8話 切れる音
広場のベンチを立って、俺はティナを探しに向かった。
どうしたんだろう、荷物を置いてから広場で合流って話だったけど、ずいぶん遅いな。
さっき寄ったオルド書店の脇を通りがかると、声が聞こえてきた。
「――――てけ!」
「こ―――、―だもの!」
なんだ?
子供の声みたいだけど。
声のする路地へむかった。
人通りはなく、薄暗かった。
奥の方に、子供が3人。
いや、――――4人いた。
1人は地面にうずくまっている。
俺は恐る恐る近づいた。
よく見ると、さっきの3人組だった。
「あの、」
ただならぬ雰囲気を感じて、つい声をかけた。
「なに、してるんですか?」
アレンがこちらを振り返った。
取り巻きの2人もこちらを見た。少し息が上がっているようだった。
「ああ、たしか、レヴェラール君だったね。今ちょうど、こいつがこの僕に生意気な口を聞いたんだ。だから、社会のルールを教えていたところさ。」
足元でうずくまっているのは、女の子だった。茶髪で所々跳ねた髪。見覚えのある子――――
「.......ティナ?」
女の子は顔を上げた。
「レヴァ....ごめんね....。遅くなっちゃって....。」
ティナは膝を擦りむいていた。
ティナの足元にはクレープが2つ、ぐしゃりと落ちていた。
なんだこれ....頭が追いつかない.....
「おや、君はこの獣と知り合いなのか?」
アレンは飄々としていた。
「.......獣?」
「そうさ。知り合いなら知ってるだろ?こいつが狼だってこと。」
「........君たちは....ティナを....獣と呼んでるのか?」
「ああ。獣を獣と言って何が悪いんだ。」
アレンはまったく悪びれる様子もなく言った。
取り巻きもクスクスと笑っていた。
こいつら....
「フラ...」
「だめ!レヴァ!」
俺が魔法を使おうとしたのを感じとり、ティナが叫んだ。
「手を出しちゃダメ!」
ティナは何を言ってるんだ。
だってこいつらは、ティナを.....
ルーナとの約束が頭に響いた。
人前で魔法を使わないこと。
騎士には逆らわないこと。
「絶対、手を出しちゃダメよ!」
「出た。またそれか。こいつに会うたびに、こうして躾けてやってるんだが、一度もやり返してこないんだ。」
「いやいや、アレン様。アレン様に歯向かうやつなんて1人もいませんよ。」
太っちょの取り巻きが、笑いながら言った。
そうだ!だれか大人を呼んでこよう!
俺は広場に向かおうと踏み出した。
「助けを呼んでくるのか?無駄だよ、新入り君。そうだ、いい機会だから教えてやるよ。おい、こいつを広場へ連れてけ。」
「はい!おい、立て!」
取り巻きの2人がティナを無理やり立たせ、腕を引っ掴み広場へ連れ出した。
俺はルーナの言葉が頭の中でぐるぐると渦巻いて、ただ見ていることしかできなかった。
広場にいた大人たちがティナに気づいた。
「いいかい、レヴェラール君。この村では僕の家が絶対なんだ。だからこんな事をしたって、誰も止めやしない。」
アレンは、そういうとティナの方へ振り返った。
ドスッ!
思い切りティナの腹を蹴飛ばした。
「かはっ!.......うぅぅ.....」
「ティナ!」
どうしてやり返さないんだ!ティナならこんな奴ら一瞬で.....
周りを見渡すと、大人たちは見ているだけだった。
「見て、またティナちゃん虐められてる。」
「かわいそうに。」
なぜ大人たちは止めないんだ!
子供が目の前で酷い目にあってるんだぞ!
「ほらね。この村で僕に逆らえるやつなんて居ないのさ。」
人前で魔法を使わないこと。
騎士には逆らわないこと。
ルーナの言葉が頭を何周もした。
「わかったかい?この村のルールは。僕は何をしても許されるんだ....よ!!」
うずくまるティナの頭を、アレンはぐりぐりと踏みにじった。
「おい、やめろ。」
「だめ!レヴァ!逆らわないで!」
「そうだ!逆らわないほうが身のためだ!君、もしかしてこの女に気があるのか?ほら、こっちを見ろ。」
アレンはそういうと、俺のフードを外した。
「お前....その髪!なるほど、そうか。お前、あの魔法使いの家の子だな。」
人前で魔法を使わないこと。
騎士には逆らわないこと。
頭の中が渦巻く....
