合流
死ぬほど怖ぇ。
どうせ、焼かれるんだ!
俺は、革素材の耐熱性も知らないまま、鞄を盾に明知に突撃する。
「え? なんで? 武田先輩も『力』を?」
俺の決死の体当たりは、不思議な事に燃え上がることなく、明智を捉えた。
そのまま、転がり込む二人。転んだダメージが相当痛い。それは、明智も同じみたいだ。
俺たちは、ほぼ同時に起き上がった。
それからは、コンピュータ部所属の中学生と、元コンピュータ部部長のオタクとの激しい肉弾戦だ。
周りには、さぞ間抜けに見えるであろう。
そりゃそうだ。
お互いに始めて人を殴ったのかもしれない、そんな印象を与える喧嘩だったろうな。
平手や張り手の応酬から始まり、俺は見よう見まねの柔道技で転ばせようとしたり、明智は無理にハイキックをかまして転んでみたり。
それでも、気がつけば俺が主導権を握っている。
倒れた明智の上にまたがり、顔目掛けて平手を繰り出す。
「お前の負けだ。認めろ」
クソ。手が痛ぇ。
もう殴りたくないんだよ……。
大人しく負けを認めろ!
「なんで? 僕は特別な人間なのに……。なんで、武田先輩なんかに……」
「知らね~よ。良いから。もうやめようぜ?」
「なんでだよ……。なんで!」
そう言った明智は、完全に身体の力が抜けていた。
多分、もう大丈夫だ。喧嘩慣れして無い俺でもわかる。戦意喪失ってやつだ。
俺が立ち上がるのとほぼ同時に。
「ほらね。綱吉に勝てるはずが無いわ。あんたって、見るからに弱そうだし」
真田はそう言って、起き上がることなく、顔を隠しながら小さく震えている、明智にハンカチを渡していた。
真田って実は優しい奴なんだよな。
それにしても、この時俺は、何故かとても不思議な事に、一瞬、本当に少しの間、明智がたまらなくムカついた。謎だ。
とりあえず、このイライラを真田にぶつける事にしよう。
「真田。お前は優しい奴だよな」
「あ、当たり前よ!」
俺の期待通りに、真田は顔を赤くして、無意味に手をばたつかせて困っていた。
その時、後ろから怒声が聞こえる。藤間の声だ。
「針山~! お前も『力』を持っているのか?」
藤間たちの方も決着がついたらしい。
不良を束ねる中性的な美少年は、俺たちの前で初めて乱暴な言葉使いで話す。
「さぁね。そんな事を教える義理も無いだろうよ? 知らないのか? 孫子さんだって言ってるぜ。『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』ってな」
どうやら、見た目には殆ど無傷の藤間は、負けを認めたらしい。呆然と寝そべっている明智に、怒りの矛先を変えた。
「明智~! 寝てるんじゃね~! ……クソが! 今日は引いてやる」
「黙って見逃すと思ってるのかよ?」
「針山~よ~! お前はそんな甘ちゃんだろうが」
そうだ。こいつはそんな甘ちゃんに戻ったんだ。だから、俺たちは友達なんだ。
そうだろ? ハリネズミこと、針山恭一。
ハリネズミは藤間と明智を見送ると、手をポケットのズボンに入れたまま、俺たちの元に嬉しそうに近づいてくる。
人類は近い将来に原子番号を作り直さなきゃいけないだろう、と思わせる水素よりも軽そうな態度のこの男、つまりはハリネズミが話しかけてきた。
「よぉ。悪いな。尾行しちゃった。お前らが、学校を出る時間はチャットで聞いていたしな。あまりに心配でさ。それにしても、お前らこんな時でも夜遅くまで学校に残るのな。まぁ、そのおかげで尾行できたのか!」
「誰? この人? 私のストーカーなの?」
「いえいえ。美しいあなたのためなら、こんな事ぐらい何でもありませよ」
ハリネズミ君や、嬉しそうに照れているけど、貶されているんだぞ。
あ、しまった。
突然の登場だったからな。ハリネズミを知らない真田は怯えている。
それもそうだ。
身長百八十七cm。アメフトの肩パットを入れているのか? と思う程にいかつい肩幅と服の上からでもわかる筋肉質な身体。
何故、高校生がこんな格好を許されるのか、日本の教育を嘆かずにはいられない金髪坊主と両耳あわせて五つのピアスにプラス下唇に一つ。
わざわざ、サイズの合ってない制服を買ったらしい、余裕ありすぎな学ラン姿。
この男を見れば、誰だってこの反応を示すだろう。
俺は、ハリネズミを真田に紹介した。
「こいつが、昨日言っていた友達。見かけによらず良い奴だから大丈夫だって」
「ほ、本当に? やっぱり、わるも……。本当に友達なの?」
今、悪者と言おうとしたな?
