ハリネズミは明智との距離をつめ、両足を掴み、そのまま後ろに倒していた。双手刈りだ。背中を強打した、明智は半泣きで咳き込んでいた。
呼吸を整えた藤間が、ハリネズミに向けて手をかざしていた。俺と藤間は、ほぼ零距離だ。今度こそ俺の体当たりは藤間に直撃した。
だけど、藤間はよろめくことなく、俺の腹を蹴り上げ、くの字に曲がった俺の頭を膝で浮かせた。さらに、左フックと右フックのコンビネーションが俺のこめかみを襲う。
俺の視界が一瞬だけ白くなり、今度は地面が揺れている。
俺は数歩だけなんとか歩くのだが、地面を歩いている気がしない。
身体が空を歩いているかのごとく軽いのに、気がつけば地面に座り込んで、吐いてしまっていた。
意識が飛びそうだったが、真田が悲鳴みたいな声で、俺の名前を呼んでいるのだけはわかった。
「真田! 近づくな!」
揺れる世界の中、その一言だけは言う事ができた。
俺が立ち上がることが出来るまでに、六回ほど誰かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
耳鳴りの世界の中、なんとか顔を上げ、状況を確認したのだけど、その殆どは藤間が投げられた音みたいだった。
明智も先ほどとは別の場所で、胃液交じりの食べ物を、地面にぶちまけていた。
ハリネズミ一人に苦戦しているあいつらは、いつのまにか俺の事は忘れたかのようだった。
ハリネズミは、あいつらの注意が俺に向かわないようにするためか、またもや挑発していた。
「タイマン至上主義の藤間らしくね~な。二人がかりかよ! それでも、俺に勝てないのな!」
「ただの喧嘩じゃね~だろ~が! 針山よ~! なりふり構っていられないんだよ!」
藤間はついに乱暴な言葉遣いで話し始めていた。
俺は俺で、ふらつきながらも、真田の目の前まで移動した。
多分、俺が盾になれば真田は安全だ。藤間の見えない攻撃も、見える石だって、明智の火炎放射器だってそうだ。
ハリネズミ一人でも余裕だと判断した俺は、情けなく真田の前で両腕を広げる事にした。
本当に情けない。
少しだけ、視界に捉えた真田は、足が小刻みに動いてた。
それにしても、ハリネズミの投げ技は綺麗だった。
人の道から外れたハリネズミが、俺たちの元へ戻ってきた頃に言っていた。
柔道や合気道の技は、相手との実力差があると与えるダメージをコントロール出来る。
自分が強ければ強いほど、相手を大怪我させる事は無いと。それが、自分の見つけた不良スタイルで、憧れの人のスタイルもそれだと。
圧倒的なハリネズミの前に、藤間は、服についた土を落としながら。
「針山~! てめぇの『力』もわかっているんだ。予知能力の類だろ? それで、俺たちの攻撃を避けられるんだろ!」
「どうかな? とりあえず、お前の俺対策は失敗だろうよ!」
取り乱し始めた藤間に、勝ち誇っているハリネズミだった。
俺も何にもして無い訳だけど、今回は俺たちの勝利だとしか思えない。
だけど、直ぐに藤間は冷静さを取り戻してしまった。
「そうだね。僕らだけで、何とかなると思っていた。甘かったよ。だけどね、わかった事がある。勝利を確信している針山君? 君の態度が、君の『力』の底を物語っているんだよ。大した未来は見えていないね……。あと少しで、僕たちの勝利さ」
ハリネズミの元気な切り返しを期待したのだけど、奴は無言だ。
いや、時間が止まったように動いていない。
俺はこの現象を知っている。真田の三十秒間のインストール作業に類似しているのだ。




