僕の不思議な力
揃いも揃って、お金の無い俺たちの会議場所として利用されたのは、ファーストフード店だった。
Sサイズ飲み物と一〇〇円バーガーで二時間ほど粘る俺たちは、迷惑な客だろうに。
金髪坊主の巨体な不良少年と、信じられない美少女らしい女と、おまけでオタクが一人。
そんなのが、毎日来るなんてな。
特に真田は特異だ。
ファーストコンタクトをしてしまった人間が、動きを止めて見入っている。こんな光景にも、俺が慣れてしまった事に驚きだ。
俺と真田が並んで座り、その向かいにハリネズミが座った。
最初は、真田への事情説明から始まった。
「……と言う事だ。真田。悪いけど、付き合ってくれるか?」
「ゴメンね。真田ちゃん」
「ううん。私が巻き込んだようなものだもの」
ハリネズミは一度会えば、誰でも友達らしい。『真田ちゃん』と、なんとも馴れ馴れしい呼び方をしている。
そして、真田は責任を感じているらしく、素直だった。
だけどな。
「お前がいなくても、多分ハリーや先輩が俺を巻き込んだと思うぞ。気にするなよ」
「そうよね。どっちにしろ、あんたはそういう運命なのよ。落ち込んで損したわ!」
そう言いながらも、暗い表情を隠せていないぞ。本当に気にしなくて良いのに。
それにだ。
真田への事情説明といったが、俺も全く持って理解できて無いんだ。
「ハリーよ。まずは、俺たちに説明しろ。俺は昨日のチャットじゃ何にもわからなかった」
「なんでだよ! 一緒に見ていただろう?」
「だから、わからないって何度も言ったじゃないか」
「つまりだ。武田。お前には『力』が効かないんだよ」
俺の疑問を無視して、真田が答えていた。
「そうね」
それでも、今回は俺が理解していない事を理解しているみたいで、ハリネズミは説明してくれた。
「例えばだな。真田ちゃんの『力』は、『全ての者に愛される者』と俺は名づけた」
きっと、ルビに変な横文字が入るんだろうな、なんて俺は思ってしまったが、話を遮らない方が良いと判断した。
「真田ちゃんの『力』は、見た者の頭の中にある種のソフトウェアのような物をインストールするんだ。そして、それ以降、彼女を見た時には、彼女に関する全ての情報にフィルターがかかる。都合良くみんなに愛されるようにな」
真田はオレンジジュースを一口飲んで、答えた。
「ふ~ん。私の『力』について、改めて説明されるのは初めてね。思ったよりは、馬鹿じゃないのね」
「いやいや。真田ちゃんさ、そんなに褒めないでよ」
「お~い。ハリーよ。褒められて無いぞ。『思ったよりは、馬鹿じゃないんだ』ってさ」
ハリネズミは、大げさに一瞬、椅子から立ち上がり、驚きを表現していた。
「真田ちゃ~ん! そうなの? そうなんだ。ちょっとショックだ」
だけど、直ぐに座り話を続ける。
「いや、今はそれより、武田が彼女の力を受け付けないって事が重要だ。彼女がソフトウェアを頭の中に埋め込むのに、三十秒ほど時間がかかるはずだ。その現象もお前には無かったんだろ?」
そう言って、ハリネズミはストローが入っていた、しわしわの紙を、俺に向ける。
そうだ。俺にはそんなことは無かった。だけど、周りの人間全てが、初めて真田を見た時、三十秒ほど固まっていたのも事実だ。
そして、藤間や明智との戦いを思い出す。手のひらをかざすだけで、真田を苦しめていた時のことや、俺が川横の遊歩道で決闘した時に燃やされなかった事を。
「そして、先輩はそれを武田の体質。あるいは、武田自身だけに及ぶ『力』と認識してしまった」
「私も、そう思ったわ」
「だけど、あいつらは違った。武田の『力』は、『相手の力が効かない』のではなく、『相手の能力を無効化』出来るのかもしれないと」
「同じじゃゃね~か」
「違うだろ? 試してみれば早いな。悪いんだけど。武田、真田ちゃんの手を握ってみて。そして、真田ちゃんは何か汚い言葉を言ってみてよ」
俺は、真田に確認せずに手を握った。
「ちょ。何するのよ。そんな事して、なんになるって言うの? あんたたちは本当に救えない馬鹿ね!」
顔を紅潮させながら、凄く怒っている。そうだよな、一声かけるべきだったのかもしれない。
「本当の真田ちゃんって、恐わい人だったんだね。ショックだ……。でも、今、俺にも彼女が『救えない馬鹿』って言ったのが聞こえた。わかったかな? あいつらは、武田は『力が効かない』んじゃない。相手の『力を無効化』できる可能性があると思ったんだ」
ハリネズミは、『謎は解けたぞ』とか、『事件解決だ』とか、そんなドラマじみた仕草で、グーとパーを作った両手を勢いよく合わせていた。
「それは今証明された」
「それが、なんで十二月まで俺を避ける理由になるんだ?」
当然理解できてない俺は、質問するのだが、真田に叱られてしまった。
「本当に救えない男ね。昨日チャットでも説明受けたんでしょ? 今、初めて説明受けている私でも理解できたわ」
そして、今日のハリネズミは優しくて、俺を助けるように話を続けてくれた。多分、こいつは講釈を垂れるのが好きなだけなんだけど、助かったのは事実だ。
「だから、あいつらは『人類を滅ぼす力』を武田にを無力化して欲しくないんだよ。十二月まではね。ここからは、ちょっと情報不足だ。先輩も何故、十二月からは接触できるのかは、わかっていないらしい」
