第7章 ルミと言う女
小さい頃から何不自由なく育てられて来た。
初めての子供ということもあり
両親から有り余る愛情を注がれて育って来た。
ルミの両親は常に小さい声で話し掛けていた。
何を話しているのか集中して聞く姿勢を学ばせるために。
そのせいかルミは人の話を聞く時は自然と顔を見て聞く習慣が身についた。
ルミを叱らなくてはいけない場面でも
ルミに置き換えたり両親に置き換えたり
「こうなったらどう思う?」と
根気良く小さな声で向き合っていた。
ルミの自我の芽生えには寄り添い何か伝えたい時は優しい言葉で伝えるようにと教えられて育った。
小学校、中学と進むにつれルミの優しさと配慮深さがクラスメイトより絶大な信頼を得て常にルミの周りに沢山の友が集まっていた。
好かれる事は有っても嫌われる事など無かった。
短大へ進みバイトを始める。
海外で人気のカフェが日本に上陸したのだ。
そこの制服可愛さにルミはバイトを始めた。
何もかも新鮮で刺激的だった。
そこで将来の悪夫となる武と出会う。
バイトの控え室で武の噂話を耳にする。
父親が母親を殺害し刑務所に居る。
親戚中から煙たがられ誰も武と弟を引き取ろうとせず施設で育ったこと。
「やばいよねぇ、あんまり関わらない方がいいよね。なんであの人がここで働いているんだろう」口々に武について陰口を言う。
ルミはバイトを始めて武と一言も会話をした事がない。
ルミは裏口にある大きなバケツにゴミを捨てに行くと既にバケツがパンパンで捨てれず
どうしようか考えていると
「どうされましたか?」
初めて武の声を聞いた。
「あっ...お疲れさまです。ゴミ捨てに来たのですがバケツが...」
「ああーー。これじゃ捨てられないですよね。こう言う時は...」
テキパキと武がバケツのゴミを別場所へ持って行きルミのゴミをバケツに入れてくれた。
「また、バケツがいっぱいだったら袋を縛って、あそこに積んで貰えると。業者がそからゴミ回収するんで」
「有難うございます」
「いえいえ。最初は分からない事だらけですからね。自分含め古いメンバーに大抵聞いてくれれば答えられるんで気軽に聞いて来てください」
「はい。有難うございます」
皆が言う程、やばい人でもないし
とても常識人で優しい人という印象を持った。
ルミはバイト先の飲み会に初めて参加した。
アルコール自体初めてなのだ。
カルピスハイを一杯飲んだだけで具合が悪くなりトイレから出れずにいた。
「大丈夫ー?」バイト仲間が声を掛けてくれるが答える余裕も無いほど嘔吐していた。
「すみません。私、帰ります。これ以上ご迷惑掛けれませんので」
「全然いーんだよー」
「ここで横になってればどう?」
ルミは一刻も早く家で横になりたかった。
「有難うございます。でも今日は帰ります。すみません。お疲れさまでした」
「気を付けてねーーー」
「何かあったら道中でも電話よこすのよー直ぐ行くからーーー」
仲間の優しさを背負い駅まで歩き出した。
仕事の締め業務を行い遅れて武ともう1人の社員とすれ違った。
「あれ?どうしたんですか?」
「あ...いえ...ちょっと」
「帰るの?顔色悪いね。駅まで送るよ」
「いえ大丈夫です」
ルミは周りを気にせず自分のペースで歩きたかった。
先輩に言われた武はルミを駅まで送ることになった。
歩いては吐き、吐いては歩き。
武が「ちょっと待ってて」
居なくなったかと思ったらペットボトル水を買って来てくれた。
「コレ飲んで指を喉の奥まで入れてみて。一気に出るから」
近くに有った公園のトイレでルミは吐きまくった。
しばらく経ってスッキリしたルミがトイレから出て来た。
武はベンチに座りずっと待っていた。
「すみません、まさかいらっしゃると思わなかったです」
「あー、全然全然。自分もお酒が弱くて内心行きたくないなーって思ってたので吉田さんに遭遇して助かりました」
穏やかな口調で話す武に対して更に好感を持った。
バイト先でも更によく話す様になり
いつしか2人は交際を始めた。
大きな喧嘩も無く穏やかな時間を重ねて結婚をした。
一人娘のルミのために婿養子で入ったがルミの両親は刑務所にいる武の父親の事を考えると養子縁組を組む気にはなれなかった。
ルミの気持ちを優先して結婚を認めたが内心では招かざる他人だ。
言い訳を付けては養子縁組を先延ばししていた。
武は店長になり収入も当時に比べると数段高額になっていた。
武自身も養子縁組を組まないルミの両親に嫌われているのかも...などと思う部分もあり同居はしないでいた。
子供にも恵まれ武は自分の幼少期と比べ「この子達はただただ笑顔の似合う子になれる様愛情をたくさん注ごう」
マイホームパパでも有った。
だが、事態は急変する
外資系のカフェでアメリカの金融破綻に伴い煽りを受けていた。
店舗縮小により武の務める店舗は閉めることになった。
店長にまで上り詰めた武がまさかリストラ対象になるとは思ってもみなかった。
夫婦の貯蓄も底を尽きルミの実家に頼れば、それこそ離婚を勧められる。
頼れずにいた。
武の弟や友人に借りたりしたが返す目処もなく転職もなかなか決まらなかった。
「仕事が決まらないのは自分の親父のせいか...」
ルミの両親に合わせる顔も無い。
大人は我慢が出来ても子供は空腹になど耐えられないだろう。
何をどうすればいいんだ...
どんな仕事でもいい。
キャバレーのウエイターでも応募するしかないか...
仕事が決まらない武は焦りに焦っていた。
ルミは武が悩んでいる姿を見て何も言えず
ただただ傍で見守るしかなかった。
だが心の中では
私が働きに出ればいい。
彼は家にいればいい。
それで、彼とこの生活を守ってみせる。
覚悟を決めていた。




