倫理観
奴の家は、一つの階にに十五ほど部屋がある、横長いマンションの六階にあった。オートロック式で、玄関から先には進めない。
どうしたものかと悩んでいたのだが、先輩は躊躇なく呼び鈴を押した。
「はい?」
インターホンから聞こえる女性の声は、高校生の親にしては若く聞こえた。
「私どもは、藤間君の友人です。本日一緒に出かける予定だったのですが……。あ、藤間君には、超能力についてのレポートと言えば伝わると思います」
「えぇ。少しお待ちくださいね……」
インターホン越しでも、眉間にしわを寄せているのが見えるようだ。俺たち、怪しすぎるよな。
それからしばらくすると。
「君たちか。今、降りるから待っててくれないか?」
藤間の声だった。
数分後、降りてきた藤間は明らかに寝起きだと伺える。
ズボンこそ履いていたが、白いダッフルコートの胸元からはパジャマが見えた。
ただ、サラサラヘアーは寝癖の一つもついていない。
「ここじゃまずいんだ。近くの公園まで着いて来てくれるよね? 約束破りの武田君たち」
俺たちは了解し、ほぼ無言で藤間の後を着いて行く。
しかし、約束と言うには、あまりに一方的に押し付けられたぞ。
俺は毒づいた。もちろん心の中でな。
藤間が先頭を歩き、先輩とハリネズミがその後ろ、俺と真田がさらに後ろに陣取った。
藤間の家の辺りは、それなりに栄えている。そして、この公園は、それに半比例するように小さかった。
俺たちは、屋根つきのベンチに座り話し始める。
「さてと。随分だね。いきなり家に押しかけてくるとはね」
「わかるだろうよ? こっちだってなりふり構っていられないんだ」
一触即発。
公園に着くなり険悪な雰囲気を隠さない、ハリネズミと藤間だった。
「やぁやぁ、初めましてだね。藤間君。この度は、私のお友達を可愛がってくれたみたいだね~」
そして、先輩もなんか怖い。
いつものように、優しい笑顔なんだけど目は怒っている。
だけど、藤間はハリネズミや先輩の態度なんか、気にもしていない様子だ。むしろ、自分が被害者とさえ思っているだろう。
俺も今日に限ってはそうだと思う。
確かに、お前は哀れな奴だよ。
藤間は欠伸を一つかみ殺してから、鋭く俺を睨みつけて。
「で、何の用だい? それに、何で僕の家がわかったんだ?」
それは、当然の疑問だ。
俺が奴の立場だったら、恐ろしくて夜も寝られない。
俺たちは、本気で変質者みたいだ。
先輩は、最初の質問にだけ答えた。
「人類を滅ぼす人物について聞きたいのさ」
「それを僕が教えるとでも?」
「じゃあ、スネークさんについてでも良いさね?」
先輩は子供をからかうような大人の微笑で、言っていた。それにしても、新たな登場人物の名前が出てきた。
スネーク。これもコードネームなんだろうか?
だけど、その質問をされた藤間は、腹を抱えて笑っている。
「くっ。あははは。なるほどね。残念だけど、僕は何も知らない。スネークについてもね。あいつからの指令もインターネットのメールで行われるのさ」
そして、藤間はいつもの、表情だけでやれやれと表現し、首を数回振った。
「そこの綺麗なお姉さんのような『力』の持ち主の存在は、僕らも危惧していたからね。出来る限り情報を知らないようにする。それも、僕の任務なのさ。それに比べて、君たちは次々と僕らに情報を与えてくれるね。実に愉快だよ」
どうやら、今回の接触はあちらの有利に動いただけのようだった。
俺は相も変わらず、話についていけないけどな。
「さて、有難い情報を与えてくれた君たちだけどね。僕はかなり腹が立っているんだよ。こちらから連絡するまで動くな、と言ったのに……。どうしてくれようか?」
藤間は爆笑から、怒りの表情に瞬時に切り替わった。場の空気が緊迫する。
それを一瞬で壊したのは、ハリネズミだった。
「俺たちは、お前の家を知っているんだぜ? 大人の前じゃ、優等生の藤間君よ?」
藤間は、鋭い眼光で睨みつけながら、にやりと笑って去っていく。
「全く、武田君ほどの悪者はそうはいないよ。もう良いだろう? 帰るよ」
なぜか、俺が罪を被っていたのは置いといてだ。
全く持ってその通りだよ。
教えてもいないのに家に押しかけられ、家を知っているんだから無茶をするなと脅しまでかけてくる。
どっちが悪者なんだか。
帰りの電車で、ハリネズミはこう言った。
「倫理感より、人類の危機を救うほうが大事だ」
まぁな。
それについては、昨日の晩に有難い講義を無理やり聴かされたよ。
そして、真田は重要人物として認識されているのに、組織の中では末端扱いだったらしい。
会社のトップの息子が平社員と言った感じなのか?
そんな真田は、スネークと言う人物について何も知らなかった。
「私は、藤間の指示に従うだけの立場だったのよ」
俺たちは、暗い表情と重苦しい空気で、電車を降りた。
ついに秋は完全隠居を宣言し、地面に雪たちが二、三日残る事も増えてきた。
もう一週間二週間もすれば、札幌の街は雪化粧でおめかしをしてしまうだろう。
俺たちは、何も出来ないままに十二月を迎えてしまった。
中でも、俺は無力だ。
そして、十二月一日。
俺はある夢を見た。
これは、誰にも言えない。




