後輩
やっぱり、帰り道は不良たちがウロチョロしている。携帯電話で俺たちの位置を確認しあっているみたいだった。
いつ仕掛けてくるのだろう?
俺は、気が気じゃなかった。
だけど、川の横に設置された遊歩道を歩いている時に、現れたのは意外な刺客だった。
俺たちの行く先を塞ぐように立っているこの男は、誰がどう見たって不良と言うカテゴリーには分類されない。
大人しくて、気が弱そう。
そんなイメージを外見からして訴えている男だった。
センター分けの髪に、メガネ。
そして、学生服の上からでもわかる、脂肪も筋肉も無い華奢な身体。
身長だけは、辛うじて標準的だな。非常に残念だけど、俺より背が高い。
そして、この制服には見覚えがある。学年を見分けるための色つきネクタイもそうだ。この色のネクタイは、こいつが中学二年生という事実を示している。
「お久しぶりです。武田先輩。相変わらず死んだ魚の目ですね」
そう。人を小ばかにしたような薄笑いを浮かべながら、俺を先輩と呼ぶこいつは、確かな俺の知り合いだ。
ひたすらに国語の教科書を利用しタイピングの練習だけをする部活。俺が中学校のとき所属していた部活。何故か俺なんかが部長を押し付けらるぐらいに、活動的でない小さな部活。
コンピューター部。
こいつは、その一員だった男。俺の可愛い後輩だ。
「久しぶりだな。明智。約半年ぶりか?」
「そうですね。でも、半年と言う言葉を使うと、そんなに時間が経ってない気がします」
「あぁ。まだ半年なんだよな」
結構、濃厚な半年だったみたいで、中学生時代は随分と懐かしく感じた。真田も俺の客人だと思っているみたいで、大人しく会話を眺めていた。
だけど。
「……会いに来てくれるのは嬉しいが、タイミングが悪い奴だな。それとも、お前が会いに来たのも、やっぱり真田狙いなのか?」
「そうですね。彼女を呼び戻す事は、僕たちの目的の一つでもあります。でも、今日は武田先輩に用があったんです。藤間さんから、命令があったんですよ」
可愛い後輩のはずの明智が、敵になるなんて思いたくなかった。だけど、事実はいつだって非情だ。
「なんで、明智があんな不良たちとつるむんだよ。タイプが全然違うだろ?」
「はは。確かにそうかもしれません。だけどね、武田先輩。人類が憎い。その目的は同じなんですよ。正確には彼らじゃなくて、藤間さんと同じ意識な訳ですけど」
「人類が憎いだ? それがお前らの集う目的だと? 中学生が、随分と大きな思想を持ってるな」
「いずれわかりますよ。そう。除夜の鐘までにはね」
除夜の鐘。つまり、今年が終わる瞬間。いや、来年が始まる瞬間に、何かをするのが目的な訳だ。
少しだけど、わかる事が出来たのは有難い。
出来れば、もう少し情報を聞き出したかったのだが。
「あんまり、お喋りすると藤間さんに怒られちゃうんで。始めちゃいますね」
そう言うと、明智は手をかざした。
その先にあるのは、秋の亡骸たち。
落ち葉だった。
そして、落ち葉は突然燃え上がる。
「これが、僕の『力』です。パイロネキシスって言うのかな。いくら知識に乏しい武田先輩でも知っていますよね?」
もちろん、俺はパイロなんちゃら、なんて初めて聞く単語だったのだが、明智の嫌味に答えたのは、真田だった。
「あなたが、ヘパイストス……」
「あぁ、挨拶が遅れてすみません。アフロディーテさん。そう、僕のコードネームは、火と鍛冶を司る神。ヘパイストスです」
と、明智は軽くお辞儀をするのだが、真田はため息混じりに答えていた。
「なるほどね。私にフラれる哀れな神の名を貰うなんて、正にぴったりの風貌だこと」
「あはは。あなたに褒められると悪い気がしませんね。でも、本当は何を言ってるんだか」
「はっきり言ってあげましょうか? モヤシ男と言う言葉を実に良く表しているわ。本当に貧弱そうな男ねって言ってるのよ」
「そうでしょ? 一度はアフロディーテと結婚した神ですからね。きっと、『醜い』なんて話は間違いだったんですよ。武田先輩でもあるまいし」
安心しろよ。明智君。
話はよくわからないが、ちゃんと貶されているさ。
いや、そんな事はどうでも良いんだ。
可愛い後輩は、危険な男だった。
こいつは人体も発火できるのか?
いや、落ち葉が燃やせるのなら、俺の服も燃やせるはずだ。
なんで、真田は安心してやがる。
自分に矛先が向いていないからか?
「あなたじゃ、綱吉の敵じゃないわね。喧嘩も弱そうだし……。藤間は何を考えてるのかしら?」
「安心してください。そうですね。今年一杯、入院するぐらいの火傷で許してあげますよ」
微妙にかみ合って無い会話も気になるが……。
それ所じゃないぞ。
冗談じゃないぜ?
入院一ヵ月半の火傷だ?
ニュースキャスターに名前を呼んでもらえる程の大怪我じゃね~か。
やけに冷静な真田に、俺は言った。
「馬鹿。逃げるんだよ」
回りを確認すると、右手には渡れそうも無い川があり、左手には堤防の役割を果たすのだろうコンクリートの壁がほぼ直角に構えていた。
左右には逃げられそうにも無いな。
俺は、逃走経路の確認のため後ろを振り返った。
その先には、気取った表情の藤間の野郎がいる。
さぞかし、俺の顔は青かったのだろうか?
藤間はやれやれと首を横に振り、こう言った。
「大丈夫だよ。あなたの相手は明智君だけですから。今日は武田君の調査が目的だからね」
そもそも、こいつら相手に走って逃げると言う行為は、意味を成さないのかもしれない。
そして、藤間の後ろには、見覚えのある人影があった。
「そうだ。藤間の相手は俺だ。武田は何とかして逃げるんだ!」
「針山君か。君が出てくるのは計算外だったよ。アフロディーテの知り合いだったのかな? それとも、武田君の知り合いなのかな? まさか、明智君の知り合いなのかい?」
「そんな事は、どうだっていいだろうよ?」
「そうだね。でも、せっかくの冷戦状態を崩していいのかい? 君がそれを望むとは思えない」
「うるせ~! そいつらに手を出すなら、黙っていられないんだよ。それに、冷戦状態を崩したくないのは、お前も同じだろうがよ?」
「さぁね。だけど、君には礼儀を教える必要があるみたいだ。もう忘れちゃったのかい? 僕に完敗したのを」
なにやら、あいつらは知り合いみたいだ。
任せていいのだろうか?
いや、残念ながら、そんな心配をする余裕も無い。
学校指定の鞄は革だよな。これって、燃えにくいだろうか?
化学の授業を真面目に聞いておけば良かった。
もちろん、そんな後悔する余裕すら無いらしい。
「逃げるなんて男らしくないですね。武田先輩は本当に情け無い。さぁ、藤間さんにやられる哀れな男はどうだって良いのです……。燃えてください」
そう言って、再び明智は手をかざした。
間違いない。今度は、しっかり俺へと照準が向けられている。




