3.一人カラオケ
それから月日は流れて、3年生の9月。夏休みも終えて、ほとんどの3年生が部活を引退し受験モードに完全に切り替わってく時期だ。
最も俺は、6月に早々に最後の大会の1回戦で呆気なく敗退して引退した。8月にも希望者だけは出られる大会があったが、勿論パスした。
「受験に向けた、対策プリントを作ってきたからみんなこれをやるように」
この時期からは授業とも受験対策とも言えないような授業が永遠と続く。過去問を元にしたプリントを解き、提出する。学校も授業としての体をギリギリ保たなくてはいけないから大変だ。だが、
「ねぇ、だるくない。こんなんいいから塾のテキストやりたいんだけど」
「マジで来る日ミスった。体育ない日はなるべく避けたいんだよな」
クラスメイトから聞こえてくるのはひそひそとしたそんな声ばかり。この時期になると、クラス全員が出席することはまずありえない。なぜなら、全員が内申に響かない程度に学校を休み、塾で缶詰になって勉強をするからだ。塾側はこれを奨励して、学校も親から文句を言われた時に責任が取れないため、見てみぬ振りをしている。
こんな訳の分からないことをするくらいなら、学校も休みにしてしまえば良いのに。そんな風に思っていた。
「蓮、ここわかんないから教えて」
「いいよ。ここは……」
幸い俺は、勉強の方はそれなりにできるので塾にも行かずにこの辺りではそこそこな偏差値の高校に行くことはできるほどの学力は有していた。
「いいよな、蓮は絶対受かるもんな」
「いや、本番わかんないし」
「俺も明日は休んで、塾で先生に教わってくるわ。学校の先生より教えるの上手いし」
悪びれもなくそう言う人間がほとんどだ。なんとなく、俺は3年になってから同級生のことが嫌いになった。部活の時は散々あーだこーだ、先生の前で媚びを売っていたくせに、終わった途端にこれか。
だが、そんなことを作り出しているというか、奨励していた学校側もなんとなく好きにはなれなかった。
クラスメイトに適当に勉強を教えながら欠伸をする。眠たくてしかたがない。
ふと、斜め先の教室を見ると千夏が勉強をしていた。クラスが離れてから、話すことがなくなってしまっていた。クラスが離れれば話さなくなるのはよくある話。だが、なぜだろう。またどうでもいい話をしたい。そんな風に思っていた。
キーンコーン、カーンコーン
「はい、授業はここまで」
チャイムの音が鳴り響き、形式的に教師が授業を閉める。それと同時に椅子を引く音がガタガタや昼休みに弁当を一緒に食べようだなんて誘う声があちらこちらから聞こえ始めた。
「さてと」
俺は何も考えずに立ち上がり、クラスメイトのなんとなく仲は良くないが一緒にお昼を食べるメンバーの元へと行こうとしていた。
「蓮!!」
聞き覚えのある、だが聞いたことがないほどの弾む声。声の正体は、千夏だ。
「ど、どうしたの?」
俺は思わず驚き、あたふたと挙動不審な返事をする。千夏は大人しいタイプでそんなにテンションの高い声を聞いたことはない。
(強いていうなら推しのことを話している時はこれくらいテンションが高かったような)
とにかく、こんな様子はほとんどない。
「あっ、ごめんびっくりしたよね」
「まぁ。久しぶりに話したらテンションが高かったから」
千夏は照れ笑いをして、少しするとテンションを落ち着いた。
「で、なんの用?」
俺は平静を装って気になることを問いかけた。
「蓮ってさ、一人カラオケって行ったことあるの?」
「へっ?」
予想もしていなかった言葉に素っ頓狂な声を出してしまった。
「う、うん。まぁ……時々」
「えぇーー。羨ましい!」
千夏のテンションはまた上がる。一人カラオケがそんなに珍しいことなのか?
「私も行ってみたいけどなんか恥ずかしくて行けないんだよね」
「へ、へぇ」
「ねぇねぇ〜。どんな感じ」
「いや、どんな感じって言われてもなぁ」
矢継ぎ早に詰ってくる千夏に俺は圧倒された。だが、こんなにも興味津々な千夏は珍しいので、なるべく自分の知っていることを教える。
「まぁ、普通に一人で部屋で歌う。曲と曲の間にドリンクバー取りに行ったり……」
「やばい〜。やっぱり周りの目を気にしないで歌を歌えるよね?」
「うん、まぁ」
(俺は普段からあんまり気にしないけど)
俺の言葉に千夏はぴょんぴょんと飛び跳ねている。
そんな姿を見て、俺の心は少しざわついた。
なんだろう、見たことない千夏の姿。久しぶりに話せたことが嬉しいのか。
それとも、もしかして……
俺は普段なら絶対に言わない、言えない言葉が口から勝手に飛び出していた。
「じゃあ、受験終わったら一緒に一人カラオケ行く?」
千夏は少し驚いた後大きく頷いた。
「うん、いいよ。行きたい! 一人で行くのは恥ずかしいけど一緒だったらいけそう」
「よし、じゃあ決まり。気持ちよく行くためにも受験落ちんなよ?」
「うん、頑張る」
千夏はそういうと、友達に呼ばれて教室へと帰っていった。
「じゃあ、またー」
「はいはーい」
俺は軽く手を振り返す。よくわからないまま、一緒に一人カラオケに行くという不思議な約束を交わしたのだった。




