6話 母との約束
「ママ!レヴァが村にいきたいんだって!!」
ルーナとリサーナは、ティナの一言に少し困惑していた。
ルーナが、口を開いた。
「レヴァ。急にどうしたの?村へ行きたいなんて...」
「いや俺は言ってないよ!」
俺は、ルーナとリサーナに経緯を話した。
「あー、そういう事だったのね。確かにねぇ、村まで歩くのは一苦労だわ。お父さん仕事で2、3日帰って来ないし....」
「いいよそんなの。父さんが帰ってきたら、買ってきてもらうよ。」
確かに、村は少し興味あるけどルーナを家に1人で置いておくのは少し心配だ。
「いいじゃない!買いに行けば!ママ、今度村に行く用事あるって言ってたでしょ?レヴァも一緒に行きましょうよ!わたし、案内するわ!」
ティナはすっかりその気になっていた。俺を案内したくてたまらないって顔だ。
「ねえママ。いいでしょ?」
「んー。」
リサーナは少し考えて....
「確かに、レヴァも6歳だ。それにずっと賢い。いずれは学校にも行かなきゃならないだろうし、一度村の人たちと話す機会があってもいいと思うぞ。ルーナ、私が面倒見るから連れていってはどうだ?それに村人のほとんどは、私たちに優しくしてくれるじゃないか。」
「そうねぇ。確かにそうかもしれないわね。」
ルーナは少し考えていたが、概ねリサーナの意見には賛同しているようだ。
「やった!そうと決まれば明日行きましょう!」
ティナは飛び跳ねて喜んだ。
「あした?ずいぶん急だと思うけど。」
明日は明日でやりたい実験があったんだが.....
ルーナは気を取り直して、
「よし、じゃあレヴァ。明日村に行って色々見ておいで。ついでに買ってきて欲しいものもいくつかあるし、お願いしてもいいかしら?」
「それはいいけど、母さんの面倒はどうするの?」
「そんなの平気よ。あなたがお腹にいる時は全部自分でやってたのよ?1日くらいどうって事ないわ。」
リサーナは椅子から立ち上がった。
「よし、じゃあ明日の朝迎えにくるよ。ティナ、そろそろ帰ろう。明日の買い物リストを考えないと。」
「じゃあね、レヴァ!また明日!」
ティナはリサーナに手を引かれ、帰路についた。庭の石垣で姿が見えなくなるまで、手を振っていた。
俺とルーナは2人を見送り、家に入った。
「レヴァ、少し話があるから座って。」
改まってどうしたんだ?
ただの買い物に行くだけだろう?
俺は言われるままテーブルを挟んで、ルーナと向かい合った。
「レヴァ。明日村へ行ったら、今から言うことを守って欲しいの。」
ルーナは今まで見たことないような真剣な表情で俺を見つめていた。こんな彼女を見るのは初めてだ。自然と背筋がのびた。
「一つは、魔法を人前で使わないこと。もう一つは、騎士には絶対逆らわないこと。」
反射的に口を開いた。
「どうして?」
ルーナは少し目線を下げて、静かに話し始めた。
「話すと長いの。あなたとティナちゃんを守るために必要なことよ。お願い、約束して?」
ルーナは今まで見たことないほど、真剣で哀しい顔をしていた。その顔を見て俺は、それ以上聞く気にはなれなかった。
「わかった。約束する。」
「ありがとう。さすがはお兄ちゃんね。」
そういうと、ルーナはいつものように優しく髪を撫でてくれた。
「さあ、明日は早いわよ。少し早いけど夕飯にして明日に備えましょ。」
そういうと、ルーナは立ち上がり夕飯の支度を始めた。
「手伝うよ。」
そのあとは、いつもより口数が少ないまま夕飯を食べて、ベッドに入った。
朝日が昇るのと同時に目が覚めた。
少し早く起きてしまったな。
ベッドを出て顔を洗いに行くと、ルーナはもうキッチンに立っていた。
「おはよう、レヴァ。よく眠れた?今日は大変よ。村まではかなりあるし、買ってきてもらうものもたくさんあるの。」
ルーナは一枚の紙を手渡した。そこには今日の買い物リストが書かれていた。
お肉屋さん
・牛肉
・鶏肉
・卵
八百屋さん
・ジャガイモ
・マッシュルーム
・なす
・にんじん
・小麦粉
魚屋さん
・ウィッジさんのおすすめ
本屋さん
・ノート
・鉛筆
・「騎士と魔法使いの歴史」
「ずいぶんたくさんあるね。」
「ええそうよ。こんな体だから、滅多に買い物行けないでしょ?だからまとめ買いよ。」
「こんなに持てないと思うよ。」
6歳でこの量は流石に厳しすぎないか?
「馬に乗って行くから大丈夫よ。」
馬か。村までどれくらいかかるか分からないけど、荷物持って帰ってくるんだから、乗り物くらいあるよな。
「さあ、朝ごはん食べちゃって。リサーナが来ちゃうわ。」
急いで顔を洗い、朝食を済ませた。
食器を片付けていると、玄関からコンコンと音が聞こえた。
「あら、もう来ちゃったわ。どうぞ、はいって!」
玄関のベルが軽やかに鳴り、リサーナが立っていた。
「おはようルーナ。おはようレヴァ。よく眠れたかい?」
「おはようリサーナさん。ごめんなさい、まだ準備が出来てなくて。」
「いやいや、構わないよ。少し早めに来ただけさ。」
俺は急いで着替えを済ませ、リビングに戻った。
「レヴァ、はいこれ。」
そう言いながらルーナは巾着袋を手渡した。
中には銅貨と銀貨が入っていた。
「これで足りると思うわ。無くさないようにベルトに縛っておいてね。」
ここで、俺は重要なことを思い出した。
「母さん。俺、お金の計算分からないよ。」
すっかり失念していた。この世界のお金を俺は知らない。物価も分からない。銀貨が銅貨何枚分なのかも知らない。
「あら、そうだったわね。すっかり教えた気になってたわ。」
ルーナは時々抜けている時があるが、これは由々しき事態だ。
様子を見ていたリサーナが、背後から話しかけた。
「店主に言われた額を払えば大丈夫だろ。村の連中はみんなセレオンに世話になってるんだ。ぼったくりはしないさ。」
「そうね。そういうことよ、レヴァ。お店の人にちゃんと挨拶するのよ。」
「わ、わかった。」
まったく、適当だな.....
