報告
その夜、俺は心配する気配を砂糖一粒ほども見せなかった、屁理屈男のハリネズミに報告してやる事にした。
この男に報告するのも癪だけどな。
一応相談に乗ってもらった立場でもあるし仕方ないさ。
だけど、俺の親切をあざ笑うように、チャットルームにはハリネズミの姿は無かった。
とりあえず、このチャットルームの主、ハンドルネーム『先輩』に声をかけてみる。
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slothさんがログインしました。
sloth:
こんばんは~。
先輩:
やぁやぁ。おかえりさね。
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先輩は、常時パソコンを起動し、チャットルームの主と化しているのだが反応する事は少ない。
精神科の医者でもあり、ボランティア活動にも勤しんでいる、多忙な人だからな。
そして、ハリネズミと違って、ネットの人格も現実の人格もそんなに違わない、表裏の少ない人だ。
おまけに美人だ。
だけど、ハリネズミは『良い意味で腹黒い』と評していた。
そうだ。一つ大事な事があった。
先輩と呼ぶことを強要し、ハンドルネームまで先輩な彼女だが、歳は十二歳ほど離れている。俺は先輩と同じ組織に所属した事は無い。
それでも先輩と呼ばれたほうが、若々しく感じると言う理由だった。
それにしても、この時間に先輩が反応するのは予想外だった。
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sloth:
いたんだね。珍しい。
先輩:
武田君がこの時間に帰ってくるほうが珍しいさね。何か夢中になれることでもあったのかい?
sloth:
あれ? 先輩には話してなかったかな?
俺は、変な女に絡まれて大変な毎日を送っているわけですよ!
先輩:
そいつは、興味深いね。
是非、聞かせておくれよ。
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俺は、あの『力』も含めて、真田の事を全て話した。
先輩が信用できる人物だと言う事もあるけど、まさか真田を知らない人が、この話を信じるなんて思っていなかったからだ。
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先輩:
なるほどね。君は、まだ信じ切れていないんだね。
sloth:
まぁね。でも、信じざるを得ない状況でもあるんだ。
先輩:
信じていいよ。
それに関しては、私が保証するさ。
sloth:
信じたとしても、彼女の相手は大変なんだよ。
本当にわがままで高慢なやつでさ。甘やかされて育った奴は駄目だね。
先輩:
そうかもしれないね。
でも、考えてごらんよ。ずっと自分の言葉が勝手に改変される生活をね。
彼女をそうさせてしまったのは、『力』のせいかもしれない。そう。それだけさね。根はそんなに悪い子じゃないと思うよ。
sloth:
人事だと思って……。
先輩:
薫ちゃんに足り無かったのは、君に出会えなかった事さね。
うん。きっと大丈夫。それも私が保証するさね。
sloth:
俺はそんな人間じゃありませよ。
小さくて、ワガママな普通の高校生だ。プラスオタクなね。
先輩:
そうかもしれないね。でも、そうじゃないかもしれないよ?
人間なんてものは、測る人によって違った尺度を示すのさね。
君自身のものさしは、君を低く評価しているみたいだけどね、私は特別な存在だと評価するよ。
sloth:
よくわからないけど、頑張るよ。
平和な高校生活を取り戻すためにね。
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先輩の言う事は、いつだって良くわからない。でも、なんとなくその気にさせる不思議な魔力がある。
先輩の、つい甘えたくなるような、優しい微笑みを知っているからかもしれないな。
その後一時間程待ってはみたが、ハリネズミがログインしないので、一度席を離れる事にした。
そして、夕飯と風呂を済まし部屋に戻ると、チャットルームにはハリネズミの姿もあった。
先輩相手に、この前の『オタク定義論』を発表しているらしい。
そして、彼の行動はいたって単純だ。
このまま、先輩に甘やかされて自信をつける。そして、ネットの掲示板あたりに発表し、ボロボロに批判されて帰ってくる。
ただ、ハリネズミの尊敬できる数少ない一面として、非常に打たれ強いのだ。奴の強さは見習いたい。
死への突撃魂はゴメンだけどな。
そう言えば、ハリネズミと先輩は夏の大喧嘩から少しぎこちない。
チャットでは普通なのだけど、絶対に現実では会おうとしないのだ。
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sloth:
戻りました~。よぉハリネズミ。
ハリネズミ:
君は毎回説教から聞きたいらしいね。
良いかい?
挨拶と言うのはだね……
(以下略!)
sloth:
と言うわけで、転校生の美女は不思議な超能力者だったとさ。
ハリネズミ:
なるほど。是非とも会ってみたいな。
今度、紹介してくれないか?
sloth:
お前まで、信じるのかよ。
まぁ、自然な機会があったらな。
見世物じゃないんだ。みんなが信じるなら、話さない方が良かったとさえ思っている。
先輩:
そういう所が、武田君の良い所だよ。
彼女を闇から拾い上げられるのは、君だけさね。
ハリネズミ:
先輩。そいつは疑問ですよ?
こいつは、ただのか弱い高校生に過ぎないと言わざるを得ないです。プラスひねくれ者でチキンハートなね。
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あぁ、俺自身もそう思っているよ。だけどな、本人の前で言うなよ。
チキンハートとガラスのハートが、似ているとは思ってくれね~のか?
でも、不思議に高評価をくれる先輩のおかげで、理不尽な毎日も楽しく思えてきた。
情けない事に、やっぱり女子と二人っきり、と言うのは嬉しい事だった。