「私も、あいつらが人類を滅ぼす目的を持っている事。そのための『力』を持っている人物がいる事。そして、私の『力』が必要な事。そのぐらいしかわからないの……。指令は藤間経由だったし、組織の人物構成も詳しくはわからないわ」
真田らしくなく、小さく「ゴメンなさい」と付け加えて頭を下げた。俺もどう反応していいのかわからなくて、少しだけ、気まずい空気が流れた。
やっぱり、講釈を垂れているハリネズミは優しくて、真田の『わからない事実』を一つ解決してくれた。飲みきったはずのコーラーが、復活していないか確かめるように、氷水を飲んでから。
「真田ちゃんの力が必要な理由は想像がつくよ。とても強い『力』だからね。例えば、教祖になってもらって宗教団体を作る。これだけでも、相当な意味が出てくる」
「ハリーよ。宗教を作る事が、なんで世界の滅亡に関係あるんだよ?」
「真田ちゃんが信者の前で泣いてみせる。そして、彼女はそのまま引っ込み、別の人がどうすれば良いかわかるよね?」
そして、ハリネズミは俺たちの答えを待っているみたいだったが、もちろんわからないので黙っていた。
むしろ、それが望みだったのだろうハリネズミは、嬉しそうに右手を肩の辺りで、なぎ払うように振り回し。
「『彼女を泣かせたのは総理大臣だ』とか言えば完璧だろうよ。信者の数が増えるほど、総理大臣の命の危険度も増すだろうな!」
俺は、真田が人前で泣いた日に、学校の不良上級生に絡まれたことを思い出した。だけど。
「それだけで犯罪を犯すだろうか?」
「武田にはわからないかもしれないけど、それほど強力なんだよ。真田ちゃんの『力』はね。例えるなら、美人過ぎて恋の対象にすら出来ないレベルなんだ。そして、気になるのは十二月以降って条件が、『人類を滅亡させる力』にどれほどの関連性があるかだよな……」
ハリネズミは、これで伝わると思ったらしく、俺や真田の意見を待っているように見つめてくるのだが、もちろん俺には意味がわからなかった。
「そんなに大変な事なのか?」
「例えば、その『力』が隕石を落とすものだとしたら? あるいは、太陽と地球の距離を近づけるとかでも良いかもな。そして、能力が発動した後には、武田が『力』を無効化しても時間の問題だとしたら?」
真田は持っていた紙コップを落としそうになりながら、怯えていた。
「そんな……。どうしようもないじゃないの!」
「落ち着いてよ。真田ちゃん。多分大丈夫だよ。それなら、君の『力』が必要な理由が見当たらないからね」
やっと俺にも、大体の事情は掴めて来た。わからない事も沢山あるけどな。
「さて、この問題は先輩が『人類を滅ぼす力』を持った人物を探すまで、動きようが無い。俺たちに出来るのは、武田の力の解明だ」
それから、暫くは俺の能力解析の日々だった。
だけど、ファーストフード店で行われるハリネズミの実験は、真田の『力』を解明するばかりだった。
それは、何故か本人以上に、真田の能力を理解しているようでもあった。
真田と初遭遇時の、三十秒ほどのインストール作業は交通事故とかの心配は無いらしい。
「それが、真田ちゃんの凄い所さ。『あいつに見とれていて事故にあった』なんて思う奴もいるだろう? だから、都合よく皆に愛されるために、ごくごく緩やかに車を停車させたり、信号を渡りきるまで辛うじて歩けたりして交通事故は回避できるんだ。流石に、交通の麻痺を回避する事は出来ないみたいだけどな」
そして、真田の書いた文字すら、人には都合よく見えるらしかった。『金色ヤンキー』と書かれた二枚の紙を見比べながら、ハリネズミは言っていた。
「これが、真田ちゃんにあらかじめ書いてもらった文章。こちらが、真田ちゃんが武田と手を繋ぎながら書いた文章。同じ文章を書いてもらったのに、俺には違って見えるんだ」
そうだ。これは、もう一つの意味を持っているらしい。
真田の『力』は、一度、人の頭にソフトウェアをインストールしても、常に更新し続ける必要があるしい。それは、気づくことも出来ない刹那の時間らしいのだが。
「これだけの情報にリアルタイムでフィルターをかけるんだ。一度インストールしたら永久的に、とはいかいのは不思議で無い」とハリネズミは言っていた。
俺の能力についても少しわかった事がある。俺と真田が隣に座っているだけでは、彼女の『力』は効果を有したままだ。
つまり、ハリネズミは、俺と真田が接触して、初めて真実の彼女を見ることが出来る。
では、逆に俺とハリネズミが接触する事で、真田の『力』から逃れる事ができるか? という実験も行った。結果は出来ないみたいだ。
「『接触」多分、これが武田の能力の射程距離だろうよ。でも、先輩が『体質』と勘違いした件もあるし、何より本人もわからないものだからな。人の本当の姿なんて。こと『力』においては尚そうだ」
それはわかる。
俺は、大規模な集団ドッキリなんじゃないだろうか、と思ってしまうぐらいに、俺の『力』の実感が無い。
とまぁ、こんな感じで平日土日関係なく、ファーストフード店で、俺の力を調べるのだけど、それが事態の解決になるのかは疑問だった。
余裕があると思っていたはずの時間は、もう残り少なくなっていた。




