廚二病と、バリア
空腹を満たし、屈辱のおむつ交換を耐え抜き、再び深い眠りから目覚めた。
私の体は、生後半年という物理的な限界を抱えながらも、内側では着実に「魔導工学」の基礎を構築しつつあった。
ハイハイの移動範囲を広げながら、私は「リペア」を連発した。
最初は数回で意識が飛びそうになったが、繰り返すうちに魔力の回路――神経系を流れるエネルギーの伝導率が向上していくのが分かった。元ポスドクの分析癖で言えば、これは「魔力抵抗の低減」と「ミトコンドリアの魔力変換効率の上昇」だ。おかげで、私が通った後の廊下は、まるで日本の高級ホテルのロビーのように、刺一つない滑らかで光沢のある仕上がりになっていった。
(よし、これなら膝を擦りむく心配もない。次は――自分のメンテナンスだ)
ある日、ハイハイの勢いが余って段差で転び、膝に青あざを作ってしまった。
痛覚が鋭い赤子の体にはこたえる。私はさっそく、頭の中でいつもの厨二病呪文を響かせた。
(――『秩序の光よ、欠けたる時を巻き戻せ。リペア!』)
イメージするのは、物理的な損傷の修復ではない。生物学者としての知識を総動員し、内出血した血液の再吸収、毛細血管の再生、そして細胞分裂の局所的な活性化をシミュレートする。
……だが、変化がない。
あざは青黒いまま、私の膝に居座っている。
(おかしい。物質であるフローリングが直せて、同じ物質(タンパク質)で構成された肉体が直せないはずがない。何が……何が計算を狂わせている?)
私はじっと自分の膝を見つめ、魔力の流れを凝視した。
そこで気づいた。
私の魔力が、皮膚の表面で「何か」に弾かれている。
(……これは、生体障壁か?)
無機物である床には抵抗がなかった。しかし、生きている体には、外部からの干渉を拒絶する根源的な「免疫システム」のような魔力の膜が存在している。
自分自身の魔力であっても、それが「魔法」という外部出力の形をとった途端、体がそれを「異物」と判定して拒絶しているのだ。




