幕間 英雄たちへの鎮魂歌
その日ばかりはいつもは元気な町の市場等も静かさに満ちていた。戦争が起こった後はこうなる。今回の犠牲はかなり少ない方だ、全体で三千四百人程度、歴史的な大敗という結果から見れば、この損害はそこまでではない。捕虜などもかなりの数がいるはずだ。返還等は金銭の問題等で難しいのだ。
そもそも貴族等ではなく、王国軍所属の兵士ばかりだ。国の財源から捕虜の開放などを行わなければいけないが、現在、それは不可能という判断が下された。下されてしまったのだ。
「今回、かの遠い地で散った輩たちは、我が国の発展の礎となった」
真っ暗な雲がヒロノキア全体を覆っている。そして、俺の言葉の大半はきっとこの雨の音にかき消されてしまっているのだろうな。
王城前の広場にはヒロノキアの国民が集まって居た。大雨だというのに、広場は大人や子供、平民や兵士等、様々な人で埋め尽くされていた。
改めて見ると、様々な人間が住んでいることが分かる。大人から子供まで、老人、女性、男性、赤ちゃん。様々だ。
俺は本当に王様になれたのだろうか? この人々の上に立つ人間としてふさわしいのだろうか? 分からない。本当にわからなくなってきていた。
だけど、結局はそうするしかないのだろう。この世界に召喚され、王様になると言った瞬間にはこんなことまで想像できていなかった。
こんな大きな責任を負わなくてはいけないということもだ。そういうところからやはり子供だったんだろうな。
「結果我が国は歴史的な損害を被ったことになる」
だからこそ、俺は責任を果たさなくてはいけないのだ。
背後には英雄たち、誰もがその顔を暗くしていた。
「故郷より遠い地で何人もの英雄が旅立っていった」
全ての責任が俺にあるのだろう。たかが高校生に何ができるかと言われれば何もできない。ここで何かを話す事など、唯の気休めでしかない。しかも自分のためのだ。
「その誰もが、この国を守った英雄であり、勇者だ」
こうやって大仰な言葉で話しているのもただ自分の言葉で消化してしまえばきっと、何もかもが嫌になってしまうからだろう。
「我らは、彼らの犠牲をなかったことにしてはならない。そして、彼の地で我らを救うために散った勇者一人一人を忘れてはならない」
大雨が強くなる。体は冷たい、頭も冷たいのに、心だけが暖かくなっていく。
「彼らは志を持って戦地に赴いた。愛すべきものを守るため、敬愛すべき友を守るため」
失ったものは大きすぎた。いや、大いなる力を我々は失ったのだ。
「だけど、忘れてはならない、天が今泣いていようが、いずれは晴れ渡るということを」
だからこそ、我々は前を向かなくてはならないのだ。
「戦に向かった兵士の誰もが、その晴れ渡る空を、明るい世界のために戦いに赴いたということを」
《大力》が守ったものは、きっと俺たちの命だけではないのだ。これからの世代を生きる子供たちのことも守ったのだということを。
「だからこそ我々は立ち上がらなくてはならない。散っていった我が同胞の願いを忘れてはならないのだ」
そして俺たちもそれを守っていかなくてはいけないのだ。
「大地に帰った友の声を聞け、そして、我々は同じことを繰り返してはならないのだ。さぁ、己の力を振り絞れ。例え我々が血に塗れた結果になろうとも、子供たちが、孫たちが、晴れ渡る空の下で走り回れる世界の礎にならんことを」
きっと戦乱は終わらない。だからこそ、俺たちはその戦いを良しとしてはいけないのだ。
「さぁ剣を掲げろ! 我々は英雄だ。失った大いなる力をも糧にして。総員、敬礼!」
兵士たちが剣を掲げる。まるで天に散っていたこれまで全ての勇者へ祈りを送るように。