ひたすら食いしばった。
口の中で血の味がした。
「そうか、あの家とこいつの家は仲良しだったもんな。いい事を思いついたぞ。こいつの服をひん剥いて晒し者にしてやろう。それをお前はそこで何もできずに見ているんだ。」
アレンは取り巻きの2人の方を振り返った。
人前で魔法を使わないこと。
騎士には逆らわないこと。
「やれ。」
「はい!」
取り巻きの2人は、ティナの服を引っ張った。
「いやぁ!!!やめて!!やだやだやだ!!」
「おい!暴れるな!!アレン様の命令だぞ!!」
「いや!!!やめて!!」
人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわないこと。人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわないこと。人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわないこと。人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわないこと。人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわないこと。人前で魔法を使わないこと。騎士には逆らわな――――――
一瞬、ティナと目が合った。
その瞬間.....
頭の中の渦が――――――消えた
「今すぐ手を離せ。」
「おいおい聞いてなかったのか?僕に逆らうと.....」
「火球」
手のひらに火球を作り出した。
「ひっ....!!」
取り巻きは魔法を見ると、驚いてティナの服を離した。
アレンも少し驚いていたが、静かに口を開いた。
「お前、その年で魔法が使えるのか?許可証は持っているのか?」
「なんだそれは、この村では魔法を使うのにいちいちお前の許可がいるのか。」
「そうだ。どうせまだ未登録なんだろ。今ならまだ見逃してやる。その火をさっさとひっこめろ。おい、お前ら!誰がやめていいと言った!続けろ!」
「”見逃してやる”だと?こっちのセリフだ。さっさとティナから離れろ。」
「おいおい!魔法で戦うつもりか!?笑わせるな!魔法なんて大した攻撃力はないだろうが!やってみろよ。」
「よし。分かった。」
俺は左手に抱えていた本をどさっと落とし、左手を前に出した。
「体積比は2:1。質量は.....中学校の実験でやったのは0.1グラム未満だろう。少し脅かすだけなら....0.5グラムってとこか。一度もやったことはないが、簡単な反応だ。大丈夫だろう。」
「何をぶつぶつ言ってるんだ?頭がいかれたのか?」
アレンは、そういうと高笑いした。
手のひらにアニルギアを集める。
「変換」
「なんださっきから。その左手に何かでるのか?何も見えないぞ。」
「ああ、そりゃ気体だからな。」
「はあ?」
「アレンだっけか。いいか、さっきからお前は魔法魔法と言ってるがこれは違う。これは科学だ。それと、この実験は初めてやるから、加減はよくわかってない。まあ、でも最悪鼓膜が破ける程度さ。」
「さっきから何を言っている...!」
アレンは俺の様子がおかしいことを感じ取ったのか、表情が少し曇り始め、一歩足を引いた。
「最後通告だ。俺の”家族”に触るな.....!!」
アレンは額から汗を垂らした。
「ふん!ビビらせやがって!さあほら!やって見せろ!その”カガク”とやらを!」
「いいだろう。ついでにこの化学反応の名前を教えてやるよ。」
俺は、右手の炎と左手の気体をゆっくりと違づけた。
「水素爆発だ。」
パァァァァン!!!!!!!
大音量の破裂音が空を割いた。
ハッ.....!
一瞬意識が飛んでいた。
頭がガンガンする。
耳なりが酷い。
そうだ、ティナ!ティナは!
目の前にいたアレンは、立ったまま気を失っていた。
取り巻き二人は、ティナの横で尻餅をついている。
ティナは耳をふさいで、うずくまっていた。
俺はティナのもとへ駆け寄った。
「大丈夫か、ティナ。」
ティナは、俺の顔を覗き込んだ瞬間、くしゃくしゃに泣きだした。
「――――――!!――――――!」
ごめんティナ。耳鳴りが酷くてよく聞こえないんだ。
取り巻き二人が、気を失ったアレンを引きずって去っていく。
なにか、俺に向かって叫んでいたが、それもよく聞こえなかった。
ティナは俺の胸でしばらく泣いていた。
だんだん耳が聞こえるようになってきた。よかった、鼓膜は破れていないようだ。
「わああああああん!わああああん!」
広場にティナの鳴き声が響いていた。
気付くと周囲に人だかりができていた。
「何さっきの?すごい音だったわ。」
「あの子がやったのか?セレオンさんのとこの子だろ?」
「ええ!騎士の息子に向かって魔法を撃ったのよ!」
「なに!?アレンに向かってか!そりゃまずいぞ......」
「それにあんな魔法見たことないわ!恐ろしかった.....」
やってしまった....
