聖母のフロンティア
俺たちは、行われる六首会議の準備に追われていた。
「違います! その礼は祭典用の礼です。今しなくちゃいけないのは、入場用の礼です」
そう、追われていたのだ。
「何が違うんだよ! 俺には違いがわかんねーよ」
俺は、クラウザーのマネをしているつもりだが、何かが違うようだ。
「角度も、手の位置も違います。右手で左胸を隠すようにして、頭を軽く下げるのです」
さっきからこの調子だ。何ともしがたい。俺は細かいことが苦手なのに、こんな精度を要求されるような動きを求めるとは。
「ふふふ、なんかこういうあなたも新鮮ねー」
「おい、ゲイルてめぇ、ふざけてねーでお前もこの苦しみを味わえ」
「嫌よぉ。なんで私が男用の礼を練習しなくちゃいけないのぉ?」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
「本気よー、いつだって乙女は本気なのよ」
お前のどこに乙女成分があるというのだろうか? まぁ、今そのことを指摘しても、なんの益にもならないので、スルーしよう。
「ほら、頑張ってください。まだまだ覚えることはたくさんあるんですから」
「はいはい、頑張りますよ」
最近は勉強続きだ。学校に、この会議に向けての勉強、さらに王としての仕事もある。もう死にたくなるほど働いているな。つい最近まで普通の高校生だった俺にはかなりつらい。
「ほらほら、頑張ってぇ」
四苦八苦する俺を、ゲイルは冷かしてくる。実際ゲイルは覚えが良い方で、もう大体の礼儀は覚えてしまったようだ。またそういうところがさらにむかつくのだが。
「ほらぁ、ちょっと手がずれてるわよぉ」
ぶんなぐりてぇ、マジでなぐりてぇ。
「ふー、集中も切れてしまっているようなので、休憩をはさみましょう」
「いえーい。じゃあなクラウザー!」
俺は逃げることにする。さすがにもう朝から五時間ぐらいやっている。さすがに俺の頭もヤバいことになりそうなので、さっさと逃げることにする。
「ああん、私もいくぅ」
「お前はくんなよ! お前が居るとめんどいんだよ」
こいつと街に出ると、ものすごいものを見るような目で見られるんだ。店に入っても、視線を感じて長居できないし、そもそも入店拒否のところまで出てくる。それに今は逃げたい時だ、こいつは何処に居ても目立ちすぎる。
「はぁ、まぁいいや。しっかりと教えてくれよ?」
「優しく手取り足取り教えてあげるわぁ」
「はぁ、優しく頼むよ」
これ以上クラウザーに迷惑かけるのも申し訳ないしな。あいつもあいつで色々やることもあるっぽいし、クラウザーに頼り切りなところがあるから、少しあいつから離れることをしないとな。
「ふぅ、まぁここまで来れば大丈夫だろう」
俺たちは、街の外までやってきていた。さすがにここまでくればクラウザーも見つけられないだろう。
城壁のそと側、入り口から少し離れたところまで来ていた。
「うん、なんだ小僧じゃないか?」
「逃げてすいません!」
俺は一瞬で、土下座の姿勢になる。速さは重要だ、戦場では一瞬遅れただけで何千の命が死んでしまう。この場合もそうだ。一瞬土下座するのが遅れたら、俺の命が刈り取られることとなるのだ。
「なんだ? また悪さでもしたのか」
「って、なんだおっさんか。てっきりクラウザーの使命を受けたアイリかと」
ふぅ、心臓に悪いぜ。アイリは冗談とか分からない人間だからなぁ、一歳の抗弁を無視して連れ去られてしまうからなぁ。まぁそこがアイリのいいところでもあるのだが。
「また逃げてきたのか?」
「まぁ、結果としてはそうなるな」
「そうよぉ、現実が嫌になって、私と一緒に逃避行よねぇ」
「言い方が悪い。ちゃんとした言葉を使え」
「まぁ、あんまり迷惑をかけるなよ」
「へいへい、っておっさんはこんなところで何をしてるんだ?」
ここは街の外だ、外に用事なら馬でも持ってるだろうし、そのほかの幼児なら大体街で済むしなぁ。何か後ろめたいことでもしているのだろうか?