「あとこれを羽織っていきなさい。」
ルーナは、フード付きのローブを俺に着せた。深緑色でフードは俺の頭がすっぽり隠れるほどの大きさだった。
「帰りはきっと冷えるからね。あと.....もし、騎士やその家族と出くわすことがあったらフードを被りなさい。」
どうして?と言いかけたが、ルーナは昨日の晩と同じ、真剣な表情で俺を見つめていた。
そこで言葉を飲んだ。
「わかった。フードを被ればいいんだね。」
「そう。それと、昨日の約束覚えてる?」
「うん。わかってるよ。」
「よし。さすがお兄ちゃん。じゃあリサーナ、この子をお願いね。」
リサ―ナは玄関に寄りかかり、腕を組んで俺たちのやり取りを見ていた。
「ああ、任せな。そんなに心配するな。危ない目には合わせないさ。」
玄関を開けると、一頭の馬がいた。栗色の毛が綺麗な馬だった。
「おお!馬だ!」
前世でも本物の馬を見たことはなかった。思ったよりずっと大きい。
「ヘレンって言うんだ。女の子だよ。」
リサーナがたてがみを撫でながら紹介した。
「はじめまして、ヘレン。今日はよろしくね。」
ヘレンは俺の言葉に答えるように、小さく鼻息を鳴らした。
「さあ、こっちへおいで背中に乗せるよ。」
リサーナは俺を軽々と持ち上げ、ヘレンの背に乗せた。まもなく、リサーナも俺の後ろに跨った。
思ったよりも、馬の背は高くて少し怖かった。
「うちの子をよろしくね、ヘレン。じゃあ、2人とも気をつけて。」
「ああ、行ってくるよ。夕飯までには帰ってくる。」
リサーナは踵でヘレンの脇腹を軽く蹴った。
ヘレンはパカパカと音を立てて、歩き始めた。
「行ってきまーす!」
俺は後ろを振り返り、ルーナに手を振った。
ルーナも笑顔で手を振っていた。
見えなくなるまで、玄関先で俺たちを見送っていた。
ふと前を見た瞬間、息を呑んだ。
「うわぁ.....!」
あたり一面、平原が広がっていた。
規則正しく並んだ緑の苗が一直線に伸びている。
思えば、家の塀の外に出たことは一度もなかった。
こんな綺麗な景色が広がっていたなんて思いもしなかった。
「塀の外は見たことなかったのかい?綺麗だろう。今は種まきの季節だが、小麦が穂をつけるとあたり一面黄金さ。それはもう壮観だよ。」
転生してから6年半。寝ても覚めても魔法のことばかり考えていた。こんな美しい風景を見逃していたなんて。もっと外の世界に目を向けるべきだった。
ヘレンの背に乗り、しばらく景色を堪能していると一つの家が見えてきた。
「あれが我が家だ。少し小さいけど、2人で住むには十分さ。」
「2人?」
「ああ。うちの旦那は普段、王都にいるんだ。魔物の研究をしてる。だから普段はあたしとティナの2人で暮らしてるのさ。年に一回、ティナの誕生日に帰ってくるんだ。」
「魔物の研究?」
「そうさ。あたしには難しくてよく分からないよ。ま、あたしみたいな混血と一緒になるなんてやつは、研究者くらいなもんさ。」
そう言いながら、リサーナは少し頬を赤らめていた。
しかし、魔法の研究か。いつか会って話を聞いて見たいな。
「おはよう、レヴァ!」
玄関からティナが駆け寄ってきた。
「おはよう、ティナ。」
「さあ!早くいきましょ!」
リサーナはヘレナの背から降りた。
「ティナ、火の始末は?」
「もう、大丈夫だってば。しっかりやったもん。」
「そうか。じゃあ、ほら乗って。」
リサーナは、俺の時と同じようにティナを持ち上げ、俺の後ろに座らせた。
そして、3人一緒にヘレナの背に跨った。
「よし、しゅっぱーつ!」
ティナの合図に合わせて、ヘレナは再びパカパカと音を立てて歩き始めた。
1時間ほど経っただろうか。
道はひたすら真っ直ぐに、小麦畑の中を伸びていてた。
道中ティナといろんな話をした。
村には人が何人くらい住んでいるとか、毎年小麦の収穫の時期になると祭りが開かれるとか、その時にみんなで食べるおやつが絶品だとか。
ティナは買い物のたびリサーナと一緒に村へ来ているようで、いろいろ詳しかった。
「ほら!村が見えてきたよ!」
小高い丘を越えたところで、村が見えた。ぱっと見て15〜20くらいの建物が集まっていた。ひとつだけ他の家々より大きく、高い屋根が目立つ建物があった。
村の入り口に到着した。俺とティナはリサーナの手を借り、ヘレナの背を降りた。
「ついたわ!ようこそ、バーレル村へ!」
俺は少しだけワクワクしながら、村へ足を踏み入れた。
思えば、間違いなくこの日が俺の人生の転換期だった。




