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『strayed』

作者: JOEmasa

00-01


次々と消えていく部下の信号を見ながら、私はアサルトライフルを握りしめていた。

こんなものが何の役に立つって言うんだ。

そんな言葉が心の中で反芻されながらも、それでも部隊長のみに携行を許されたこの金食い虫が今の世界にとっていかに貴重かを何度も計算しながら、気を落ち着かせていた。


「形態を報告し、射戦の確認が取れるならとにかく撃て! 奴らの領域も万能ではない!」


指示の間も、混乱に飲まれた声々がやかましく通信機にこだまする。

目の前に広がる荒野とも廃墟とも言い難い灰色の光景から砂煙が舞い、その音を吸った。

神に祈れと同意である指示しか出せない自分に罪悪感を感じない訳でもなかったが、ストレイド相手にそれ以上の何かを言える人間など、今彼ら以外にいるだろうか。


三度目の戦争を経てより多くのものを失った人類は、それでも戦うことをやめなかった。

失われた技術は犠牲者を得ることで新たなベクトルを選択し、不足する資源は戦争を小型化かつ拡散させる、そして情報と共に引き裂かれた境は国と企業の間を漂っていた。

ストレイドを踏み外した者と取るか、踏み出した者と取るかは、激減した人口と変わり続ける環境の中で今まさに議論の最中にあったが、企業の尖兵としてこうして戦場に立つ私達にとっては、彼らは脅威以外の何者でもなかった。


「武器は恐らくブレード型、ですが領域形成を確認できません!」

「補足しきれないのか?」

「いえ、領域そのものが……」


雑音に眉をしかめながら、思考を巡らせる。

ストレイドと一般兵を隔てる確かなものとして、領域は形成される。

それがないとすれば、攻勢と同時に展開することができないハングドしか定義としてはあり得ないのだが、この戦況は決して出来損ない一人でやれるものではない。


必死に睨むマップには、着実に近付いてくる死そのものが映し出されている。

こんなことは兵士になった当初から覚悟していたことのはずなのに、情けなくも、私は今になって強烈な恐怖に駆られていた。

視界の隅で砂塵が小さく巻き起こり、それは死に神の指先にすら見えた。

するとどこか他人事のような自嘲が、後方から急速に接近する男を知らせた。


「単騎とはな。舐められたものじゃないか、R.D.Sも」


徐々に深まる、領域による不快感。

どうやらこちらにもまともな兵器がいたらしい。

それに安堵を覚えるも、この色なき戦場はなおその場にいる私達に死を突きつけていた。






00-02


淡々と台車を押す看護婦の足音が、規則正しく響いていた。

話し声など一つも聞こえず、ここには喋れぬ者と喋る必要のない者しかいないと知れる。

ふと目を開くと、光が差した一面の白壁が広がっていた。

そののっぺりとした壁はじっと眺めると段々と隆起し、やがて一人の男の顔になる。


わずかに開かれた目と口、意志や感情を一切感じさせぬその顔は無表情とすら言い難く、人と言うよりもむしろその後ろにある壁に近かった。

見渡せば四人も五人もそんな人間がベッドで寝ていて、よく見つめれば性別や年齢、肌の色等でそれぞれを認識できるが、一度でも目を離すとすぐに彼らの顔は壁に溶けてしまう。


