11.またね
流れるような手つきで俺は曲をどんどんと熟していく。
"プルルルル"
タイミングがいいのか悪いのか、サビの直前の一瞬の静寂のタイミングで電話が鳴り響いた。俺はサビを諦めて電話を取る。
「もしもし、終了10分前ですが延長はどうしますか?」
「あー……大丈夫です」
「かしこまりました」
淡々とした声に、俺はとりあえず延長はしないと伝えた。
「あーでも、待てよ……」
カラオケに夢中で、千夏のことをすっかり忘れてしまっていた。もしかすると、千夏は延長をしたいかもしれない。
俺はひとまず千夏の部屋へと向かい、意思を確認することにした。
ちょうど反対のトイレのすぐ近く。扉を開けると千夏とすぐに目があった。
「どうしたの?」
少し照れたように驚く千夏。一応、中から声が聞こえないことは確認してから開けたが、いきなり開けられればそんな反応にもなるか。
「あっ、ごめん。延長の電話きたからどうするかなって?」
「あー、そっか。私はもう終わりで大丈夫だけど、蓮は歌い足りない?」
揶揄うように笑う千夏。俺が一人カラオケで7時間いた実績を知ってのことだろう。
「いや、俺も今日は大丈夫。じゃあそのまま時間になったら出よっか」
「うん、最後の曲入れて出るね〜」
軽く手を振る千夏を見て扉を閉める。
俺も早く部屋に戻り締めの一曲でも歌うとするか。
「おっ、蓮じゃん」
騒がしい声に振り返ると、同級生のサッカー部の2人組が立っていた。
「何してんの?」
「一人カラオケ」
「またやってんのか? 友達いないの?」
「そういうわけではない」
なぜかわからないが、俺が一人カラオケが好きという情報はあちらこちらに回っている。
「部屋はそこ? 俺らが歌ってあげるよ」
「いいよ、もう終わりだし。しかも部屋ここじゃないし」
「マジで? じゃあ、ここ誰?」
中にいる相手が千夏だと、なぜか言うのが照れ臭くていうことを迷ってしまう。
「うーんと……とりあえず入らない方がいいよ?」
「なんだそれ? なおのこと開けるわ」
「いや、やめとけって」
多分ノリか何かと勘違いした2人は部屋の扉に手をかけた。その瞬間、僅かながらに女子の声が聞こえて手を止める。
「えっ……?」
「開けない方がいいだろ?」
「ちゃんと言えって!」
2人は気まずくなったのか、廊下をくるりと引き返して、部屋に戻っていった。
こんなやり取りに時間を取られてしまったので、俺の最後の一曲の時間は無くなってしまい、泣く泣く諦めることにするのだった。
俺と千夏は会計を終え、カラオケ店を後にする。
「はぁ〜楽しかった」
「それならよかった」
「蓮のおかげだよ」
千夏がふわっとした笑顔で笑いかける。
「次からは一人で行けるでしょ?」
「うん、多分。行きたくなったら行けるかも」
自分で言うのもなんだが、まるで子供のお使いのような会話にじわじわと笑いが込み上げてきた。
「で、いつから寮生活だっけ?」
「2週間後くらいかな」
「そっか……」
千夏は寮のある学校に進学することが決まっていて、寮生活になる。となると、今まで以上に街で偶然会うなんてことは減るだろう。
「めっちゃ、緊張してるんだよね」
「まぁ、いきなりほぼ一人暮らしみたいなもんだからな」
「うん、友達できんかったらメールするね」
「こっちもするかも」
お互いそんなくだらない冗談を言い合っていた。
ひょっとすると、俺が求めていたのはこういう関係だったのかもしれない。恋人だなんて特別なものではなく、ただ普通に話ができる、そんな関係。
「ってかそれまでにはスマホ、持ってるんじゃない?」
「あっ、確かに。そしたらそっちでのやり取りに変えよっか」
「そうしよう」
今はスマホではない携帯とパソコンメールでのやり取りのみ。高校に入れば俺もスマホを持つことになっている。なので、連絡が取れなくなるわけではない。
けれど……
「私この辺で」
千夏が家の近くに着いたようで足を止める。
「あっ、そっか。じゃあ……えっと……」
俺は言葉に困った。今までなら、"またな"と言えばいいだけの場面。だが今はもう学校も終わり、千夏とは別の学校に進学して、次に会う予定なんてもうない。
「ふふっ……。またね、でいいんじゃない別に」
困っていることを察したのか、千夏は笑いながらそう言った。
「だって、別にもう会わない、ってわけじゃないでしょ?」
「まぁ、それもそっか」
すぐに納得した。色々と、考えすぎていたのは俺自身だったのかもしれない。
「それじゃあ、またな」
「うん、またね〜」
俺は軽く手を振りながら、家へとまた歩き始める。
"またね〜"
そんな単純な言葉が、嬉しかった。何も変わらない、千夏との関係性に安心を覚えて。




