シエルサマー
いつもの時間に起きる。
歯を磨いて、顔を洗って、寝癖を取る。
そしてぼくはまた今日もネクタイを首に通してスーツに縛られた大人になる。
朝はいい陽気でいささか汗をかいた。
それでもいいと思うのはもうすぐ夏が暮れて思い出にかわってしまうからだろう。
ぼくは通勤ラッシュの列車を静かに見送って視線を下に落とした。
彼岸にいった彼女に贈った花は枯れてしまっていた。
小さい花瓶からそれを取り除いて。
新しい花をいけてあげた。
天見音 風香。
天を見て風と吹いた星。
風になりたい。
君はいったね。
なら届けて欲しい。
最初で最後の手紙をね。
この天体で溢れた星に居座るこのぼくから君に。
風ほほをなぜた、さよなら。
今、一際強い、風が吹いた。
こんな暑気のなか、空気すら裂けるような冷たさが頬を伝った。
吐き出す息は白すぎて視界を霞ませる。
喉が焼けるように喘ぐ。
しかし、
はたして何を言いたい?それさえ思い出せれば良いのに。
はたして何を言いたい?それさえ思い出せなければ意味が無いのに。
大切な一言。
ぼくは空をあおいだ。神様、一瞬でも構わないから。
ぼくが彼女を忘れない魔法を下さい。
それは、
すでに十分に叶っていたわがままでしかなくて。
もう、なにをしても満足しないこのぼくは、
願う。
風が吹き続く日が無くならないように。僕達にはたった片翼が欠けていた。
翔ぶ夢は見ない、
飛ぶ夢は夢は抱くけど。
片腕はいらない、
利き腕はいるけど。
ガラクタは愛せない。
完璧よりはマシだけど。
嬉しいよりは沢山の痛みを知りたい。
きっと其の方が失うのは恐くない…筈だ。