「私は、こいつの特訓だな」
おっさんが指さした方向には、地面で綺麗に伸びているキースの姿があった。体中に何か擦り傷のようなものがあり、一言でその状態を表すなら、ボロボロと言った感じか。
「えっと、なんの特訓だ?」
こんなボロボロになる競技なんかあったか? そういえばキースも学校に行き始めたようだし、学校で何か行事でもあるのだろうか? まぁ俺のクラスは納金軍団だし、大丈夫だろうけど。
「なんのって、武術か?」
「武術ぅ? キースが?」
あキースが武術をするのか? あり得ない。だって、この間まであんなにふんぞり返っていたキースがだぞ? どうしたらそんな考えに至るというのだろうか?
「ああ、いきなりやりたいと言われてな」
「どうしてそんな発想が?」
「知らん、しかし奴にも思うところがあったのだろう。強くて損することはない」
まぁ、こんな世界だ、強くになるに越したことはないが、だからと言って急すぎないか?
「まぁ、何か頑張るというのはいいことだな」
「ああ、こいつも自分なりに自分らしさというのを探しているのだろう」
まぁ、色々やりたいのいうのはいいことだ。何もしなければ先には進むことは出来ないし。
「だが、これは少し情けないな」
完全にのびてしまっている。もう、これ以上情けない顔はないってほどに呆けた顔で気絶している。
「まぁ、誰でも最初はこんなもんだろう」
「そうだなぁ、俺も最初は酷かったもんだ」
最初のころは、何も分からないままボコられてたな。あのクソ爺、手加減というものをせずに、小さい俺をボコボコにしやがって。まぁ、今でもボコボコというところは変わらねぇか。
あの糞爺は人間っていうレベルを超えてやがるからな。人間のレベルで、なんで九の奥義まで発動できんだよ。どう頑張っても俺は三の奥義が限界だったぜ。はぁ、四の奥義を発動できるように、頑張らなくちゃいけないな。
「そんなものさ。最初からできる人間なんてどこにもいない」
「まぁ、ここらからどうするかはこいつしだいってことか」
「そうだ、何時だって自分を変えれるのは、自分だけだ。それに、こいつ結構筋が良いぞ?」
「マジかよ。おっさんから見てもいいのか?」
「ああ、こいつは何もしなかっただけで、多分なんでもできる人間だ」
驚いた。無能だったわけではなく、ただやらなかっただけなのか。あいつがすごいやつだとは思えないんだけどなぁ、なんか小物臭いし。
「ハッ!! 何が起きたんだ?」
「よう、おはよう」
「なんでお前が!? というか特訓の途中なのに、なんで僕は寝てるんだ?」
「ほら、続きをやるぞ」
「ああ、どんどん来い」
どうやら気絶した理由も忘れているようだ。なんというかそこらへんは羨ましいのか? まぁバカで居るというのはいいことだ。人間成長するにつれて、賢くあろうとしてしまうからな。
「んじゃあ頑張れよー」
「ああ、小僧も頑張れよ」
「うーい」
「私がついてるから大丈夫よぉ」
「そうだな」
そういうと、おっさんはキースとの特訓に集中する。キースの動きは全体的に拙い。一つ一つの動きに無駄が多く、その場その場で動いている感じだ。まぁ、素人のようだし、次の動きを考えられるようになれば次の段階に行けるだろう。
おっさんの動きは、武術のように精練さえた動きではないが、実践的な動きだ。戦いの中で磨かれた体さばきだから、キースが学ぶ相手としてはいいのかもしれないな。
「ほら、こっちはこっちで頑張るわよぉ」
「はいはい」
俺はオカマと二人で、作法の特訓をするのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、そのハルモニアの王の情報は?」
俺たちは円卓を囲み、今後のことについては話し合っていた。
「ハルモニアの王の情報はあまり手に入りませんでした。中立国故に、どこの国もあまり足を踏み込めないんですよ」
どこにも攻めない代わり、どこにも攻められない。何も求めない代わり、何も提供しない。故に最高の防御力を誇る。中立であるという事は、言葉以上に難しいのだ。
「ハルモニアは謎だらけ」
「僕がパーッと調べてこようか?」
「お前が言ったら色々めんどくさいことになんだろ」
最近は英雄たちの名前も他の国に売れてきている。ここ最近の戦いは英雄たちが、活躍する戦いが多かったからな。知名度によるブーストも結構かかってきているようだ。しかし、有名になることで、動きにくくなってしまっている。強くなるのはいいが、有名すぎるのも考え物という事だ。
「でも一つだけ手に入った情報によると、王は称号を持っているようです」
やってきたのが最近なのに、もう称号を持っているとは、どんだけ強い人間なのだろう? やはりこの世界で有名になるというのは、そうとうな強さなのだろう。
「称号は《聖母》、この世界で唯一の回復スキルを持った人間です」
回復スキル? どういう事だ? そいつは魔法かなんかでも使えるという事か?