そこで私ははっとした。

私もずっと、瞳だけは開けていたのかもしれない。

いや、今日だけでこのような目覚めを何度繰り返したのだろうか。


「すぐに部下を引かせるんだな。良い的だぞ」


思わず右手で頬を触り、自分の顔を確かめる。

ストレイドによって形成された領域は、身体にGのような負荷を感じさせる。

後ろを見れば既に彼は程近くまで来ており、私は過去の断片を頭の中から振り払った。

通信機に向かって撤退命令を叫ぶものの、その言葉の大半は宙を彷徨っていた。


「アロンゾ・パルド、ローンチパッドだ。戦闘を開始する」


本部オペレーターの了解が、彼の通り過ぎた風に吹き飛ばされた。

砂煙を上げブースターと呼ばれるギアを大出力で駆る男を、私は注視する。

全身を覆う簡素なアーマーからは、彼がその力のほとんどを火力に割くため、移動力を少しでも向上させようとする危険な均衡が見て取れる。

反面ごてごてとした背面のギアからは、噂通りであれば彼のニックネームを忠実に再現するように、ミサイル型の攻撃が絶え間なく放たれ続けるのだろう。


既に戦いの階層は私達のいる地点を離れてしまった。

ストレイド同士の戦闘に、ハングドどころか一般兵の出る幕はない。

その事実を私達が感じる必要も考える余地もないことなど分かってはいたが、私はふと、昔受けて死にかけた適正テストとその後のことを、再び思い出していた。


等間隔に並ぶ病室の扉は廊下に沿って延々と続き、部屋には番号も付けられていない。

そこに立つと、ここは一体どこなのか、自分はいつからここにいて、そしてどこに、あるいはどの部屋に入るべきかも分からなくなる。

目を開けると私はいつもそこにいて、今もまた戦場はその様相を徐々に変え始めていた。






00-03


アロンゾ・パルド。

ローンチパッドというニックネームは、彼がその追尾ミサイル型の攻撃を絶え間なく発射し続ける戦闘形態から付けられたものらしいが、始めそこから受ける印象は決して良いものではなく、ストレイドという特異な存在であることも相まって多くの者が眉をひそめる。

この企業が契約した者の名を聞いたとき、私も例に漏れずそれを疫病神のようにすら感じたのだが、彼と話したそのときから認識を改め始めていた。


「確かに領域形成を感じられんな。ステルスか?」

「未確認ですが、それそのものが存在しないと言った報告が」

「ふん、ともすると大物かもしれんな」


アロンゾはこの一見馬鹿げた情報を、まずあらゆる可能性に照らし合わせようとした。

円熟味を感じさせる声もさることながら、このやりとり一つとっても、彼がまず想像されるようなただのトリガーハッピーでないことは明らかに思われた。

その証明だと言わんばかりに、戦闘区域に上空から入っていく姿が前方に見えた。


ストレイド同士の戦いを実際に見るのは初めてだが、小さくも部隊を預かる私は、もちろん彼らの参入を想定したシミュレーションを幾度も繰り返していた。

火力のない現在の戦場で、自らの力を武装化することの出来るストレイドとは、小規模戦争においてキラーアームズであることはもちろんだが、最も特筆すべき点とは、ギアを含めその力の形態を物理武器とは比べものにならぬ程可変させられることである。


各契約企業や団体のギア、またはストレイド自身の得手不得手によって特色は出るものの、彼らが戦場を選ぶないしは情報戦により形態を変更して戦いに臨むことは一般的だ。

つまり未だネットが分断されたこの世界において、機構に登録しランカーとして活動するストレイドは己の弱点を外に晒しているようなもので、中でもその戦い方を極端なものとする、例えばアロンゾのようなタイプは希有であり余程の実力者であることの裏返しだった。


「先程から奴の攻撃は止んでいる。領域形成が感じられないとなると、これだけ開けていようと視認するまで位置は把握できん。最終確認エリアはB6で間違いないな」

「武器がブレード型であることは確かです。そのエリアの戦力が三十秒程で消失したのが、百二十秒前で、それが最後です」

「百二十か、まさかおびき出したつもりか?」






00-04


遠くからは鋭い矢のように見えた二つの光が、地平に吸い込まれた。

かすかな音と振動が伝わり、吹き上げられた灰と共にアロンゾは降り立った。

彼は移動にそれ程重きを置かない。

これ以上空に留まるのは力の無駄と判断したのだろう。


敵の詳細が一切分からぬ状態で戦況を語ることも愚かだが、しかし今現在のそれがあまり芳しくないことは彼自身も承知しているはずだ。

恐らくアロンゾの戦い方とは、常にあの背面の追尾型で相手を牽制し空間を支配、その上で両手に持つミドルレンジを使い仕留めるものだろう。

もちろん仮にもランクBのストレイドとして隠し球の一つもあるだろうが、やはりその根幹は常に敵より優位な立ち位置にいることであり、領域による追尾が行えない相手であることはまだしも、その姿を先に補足できていないというのは劣勢と表するのに違和感がない。


