1.花壇
放課後、少しずつ夕暮れが近づく時間、俺は制服のまま学校の裏の花壇の花に水を撒いていた。
俺が通っている中学では、クラス全員が委員会に所属しなくてはならない。汚れるし、力仕事も多い美化委員なんて本当はやりたくもなかったのに、じゃんけんで負けたばっかりに美化委員会になってしまった。
「はぁ……だるいな」
小さなため息をついてホースの先を握って水の軌道を変えて遊んでいた。何一つ面白くもないが、これくらいしか楽しみもない。かれこれ2週間近く放課後はずっと花壇に張り付いている。その理由は、来週末にクラス対抗の花壇の綺麗さを競うコンテストがあるからだ。2月の毎年恒例のイベントで、各クラスの学級花壇をそれぞれ違う学年の美化委員が点数をつけて、一番点の高かったクラスが優勝なのだ。
「いいか、うちのクラスは一番をとるぞ! 美化委員、期待してるからな」
やけにやる気に満ち溢れるクラスの担任が言うので、仕方なく俺は毎日放課後水を撒き、雑草を抜いて花壇を映えるものにしていく。本当に面倒だ、毎日毎日なんで担任のためにこんな土仕事をしないといけないんだ。
………というのは表向きの建前だ。
本当のことを言うと、放課後それらしい理由をつけて部活動に遅れて行くことができるのだ。こんなに嬉しいことはない。正直部活に行きたくないからだ。
それと、もう一つ楽しみがあった。
「蓮、遅れてごめーん!」
少し息を切らしながら、同じクラスの千夏がやってきた。
「いや、大丈夫。時間かかった方がいいし」
「それもそっか」
千夏は癖っ毛の短い髪を耳にかけながら言った。千夏と作業もとい雑談をするのがなんとなくお互いの楽しみになっていた。
「で、そこでユキがね……」
「待って、ユキって誰だっけ?」
「だから、主人公の妹の。ほんとなんもわかんないんだね」
友達の話、アニメやドラマの話に部活の顧問の愚痴。他愛もないが、部活に行かずに話しているということで謎のハイになっていたのかもしれない。
「今日も部活、行けないんじゃない?」
「わ〜確かに。これは仕方ないわぁ」
「絶対最初から行く気ない癖に」
俺はできるだけ長く作業をして部活に遅れて行きたいのだ。わざとらしく作業をゆったりとして、というかほとんど口しか動かさずにやることで毎回部活の最後のミーティングにだけ顔を出していたのだ。
「もうやめたらいいのに〜」
「いやいや、結構やる気あるから」
「そんな人はここに何日もいないから……」
千夏は茶化すように笑う。もう部活やる気実はあるんだよというようなノリは何度繰り返したことか。
そもそも、やる気もないのに俺が部活に入っているのは、中学生は部活に入っていないといけないとかいうよくわからない認識で入っただけ。なるべく楽そうな運動部にしようと、イメージ的に楽そうな卓球部に入ったが、全然体育会系で困っている。
アニメの話が盛り上がって来た頃、ふと僕はあることに気づいた。
「ん? ってか、今日は部着なんだね」
いつもは制服を着て、夜に近づく頃に急いで部活に向かっていたのだ。だが、今日は黄色い部着を着ている。俺が素朴な疑問を投げかけると、千夏は苦笑いを浮かべた。
「うん、このところ休みすぎだって怒られちゃってさ〜。流石に先に顔出してからきたんだ〜」
「あーそっか……」
「来月の大会もあるし〜。個人も団体も狙ってるから〜」
やる気もなく補欠の俺と違って、千夏はテニスで県代表になるような実力を持っている。2年の新チームに完全に変わっているのに、こうも何日も遅れて部活に参加していては顧問に怒られてしまうのは無理もない。顧問からすれば、こんな学校行事は本当は誰かに任せておけばいいと思っているはずだから。
「ごめん……」
なんとなく罪悪感を感じて、俺は謝った。ただ自分がサボる理由付の手伝いをさせてしまっているような気がして物凄く後ろめたい。全員が全員部活が嫌いとは限らないのだ。
「なんで、蓮が謝ってんの?」
「いや、なんとなく」
「別に謝らなくて大丈夫だよ〜。こっちも息抜き的にきてるし」
千夏はゆるりとそう言うと、スコップで花を移し替えて並べ替え始めた。
「そっか、それならよかった」
「どうせやってるんだったら、花壇グランプリも取りたいしね」
千夏のそんな姿勢にを見て、俺もスコップを手に取り、一緒に口だけではなく手も動かすことにした。
「大丈夫だよ、他のクラスの花壇全然やってる感じしないし」
「わかる〜。うちらのクラス以外の美化委員仕事してんのみたことない」
「まぁ、こっちのクラスも千夏と俺しかやってないけどね」
「まぁ、それもそっか〜」
少しだけ空気が冷んやりとしてくるまで、俺たちは花壇をいじった。
水を含んだ土の匂いがどこか心地よくて。
どうせならずっとこんな時間が続いていればいいのに
そんなバカなことを密かに俺は思っていた。