「回復スキルってのはなんだ?」
「分かりません。スキルとは基本、技能を突き詰めたものです。技術や技がスキルとなります、という事は、回復の技能がすごいという事ではないのですか?」
「僕は、魔法でも使うんじゃないかと思うよー」
「魔法は滅んだ」
そうだよなぁ、魔法だなんてものがあり得るわけないもんなぁ、って滅んだ?
「魔法はあったのか?」
「ええ、魔法は千年ほど前には存在したようですよ。亜人と呼ばれる種族が好んで使用したようです。まぁ、そう言い伝えられているだけですが」
なんか、俺たちとの世界とは本当に違うんだなぁ。魔法や、亜人なんてものがあるなんて、まぁその方が異世界らしいと言えばらしいのだが。
「はぁ、まぁその《聖母》なんて呼ばれてるぐらいだ。さぞやすごい人物なんだろうな」
「ええ、一瞬で傷を治してしまうようです」
「信じがたいな」
英雄たちも信じがたい回復力を有していたが、その場で治るなんてありえない。どう頑張っても、一日ぐらいの時間が必要だった。俺に至っては、毎回の戦闘で一週間ぐらい寝たきりだしなぁ。一瞬で怪我が治るなんて、羨ましい限りだな。
「そんなのが敵だと思うと、それはそれで恐ろしいな」
傷を一瞬で治すだなんて、そんなのは戦場では脅威だ。幾ら倒しても起き上がる兵士なんて、ただの恐怖でしかないからなぁ。
「ええ、しかしハルモニアは永世中立を掲げています。そんな国で《聖母》が現れるのは、何か縁でもあるんではないでしょうか」
交戦的なところに聖母が現れるってのもおかしな話だもんな。
「しかし、これはまずいな」
「どういう事だおっさん?」
さっきまで深刻そうに黙っていたおっさんが、口を開く。まずいとはどういう事なのだろうか?
「この世界で一番の宗教は、聖神教会だ」
「それがどうしたんだよ?」
たしかこの世界では聖神教会が一番広まっている宗教だが、ヒロノキアにはそんなに広まっていないんだったか?
「そうか、そのことが問題なのですね」
「どういう事だ?」
「ですから、《聖母》だなんて奇跡の対象が、聖神教会の総本山であるアーカディア以外で出てきたのが問題なのです」
「そういうことか」
《聖母》なんてものが、他の国で出てきたら、聖神教会という存在自体が揺るぐことになるという事か。これは思った以上に大ごとなのかもしれない。
「今回の六首会議荒れるかもしれない」
様々な国の思惑が入り乱れた会議になりそうだな。はぁ、もっと平和な世の中ならいいのに。
「まぁ、今考えても仕方あるまい。六大国中、五国の王が来るんだ。大変なことにはならないようにはなっているだろう。というか、そうなることを祈るしかあるまい」
まぁ、今更どうしようもないか。ここまで来たら出たとこ勝負ということか。はぁ嫌になるぜ、俺はもっとスマートにことを運べないのだろうか? いっつもこんなんばっかだぜ。
「今日はこれだけ?」
「ええ、今日の会議はこれで終わりです。しかし、思った以上に問題は深刻ですね」
「これはどうしようもなかろう。アーカディアがどう出てくるかは、私にも分からん」
「この問題は、俺たちだけで考えていてもしょうがない。話し合うのは今度にしよう」
「ふぁー、僕、眠くなっちゃったよ」
「ああ、もう遅いし終わりにしよう」
俺たちは会議を終える。結局は謎だらけという事か。色々と問題を抱えながらの会談となるだろう。
しかしアストガルドの王に、ハルモニアの王まで俺の世界の人間とは、変な運命だ。
「《征服王》に《聖母》ねぇ」
俺はこれから出会う人々に、期待と不安を抱くのだった。