こいつと初めて会った時に言う台詞なら怒らないさ。
背丈体格はともかく、こう言うファッションをするこいつが悪い。
ちなみに、この事についても何度か討論済みで、ハリネズミの返答は悔しいけど納得してしまった。
いつまでも変わらない髪型で、いつだって学生服の君には言われたくないね、だと。
「そう。武田とは中学生からのお友達です。安心してよ!」
「本当なの? こんなヤンキ……。こう言うタイプの人が友達なの?」
説明するのが面倒くさい。
だけど、話が進みそうも無いので簡単に説明した。
つまりだ。俺たちの真面目な中学校では、当然の如くハリネズミは浮いた存在となる。そして、周りとの不協和音を感じていた俺も軽く浮いている。
最初に話しかけたのは俺だったかな?
当時はガタイが良くて、少し怖そうなだけの奴だったからな。金髪でもなければ、ピアスもしていなかったんだ。
気がつけば、なんとなく馬は合わないのだけど、仲良くなっていった。根っこの部分は似ているのかもしれない。
そして、これは俺の影響かもしれないが、こいつも軽くオタクだ。
「そう。本当に綱吉の友達なら、信じても良いかもしれないわね……」
「あぁ。こいつは信じていいぞ」
ハリネズミは、俺がせっかく誤解を解くために説明してやったのに、無言で地面を見つめている。何かを考えているみたいだ。
きっと、今夜のチャットでは何かの講義があるぞ。
俺の心配は、違った結果として直ぐに現実となった。
ハリネズミは、俺の話が終わったのを確認するように、少し間を空けて、真田に話しかける。
「真田さんだっけ? 多分、あいつらは俺を付け狙うのに忙しくなるはず。暫くは大丈夫だと思うよ」
「え? そんな。大丈夫? 危なくない?」
「大丈夫! 俺は喧嘩しない方向に持っていくし、逃げ足だって速いよ」
初めて、真田とハリネズミの会話が噛み合った。ハリネズミは、嬉しそうに胸を張って、餅でも詰まらせたような仕草で胸を叩いているが……。俺も心配だった。
「そうだ。ハリー。大丈夫なのか?」
「心配するなって! あいつは、プライド高いからな……。タイマンで負けたとなれば、藤間は個人の問題として処理するはずだ。手下どもは、ソナーとしてこき使われるだけだろうよ。俺一人で処理できるさ。それに、事を大きくしたくない。逃げる方向で頑張るよ」
正直、不良の世界は、こいつの方が何倍も頼りになるのも事実だ。
「悪い……。頼っちまう」
「気にするなよ。お前はお前で、しっかり真田さんを守れよ」
「おぉ」
「二人とも、ありがとう」
真田は一日で素直になったな。これも、先輩のアドバイスのおかげかもしれない。
今日は、ハリネズミも一緒に真田の家まで着いてきた。
そして、真田を見送ると恐ろしい宣告を残して帰っていった。
「武田。帰ったら、直ぐにチャットルームにログインしろ。色々思った事があるんだ」
あぁ……、きっと、今日は睡眠不足だ。