ゆっくりと舞台から降りる。悲しみが支配する世界は終わらせなくてはいけないのだ。きっと俺たちの手で。
-------------------
「よぉ、忙しいときに呼び出してごめんな」
「いや良いよキース」
雨は降り続いている。中には俺とキースの二人きり。既に頭からつま先まで濡れ切った俺には雨が降っ
ていようがいなかろうとどうでも良いことだ。
「《大力》のことだろ」
「まぁ、それもそうだが、ちょっと稽古でもしようぜ、本気で」
「……ああ、分かった」
水を吸って重くなった服を脱ぎ、上半身裸になる。未だ傷も治っていない、体中に巻きつく包帯が邪魔だ。
きっと、本気で戦わなくてはいけなくなるだろう。
キースも、その服を脱ぎ、戦闘態勢へと入る。
おっさんに師事していたこともあり、構えはかなり似ている。決まった型ではなく、自然体。しかしそこに隙などはなく。甘い攻撃は全て一撃で返されてしまうだろう。
俺も構えを取る。両腕を上げ、ボクシングにも似た構えを取る、しかし、片手は頭を守るがもう片方が自由に動かせるように体の中心あたりに自由にしておく。
体の動きを確認する、右腕はボロボロ、拳もぐちゃぐちゃ、肋骨は折れている。足なども肉離れや、断裂等もしているだろう。
だけどそれは何の問題にもならない。
ジリジリとにじみ寄る。どっちにしろ俺たちは武器を拳しか持っていないのだ。だからこそ近距離で戦うしかない、死が近づくとしてもだ。
キースの拳が放たれる。拳が雨粒に当たると、まるで弾けるように散っていく。
研ぎ澄まされた拳だ。短い間だというのに、努力したのが良く分かる。何もないキースは努力することで、きっと何かを埋めていたのだろう。
俺はその攻撃を比較的無事な左手で弾く。攻撃を弾いたというのに、骨が軋むのを感じる。
まるでおっさんの力だ。
だが動きはおっさんに比べればまだ未熟。攻撃を行えばどうしても少ない隙が浮かび上がる。
その隙を縫うように、俺は攻撃を挟む。
右のハイキックをそのまま繰り出す。振り上げた脚が激痛を放つが、そんなものは気にしない。
轟音を放つ俺の蹴りがキースの腕で防がれる。威力を殺しきれなかったのか、キースの顔が少し歪む。普通の人間なら防いだとしても吹っ飛ぶはずだ。
しかし俺の攻撃はそれでは終わらない。そのまま流れるようにして左の回し蹴りを放つ。全く同じ腕に先ほど以上の衝撃をぶつける。
次の衝撃を受けきることができなかったのか、俺の攻撃に負けて膝をつくキース。
キースと立ち会って分かった。確実に俺は強くなっている。皮肉だが、戦場が俺を飛躍的に強くしていた。
「なぁ、最後はどうなったんだ?」
「すまん、俺も気を失って見てないんだ」
最後の瞬間を見ることができなかった。俺は何も受け継ぐことができなかった。
「そうか、こんなに強いのに、全く歯が立たなかったんだな」
「ああ、《武神》は強かった」
今思い出しても震える。あれは武に生きる人間であれば、誰しもが恐怖する。そして最後には憧れる存在だ。
「英雄の誰も叶わなかったんだよな」
「ああ、誰も手が届かなかった」
「だけど、《大力》は一人で足止めをしたんだよな」
「誰も相手にならないのに、おっさんは一人で《武神》を止めていた」
その命を燃やし、限界を超えて俺たちを救ったのだ。
「誰よりも強かったんだよな」
「ああ、おっさんは誰よりも強かった」
誰よりも強かった。誰よりも、その力は強かった。
「俺は超えるぞ、《大力》も、そして《武神》も」
「ああ、俺だってこのままじゃない」
この傷が消えようと、この痛みが消えようと、きっと忘れないだろう。
「強くなるぞ」
「ああ」
俺たちは、雨が降る中庭で二人、誓ったのだった。




