ハッキング
それは、十一月最後の土曜日だった。
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先輩:
ごめんよ。『人類を滅ぼす力』を持った人物は、まだ見つけられないんだ。
ハリネズミ:
藤間と接触してみてはいかがでしょうか?
闇雲に、探し回るより収穫があるかもしれません。
sloth:
でも、真田みたいにあんまり知らないかもよ?
それに、お前とは冷戦状態なんだろ?
下手に刺激するのは良くないんじゃないのか?
ハリネズミ:
でも、もう時間が無いじゃないか。
なんでも、良いから行動を起こすべきなんだよ。
sloth:
あぁ。そうかもしれないな。
だけど、どうやって接触するんだよ?
ハリネズミ:
君は藤間の携帯電話番号を知っているよね?
それがわかれば可能だ。
sloth:
なんで電話番号が分かれば可能なんだよ。
意味わからね~し。
ハリネズミ:
わかるだろう?
ハッキングだよ。
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いや、わからね~よ。
その後、俺の倫理観と地球の平和のどちらが大切かを、一時間三十分程かけて説明された。
俺は憎き藤間に心の中で謝りつつ、半信半疑でハリネズミに携帯電話の番号を教えてみた。
不良のこいつに、携帯電話会社のシステムにハッキングするなんて高度なマネが出来るはずが無いと思っていた。
だけど、それから三時間後の事だ。
ハリネズミは嬉しそうに、こう書き込んだ。
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ハリネズミ:
出来たよ。
藤間の住所は分かった。
それだけじゃない。
あいつはGPS付き携帯を使ってたんだ。
だから、藤間の携帯電話にウイルスを仕込んだよ。電源を切らない限りいつだって居場所を調べられる。
僕が作った藤間アプリでね。
うん。僕は天才だね。
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俺の知ってるハリネズミは、こんな事が出きる奴じゃないのに。
これも、奴の『力』のせいなのだろうか。
そして、知ってるかな?
友達が自信満々に言ったギャグが気に入らない時は、全力でスルーしてあげるのが礼儀だ。
誰が天才だよ。
翌日、久しぶりにチャット仲間の三人が現実で揃った。
札幌駅の隣の駅で降りた俺たちは、先輩と合流する。
日曜日で朝も早いからだろうか、人通りは少なかった。
俺と先輩とハリネズミ。
中学生の時は良く遊んだメンツなのだが、卒業してから一緒に遊ぶ事は少なくなっていった。
高校に入学したハリネズミが、見事なまでにグレていったからだ。
一週間で黒髪から金髪に変わった。
俺たちと話す時も、ドスを聞かせた声で、短く「知らね~よ」「くだらね~」とかそんな否定的な事ばかり言うようになっていった。
チャットにも顔を出さなくなった。
そして、人を殴る事に快感を覚えていくようになり、盗みや破壊などで人の努力をあざ笑うような奴になっていった。
俺と先輩は、必死で昔のハリネズミを取り戻そうと動いた。
それが、今年の夏の大喧嘩だ。
俺が始めて殴った人間も明智じゃない。
ハリネズミだった。
結局、何が起こったのか。いや、ハリネズミにどんな心の動きがあったのかはわからない。
それでも、以前のハリネズミは俺たちの元に帰ってきてくれた。
そして、先輩とハリネズミは、チャットルームでは以前のように仲が良いのに、夏以降は直接会おうとしなかった。
あの時も、結果は良い方向に転がったけど、俺は何も出来なかったんだ。
ハリネズミを変えたのは、彼のオヤジさんの死だった。
その二人が揃って俺の目の前にいる。
今は、人類の滅亡がかかっているって言う緊迫した状況なのに、不謹慎にも俺の顔はニヤケていたと思う。
「弥生おねぇ~さま!」
そう言って、真田が先輩に抱きつく。
そうだ。
今日はこいつも含めて四人なんだよな。
それにしても……。俺たち四人は、見事なまでに統一感が無いな。
やっぱり先輩は白い綿やら白いレースのついたゴシックロリータ風の服で、やっぱり真田は何故か防寒性の乏しい服をわざわざ選び三枚ほど重ね着していて、やっぱりハリネズミは動きやすいを通り越して動きにくそうな余裕ありすぎるダボダボのデニムツナギで、やっぱり俺は学生服にダウンジャケットを羽織っただけだった。
そして、遊ぶわけでもない。
「どうだ? ハリー。その、藤間アプリって動いているのか?」
ハリネズミは、藤間アプリを見ながら歩いている。俺とハリネズミが並んで歩き、その後ろを先輩と真田が追従していた。
「順調だぜ? 昨日の夜から動いて無いから自宅にいるんだろうな。不良なのに休日家で過ごすのかよ」
そいつは偏見だろ。
それに、お前も不良だし。不良だからこそ、まだ寝ているって考え方も出来る。
もちろん、場の空気を呼んで突っ込まなかった。
そして、ハリネズミは、
「あそこにいるぞ」
そう言って、一つのマンションを指差す。
そんなに時間はかからなかった。あっさりと藤間の家は見つかった。




