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Incapable  作者: てんてん
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第8章 武と言う男 1

武は決して裕福な家庭で育った訳ではない。

父親は大工職人

母親はパート務め

父親は毎晩の様に酒を飲んでは暴れる酒癖の悪い男だった。

夕飯に漬物が出た。

その漬物が切れておらず繋がっていた部分が有った。

それだけで母親を殴る蹴るをするのだ。

武と弟は怖くて布団に潜り、早く収まれと願うしか無かったのだ。


ある日の夜。

朝まで熟睡する武が目を覚ました。

「父ちゃんやめてよーー」

既に起きて泣きながら父親に懇願する弟を見て武は一気に事態を把握した。

母親の顔は殴られ両頬が腫れ上がっていた。

口からも鼻からも流血していた。

「俺に指図なんざーお前は何様になったつもりなんだ」

いつもよりも激しく暴れている父親の様子を見て武は弟を連れて部屋の窓から外に出た。

近所に助けを求めチャイムを鳴らしても

どの家も玄関を開けてくれなかった。

近くの八百屋まで走りチャイムを鳴らした。

店主が出て来て事情を聞く。

「いいか、坊主。母ちゃんを助けたいか?」

「うん」

「おじちゃんが警察に電話してやっても良いけど、そうしたら父ちゃん捕まるかもしんねーぞ」

「いい。父ちゃんなんか居なくなればいいって、ずっと思ってた」

武は泣きながら何とか母親を救いたくて店主から警察に電話をしてもらった。

パトカーが武達の家へ到着したのを見計らって弟と戻った。

一台しか無かったパトカーが二台、三台と家に来て家が異様に照らされていた。


あれほどチャイムを鳴らしても出て来てくれなかった近所の人たちが野次馬根性丸出しで外に出て来ていた。

「なんだよ、知らない振りしてたくせに!コイツら全員嫌いだ!」

「見せ物じゃないんだ!家へ戻れ!」

声にならない叫びが心の中で渦巻いた。


家の中から警察が出て来て「君達はこの家の子かな?さっき電話で住所を教えてくれた子はどっちかな?」

「僕です」

「これから言う事をしっかりと聞いて間違いなく理解して欲しい。大丈夫かな?」

「はい」


武は目の前から色が消えていくのを感じた。

俺がもっと早く目を覚ましていたら、もっと早く八百屋に行ってたら。


「母ちゃん...母ちゃん...」


父親はすぐさま連行され武と弟は知らない男の車に乗せられて施設へ行った。


一晩施設へ泊まり朝早く火葬場へ連れて行かれた。そこには母親の父が一人ポツンといた。

「じーちゃん!」

「おお、武。それに亘も。大丈夫じゃったか?」

武も弟も声をあげて泣いた。

「お前達の母さんは骨になったじゃよ。じーちゃんが母さんの遺骨を預かるけん、いつでも母さんに会いに来るんじゃよ」

弟が「じーちゃん、じーちゃんの家に行きたい。じーちゃんと兄ちゃんと3人で暮らしたい」

「そうじゃのう。じーちゃんもそうしたい気持ちで一杯なんじゃが、お前達を育てるに充分なお金が無いんじゃ。じーちゃんもギリギリの生活でなぁ...」

「雪男おじちゃんは?雪男おじちゃんの家で暮らせない?」

弟は必死に祖父に懇願するも

「雪男おじちゃんは今、海外で仕事しとってな。近くにおらんのじゃよ」

「いいか、武に亘。お前達は何も悪くない。悪いのはお前達の父親じゃ。お前達はこれから苦しい時間を過ごすかも知れん。それもこれも父親のせいじゃけん、それに負けない強い男になれ。兄弟で手を取り合って生きていくんだぞ」

そう言って二人に千円ずつ渡した。

「これしか無くてすまんのう」


武達の母親の兄、雪男は祖父の住む町の隣町に住んでおり、海外などへは行ってない。

祖父は決して裕福ではなかったが、二人を引き取れないほどでもなかった。

しかし我が娘を無惨にも殺した父親の血を含んでいる武達を素直に引き受けられなかったのだ。


「すまんのう。ただ、母さんに会いたくなったらいつでも連絡して来るんだぞ」

そう言ってタクシーで火葬場を後にした。


施設へ入り学校も変わった。新しく入所して来た兄弟は職員の見えない所でいじめられ続けた。テレビの時間も兄弟だけは来るなと施設を仕切っている子供に言われ見せて貰えなかった。

楽しい事を奪われ、ただ生きているだけの日々だった。


「母ちゃんに会いたい...」

武は日曜日に弟を連れて祖父から貰った千円で祖父の家へ行った。

家の前に着くと叔父の雪男が居た。雪男の子供も居た。

頼んでいたデリバリーが届き受け取ろうと玄関を開けると武と弟が立っていた。

祖父はデリバリーの支払いを済ませてバツの悪そうに「あぁ...」

武は弟の手を引き全速力で走って駅へ向かった。

「兄ちゃん、痛いよーー」

弟の声で我に帰り立ち止まった。

全てを察した。

悔しくて悲しくて

「俺たちが何をしたって言うんだ...」


施設へ戻ってもいじめが待ってる。

外へ出ても拒まれる。

全部父ちゃんのせいだ!


涙が止まらなかった。


「兄ちゃん、オレ強くなるから。勉強も頑張るから。オレ、兄ちゃんとずっと一緒に居る。もう、じーちゃんには会わない。オレ決めた」

不意に弟が言った。

泣いた自分を慰めてくれているんだろう。


施設へ戻りテレビの見れない時間は兄弟でひたすら勉強した。とにかく勉強した。


「前に母ちゃんが言っていた。勉強すると金持ちになれるって」


武は中学生になり就職を考えなくて行けない時期に差し掛かった。

クラスメイトが一人ずつ担任と個人面談が始まった。

「武、最近どうだ?」

「何もないです。普通です」

「将来何になりたいとか無いのか?」

「別に」

「勿体無いぞ、武。お前は学年トップの成績だ。家庭の事情も有るんだろうけど将来何になりたいか高校行って見つけるのはどうだ?先生が推薦書いてやる。どうだ?」

「...少し考えさせてください」


武の偏差値は75を超えていた。


周りの子同様に高校へ行きたかったが

行くなら働きながら定時制に行くしか無いと思っていた所に担任の言葉。


躊躇しながら施設の職員へ話した。


「武くん凄いじゃない!定時制も悪くないけど学べる質が断然違うから全日制に行くべきよ!おじいちゃんに私から電話してあげるから!おじいちゃんか叔父さんに、それくらいはやってもらわないとね」

「それが嫌なんです。本当は引き取れるくせに僕達に手を差し伸べなかった。頼れる大人がいるくせに居ないと嘘をつく人達なんです。そんな大人に頭を下げたく無いし借りを作りたく無いです」

「そっか...」


後日、職員と担任が電話で話し高校進学に際し施設職員でも保護者扱いで可能か確認した。


同時に母親の保険金の受取人が子供二人になっており管理もしていた。

18歳、大学進学時に伝えようと思っていたのだ。

母親だけは死してなおも愛情を注いでいるのだと伝えるつもりでいた。


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