本来その役目は我々一般兵達が負っていた。

部下にそんな言を吐いたことは一度もないが、上は何の躊躇もなく私にそう命じた。

お前の仕事は尖兵を使い情報を掴むことである。

ストレイドの生も、死も、膨大な屍の上で行われているものだった。

ローンチパッドが大飯喰らいと揶揄されるのも、ギアの特徴だけではないのだろう。


通信機には細かいノイズが走るだけで、風が音も光も全てを覆っている。

アロンゾはブーストを低出力で調整しながら、自ら作った開けた空間を進んでいた。

時たま速度を変えながら、領域を厚くすることと索敵のみに集中する。

しばらくして、グッとくぐもった声が、唸るような倒壊音に飲み込まれた。


「こいつは……。あるいはと思ってはいたが」


言葉は、凄まじい速さで宙まで追ってきた敵の二の太刀で遮られる。

デュアルブレード、全身を覆う黒い細身のアーマー、そして何より目を疑う程の速度。

領域なきストレイドなど非常に懐疑的だった私にも、彼が自らに利するとその選択を下したことが分かるような動きだった。

当たらなければいい、そんな子供じみた理論を、アロンゾが後退しながらばらまいた弾丸と熱源による追尾型から、すんなりと障害物に紛れたことで示した。


どうやら継続的な出力は大したことがないらしい。

だがそれだけだ。

同じく宙を苦手とするローンチパッドを見ながら呆然とした。

目を見開いたまま通信機に手をやったとき、ノイズのように音声が流れた。


「スライサー……」






00-05


テロリスト、反人類、暗殺組織、無政府主義者、革命家、ハンター。

彼らの呼称は私が知る数少ないコミュニティの中からでも、いくらでも沸いて出た。

ストレイドはこの小さな戦場において英雄であることに違いなかったが、その微少な個体数や組織的技術的なバックアップを必要とすることから、それ以上にはなり得ていなかった。

そんな中、アウトサイダーと総称される彼のような存在は、この閉塞感の充満した世界で半ば英雄視される程、畏怖を集めていた。


待っていたのだ。

中でもスライサーは、ストレイド狩りとしてその存在をまことしやかに語られてきた。

圧倒的と噂だけが飛び交う戦闘能力を含め、一切がデータに残らないことに不審を覚えてはいたが、今のやりとりを前にしてそんなことは言っていられなかった。


「敵ストレイドはスライサー。恐らくローンチパッドは……」

「部隊長、撤退命令です」


女性オペレーターの冷ややかな声が、妙にクリアに聞こえた。

私は帰還してきた僅かな部下や作業員の中でその意味を咀嚼しようしたが、この言葉をいくら頭の中で繰り返しても、得られるのは静けさだけだった。


「趣旨が理解できません」

「あなた方の出る幕ではない。それだけです」


彼女は明白な事実を突きつけて、発言を終えた。

振り返れば唯一の輸送車が既に発車の準備を終え、私を待っていた。

再び前を向くと砂塵はより濃さを増し、あの廃墟とも荒野とも取れぬ灰色の戦場は、いつの間にか随分と遠くに見える。


いつだってそれなりに立ち回ってきたつもりだ。

この世界の人間として、あの戦争も、部隊長としての役目も。

そして私は生き残ってきた。

だがあの適正テストから、常に何かを考えていた気がする。

別段くだらない実存主義を語る気も説く気もなかったが、それでもあの病院の風景は私の前にいつまでもまとわりついて、私はそれに毒づくことも目を瞑ることもできないでいた。


「政治屋共が、お前らのつまらん勘定を後悔させてやるぞ」


自嘲とすら取れるアロンゾの声が、聞こえた。

誰もが沈黙を保ち、また一つ地響きが鳴る。

私は一歩踏み出すとそのまま走り出し、それを止める声はどこからも聞こえなかった。


「ローンチパッド、これからB4へ向かい援護を開始する」

「死ぬぞ、部隊長」

「領域がないなら、私の役立たずも少しは元気になるだろう」

「無駄口が過ぎる。どうやら期待は出来んな」

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