一番になれない僕らの
色づきはじめた山々の紅葉も彼女の神経を逆なでするだけだった。
ドライブ中に険悪になった僕らは、窓の外を見ているふりをしながら、ただじっと耐えていた。
お互いに、口を固く結んで、何かの修業みたいに。
彼女にとって大事なものは、洋服と可愛い小物と、カッコいい芸能人で、僕はその次か、さらにその次ぐらいに大切な存在だと思う。
僕にとっては、仕事と家庭と彼女は同じぐらい大切な存在だった。
「そんな言い方ってずるい」
「いや、でも本当にどれも大事なんだ」
曲がりくねった山道で、一番大事じゃない僕と、一番を選べない僕のせいで空気が重い。
「じゃあ、崖から落ちそうになっている上司と私だったらどっちを助けるの? 」
「それは君だろう」
「だったら私が一番大事ってこと? 」
「いや、上司=仕事ってわけじゃないし」
「私が大事なら上司の頼みぐらい断りなさいよ」
「そういうわけにはいかないんだ」
「だって、本当は休みなんでしょ? 」
誕生日だという事は十分承知してるが、それが理由になる程世間は甘くはないのだ。
「休みだったけど、休みじゃなくなった」
「だって、私の誕生日は毎年同じ日で、その日は1年や2年前からでも分ってる事でしょう? 」
「そうだけど、その日が来るまでは何があるか分からないし」
「やっぱり仕事の方が大事なんでしょう? 」
「仕事も大事なの」
「も」に重きを置いたアクセントで僕は切り返した。
それから彼女は急に黙り込んでしまい、雰囲気はさらに悪くなった。
山の景色はさっきからほとんど変わりがないように思えたが、上の方に近づくにつれ、色が濃くなっていった。
近くには有名な滝の名所があったが、僕らはそこには向かわなかった。
紅葉のシーズンには駐車場が有料になって、人であふれかえっているからだ。
「もういいじゃないか、せっかく今日は休みがとれたのに、損になるよ」
そんな誤魔化しが通じないのは解っていたが、沈黙に耐えきれずに言ってみた。
「もういい、誕生日は彼氏と過ごすから」
「おいおい」
「パパは仕事と結婚すればいいのよ」
「そりゃないよ」
君にとって僕が一番じゃないのは分っているけれど、あまりにもひどい。
車が目的地に着くと彼女は一人で降りてしまい、僕は車内に一人取り残された。
山の上には広い公園があり、彼女と同じぐらいの歳頃の少年や少女が思い思いに遊具で遊んでいた。
「少し前までは、パパと結婚するって言ってくれたのになぁ」
そうぼやきながら、彼女を見失わないように僕は車から降りて大きく伸びをした。
未来の彼女にとって一番になるはずの幸福な少年は果たしてこの中にいるのだろうか。