ルーナの言いつけを破ってしまった。同時に二つともだ......
しかも、ついカッとなって水素爆発なんて起こしてしまった。
今まで一度もやったことないし、水素の量を間違えればティナだって巻き込んでたかもしれない。
キレてたとはいえ、もっと安全な魔法で追い返せばよかった。
血の気が引いていくのを感じた。
騒ぎを聞きつけたのか、リサーナが人混みをかき分けてきた。
「ティナ!!レヴァ!!一体どうしたんだ!!」
「リサーナさん!」
「ママ!!」
ティナはリサーナさんの胸に飛び込んだ。
リサーナさんはティナの様子を見て、ただ事ではない事を察したようだった。
「一体何があったんだい。」
リサーナは、真っ赤な瞳をまっすぐ俺に向け聞いてきた。
「リサーナさん。あ、あの。ティナが....」
「わしが話そう」
振り返ると、本屋の老人がこちらに向かってゆっくりと歩いてきていた。
「オルド爺さん。見ていたのかい?」
「ああ、全部見とったよ。ともかく、ここじゃ落ち着かん。うちへ入りなさい。」
リサーナはティナを抱き上げ、老人の後に続いて店に入った。
俺もその後に続いた。
背中に感じる村人たちの視線が、やけに冷たかった。
店に入ると老人は丸椅子を2つ持って来て、俺とリサーナを座らせた。
ティナは泣き疲れたのか、リサーナの腕の中で眠ってしまった。
「あの、おじいさん。」
「わしはオルドじゃ。」
「オルドさん。いつから見てたんですか?」
「最初からじゃよ。うちの裏で騒ぐもんだから、すぐ気づいたわい。」
オルドさんは、事の経緯をリサーナに話し始めた。
「そうだったのかい。ティナはずっと我慢してたんだね。」
俺はリサーナに聞いた。
「あの、どうしてティナはやり返さなかったんですか?」
「あたしのせいだ。」
「え?」
リサーナはティナの頭を撫でて、静かに話し始めた。
「あたしら魔族の混血はね、人間よりも身体能力が高いんだよ。普通の人間に手を出したら、簡単に怪我をさせてしまうんだ。この子も例外じゃないさ。だから、もし嫌な事をされてもやり返さずに、あたしか周りの大人に助けを求めろと言い聞かせてたんだ。」
「でも、ティナは助けを求めたりなんか.....」
「相手が悪かったんだ。騎士の家相手じゃ、大人を呼んだって無駄だと思ったんだろう。実際そうだったしね。それでも言いつけを守ってたなんてね。せめて誰かに話してさえくれたら.....」
オルドさんは、店の奥からティーカップを二つ持って来てお茶を淹れてくれた。
「子供っていうのは、大人が思ってるよりずっと賢いんじゃよ。お前さんに心配をかけたくなかったんじゃろ。」
「あたしは、母親失格だな。ルーナにも顔向けできない。あんたを危険な目に合わせてしまった。」
リサーナの目が心なしか潤んでいる気がした。
「何を言っとるんじゃ。母親初めてたかだか数年ぽっちじゃろうが。親っていうのは、子供と一緒に成長していくもんじゃ。失敗しない親がいてたまるか。」
「ありがとう、オルド爺さん。」
「わしは別に慰めとるわけじゃないぞ。ほれ、紅茶飲まんのならわしによこせ。」
「いいや、いただくよ。」
俺とリサーナは、オルドさんのお茶を飲んだ。
その時飲んだお茶は、とびきり暖かくて美味しかった。
「レヴァ。あんたにも礼を言わせてくれ。ありがとう、ティナを守ってくれて。」
「いいえ、俺はそんな....」
顔が熱くなるのを隠すように、俺はお茶を飲んだ。
「今頃、騎士のバカ息子が親父にある事ない事話してる頃じゃろう。お茶を飲んだら今日はさっさと帰るんじゃな。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
「あと、ほれ。忘れもんじゃよ。」
オルドさんは、今日買った本とノートを手渡した。
「あ、すっかり忘れてた。」
「今日帰ったら、一刻も早くその本を読む事じゃな。」
「はい。ありがとうございます。オルドさん。」
俺たちは、オルド書店を後にして帰路についた。
気づけばもうすでに、陽が傾き始めていた。




