第1章 週末ルーティン
「夏美、おめでとー!」
「素敵な旦那様よねぇ」
「この年まで待った甲斐が有ったってものよ」
「出会い系サイトなんでしょう?今は良い時代よねぇ」
「私も焦らないでこの年まで待てば良かったかも。親や親戚がうるさくて今の旦那で手を打っちゃったけど」
「恭子もやってみたらどう?出会い系」
同級生のルミがやんわりと言ってみた。
伊東夏美の結婚式に呼ばれた仲の良かった同級生の中で恭子だけがとうとう独身1人になってしまった。
恭子含め皆30代後半。
出会いが無かったわけでは無い。
昔の恋を引きずっているわけでも無い。
ここまで来てしまうと寂しさより気楽さが勝ってしまっている部分が正直ある。
木造モルタルのワンルームのアパート
それなりに小綺麗な部屋。
貯金額も面白い様に貯まっていく。
休みの日には好きなだけ寝てから起き
誰の目を気にする事なくパジャマのまま過ごしている。
なんなら洗顔も歯磨きもせず。
決まって土曜日は昼頃に起き
食べたい物をあれやこれやUberし、それをつまみに昼からアルコールを楽しむ。
1週間頑張った自分へのご褒美だ。
大好きなK-POPアイドルのライブDVDを見ながら。
やめられない楽しみだ。
とある土曜日、カード決済のはずのUberが何かに触ってしまったのか現金引き換えになってしまった。
置き配じゃなくても別に配達員とは2度と顔を合わせないだろう。
1回位、まあいいか。
チャイムが鳴りドアを開けると
長らく空き部屋になっていた隣の部屋に
引越し業者が荷物を運んでいた。
「あっ!こんにちは。この度、隣に越して来た吉田です。後ほど、ちゃんとご挨拶に伺わせていただきます」
感じの良い青年だ。
「あ、いや、挨拶だなんて...今ので充分ですので。」
Uber配達員へ支払いを済ませ、そそくさと部屋のドアを閉めた。
「うわ....スッピン見られたよ...パジャマだし」
思いながらも
「折角の土曜日よ!うん、仕切り直し!楽しもー!」
心で思い直した。
恭子のアパートはゴミ置き小屋があり
曜日関係無くいつでも置けるのだ。
可燃でも不燃でもゴミを溜めたく無い恭子はこまめに出勤前に置いて行く事が習慣化されていた。
隣人が越してきた事を忘れかけていた頃
ゴミ置き小屋の前で吉田と遭遇した。
「あー!おとなりさん。おはようございます。最近はすっかり寒くなってきましたよねー」
「おはようございます。そうですよねぇ、寒くなって来ましたよね」
少しずつ少しずつ顔を合わせれば
どちらからともなく挨拶をする様になった。
ある日の帰り
物凄い土砂降りだった。
「うーわ....傘無いし...タクシーも止まってないし部屋まで10分。濡れるの覚悟で行くか...少し様子を見るか...もし止む気配も小降りになる気配も無いなら歩くしかないよね...」
駅前のコンビニに売っているビニール傘はもう売り切れだ。
恭子が途方に暮れ、どうしようか考えあぐねていると後ろから
「お疲れ様ですーーー笑」
吉田だった。
「傘持ってないですか?」
「そうなんです。失敗しました。コンビニも売り切れだし」
「良かったら一緒にアイアイ傘して帰りませんか?」
「えーー大丈夫。吉田くんが濡れると大変だし気にせずお帰りくださいませっ」
「僕、結構頑丈なんで大変な事にならない自信が有ります。だから気にせずに嫌じゃなかったら一緒に帰りましょうよ」
恭子は気恥ずかしさもあって、傷付けない様に言葉を選びながら断った。
「ありがとう。でも本当に大丈夫だから。もう少し様子みてみようと思うの」
「そうですか。では僕はひと足先に帰りますね。そしてひと足先にビール飲んじゃいますね笑」
「どうぞどうぞ笑。お好きなだけお飲みくださいませ笑」
「では、すみません。お先です」
吉田はペコリと頭を下げ家路に向かった。
雨は一向に小降りにならず
「やっぱり吉田君に甘えれば良かったかな...もう1時間以上経ってるし...どうしようかな...」
動けずにいた恭子の元へ
もう1つ傘を持って吉田が駅へ来た。
「お迎えにあがりました、お姉様笑」
「えぇーーー嘘でしょーーーもおーーーありがとう....」
傘が有るとて、この土砂降りでは吉田も濡れただろうに。
直ぐにシャワーしたかっただろうに。
今どきの若者にしては気遣い過ぎる。
人の優しさに久しぶりに触れた恭子は一気に吉田へ心を開き始めた。
アパートへ着き「吉田くん本当に有難う。本当に本当に有難うね。何かお返ししなくちゃ。何か欲しい物ない?」
「僕、結構いろんな物持ってるんで欲しい物って正直なくて。あ!今度お互いが翌日休みだって日に飲みに行きましょうよ!ダーツバー行った事なくて。一緒に行きたいです!」
「そんなんで良いの?」
「それが良いんです!」
「私は土日が休みなの。吉田くんは何曜日が休みなの?」
「僕も土日祝日です。たまに休日出勤が有りますが基本一緒だと思います」
「予定の無い金曜日っていつかな?」
「今週末から来週末まで実家帰るんで再来週の金曜日はどうですか?」
「了解。再来週の金曜ね」
「実家が農家なのが恨めしいです」
「へえー、ご実家は農家さんなのね」
「はい。毎年稲刈りシーズンは稲刈り要員で実家帰りです笑。有休がこれで殆ど消えます笑」
LINE交換をしそれぞれの部屋へ帰った。
恭子は誰かと約束事をしたのが久しぶり過ぎて浮き足だっていた。
なんか私、春。




