5話 血と瞳
ルーナはフェルネ親子を招き入れ。お茶の準備を始めた。
「あ!母さんダメだってば!お茶くらい俺が入れるから大人しくしてて。」
俺は慌ててルーナを座らせた。
「はいはい、わかったわよ。ふふ。最近ずっとこの調子なの。私なんにもさせて貰えないわ。」
「良いじゃないか、頼もしくて。今は体を労るのがあんたの仕事だよ。」
この世界の生活水準で、子供を産むことがどれほど命懸けの事かは容易に想像がついた。
この小さな体でもやれる事は山ほどあるんだ。できる事はなんでもやると決めた。
もしルーナとお腹の子供が命を落とすなんて事があったら、俺はきっと何もしなかったことを後悔する。
俺は薪をコンロに入れて、いつものように火を起こした。
「火球」
手の上に作った火をコンロの薪に移す。
「おいおい、本当にその年で魔法が使えるのか?こりゃすごいね。」
やべ、また不用意に魔法を......
「ええ。一歳になった次の日には魔法を使っていたわ。私もレヴァにはいつも驚かされるわ。」
「こりゃ将来とんでもない男になるね。」
初見にしては、かなり落ち着いた反応だった。
どうやらルーナからある程度話は聞いていた様子だった。よかった。
ルーナはリサーナさんの事をかなり信頼しているようだ。
彼女が信頼しているなら、ある程度魔法を使っても問題ないだろう。
「あ」
「どうしたの?レヴァ。」
「薪が少ないのを忘れてた。取ってくるよ。母さん、少しポットの様子見てて。」
「そうだったわね。後でも良いんじゃない?」
「ううん。また忘れそうだし、お湯が沸くまで時間あるから。」
キッチンを離れて玄関の扉を開けようとしたとき、リサーナに呼び止められた。
「レヴェラール君。ティナも一緒に手伝っていいかい?1人じゃ大変だろう?」
ティナリア本人は驚いた様子だった。んー、正直俺1人でも大丈夫だけど。俺とあの子に仲良くなって欲しいんだろうか。
少し考えて、
「じゃあ、お願いします。あと、俺のことはレヴァで大丈夫ですよ。」
「そうかい?ほら、ティナ。レヴァの手伝いをしておいで。」
リサーナはティナの背中を、少しだけ強く押した。
ティナは躓きそうになったが、俺の目の前で踏みとどまった。
「じゃあこっちに着いてきて。家の裏にあるから。」
俺は、ティナリアと一緒に家の裏手に回った。その間、ティナリアの視線がズキズキと背中に刺さるのを感じていた。
俺なんかしたか......?
「ねぇ。あなたいくつ?」
彼女から話しかけられると思っていなかったので、少し驚いた。
少し間をおいて、
「あ、えーと....6歳。」
「秋生まれ?」
「ううん、春生まれだよ。」
「そう。じゃあ少し私の方がお姉さんね。」
自分より年下かどうか聞きたかったのか。
まあ、子供といえども上下関係は大事か。
「じゃあ、ティナリアは何歳なの?」
「6歳よ。冬生まれ。」
数ヶ月しか変わらないじゃないか。
思わずツッコミそうになったが、ぐっとこらえた。
ご近所付き合いは大事だからな。
「ね、ねぇ。」
ティナリアは少し、どもりながら話し始めた。
「レヴァでいいよ。みんなそう呼ぶから。」
「そっか。レヴァも魔法使いの家に生まれて大変でしょ?」
大変?まあ、いずれは魔法使いになるんだろうし、遅かれ早かれ訓練はするんだろうな。俺の場合好きでやってる事だけど、でも魔力切れの時は今でも結構キツいか......
「うん、まぁね。」
俺の言葉を聞いた途端、ティナリアは嬉しそうな顔を浮かべた。
「やっぱりそうよね!私たち似た物同士ね!これからよろしくね、レヴァ!私のことはティナって呼んで!」
彼女はさっきまでの様子と打って変わって、俺の手を握ると思いっきりブンブン振った。危うく肩が抜けるかと思った。
「よ、よろしく、テ、ティナ。」
肩が抜ける前に急いで手を振り払った。
「似た物同士って事は、君の家も魔法使いの家系なの?」
「あれ?聞いてないの?ウチの家は魔物の血が混じっているの。フェンリルっていう魔物。」
「......魔物?」
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
「あははは!そっか、レヴァはうちの家系のこと知らなかったのか。てっきりルーナがもう話してるのかと思ってたよ。」
「私もすっかり話している気になってたわ。ごめんねレヴァ。ふふふ。」
ふふふ、じゃないぞまったく。そういう大事なことはちゃんと言っといてくれよ。
大体、魔物の存在も知らなかったのに急にフェンリルとか言われても、頭が追いつかないだろ。
少しして、お茶を淹れながら改めて話を聞くことになった。4人でテーブルを囲み、蒸気の立つカップの香りが部屋に満ちていく。
「フェンリルっていうのはね、狼の魔物なんだ。鋭い爪と素早い動きが特徴でね。満月の夜に本来の力を発揮すると言われている。私たちはその血が混じった家系の末裔なのさ。」
「そうなんだ....」
魔物との混血と聞いて直感的にハーフかと思ったが違うようだ。リサーナの言い回しからして、血が混じってから何世代も経っているのだろう。どうりで、見た目は完全に人間なわけだ。
しかし、魔法の次は魔物か。
実際に見てみたいな。他にもどんな魔物がいるんだろう。
気になる.....
「フェンリルっていうのはね、他にも能力があるんだ。」
「どんな?」
「目だ。」
「目?」
俺は思わず、リサーナの瞳を覗き込んだ。
彼女の眼は深紅だった。まるで血液を、そのまま溶かし込んだような赤。
吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「そう、目。フェンリルは魔物の中でも魔力を感じ取る力に長けていてね。目で見るだけで、対象がどれくらいの魔力を宿しているかを識別できるってわけさ。あたしたちも、その目を持っているんだよ。」
なに!?
「じゃあ、アニルギアも見えてるの?」
おれは、慌てて聞き返した。
魔法使い以外にもアニルギアが見える存在がいたのか!?
「レヴァ。アニルギアは魔法使い以外には見えないわ。」
ルーナが優しく俺に耳打ちした。
「ん?その"むにゃむにゃ"ってやつの事は分からないが、魔力を宿した物の周りには色のついた煙みたいなものが見えるんだ。フェンリルってのは賢い魔物でね。そうやって戦う相手の強さを測っていたのさ。」
なるほど、俺たち魔法使いは魔力の元「アニルギア」の動きを感じ取ることができる。
けどリサーナさんたちは、魔力そのものを見ることができるのか。
一体どんな原理なんだろう。何かが視神経に作用しているのか?魔物がそもそもどんな存在なのか分からないと話にならないな。
でも、
「すごい能力ですね!」
正直羨ましいと思った。
魔力が視覚化できれば、今後の研究が一気にはかどりそうだ。
「そうか?人の懐を勝手に覗き込むようで私はあまり好きではないんだ。そういうわけで私もティナも君たちの魔力を見てしまっている。申し訳ない。」
「ごめんなさい。あんなの見たの初めてで....」
リサーナもティナも深々と頭を下げた。
「いやいや、そんな。それくらいじゃなんとも思わないですよ。むしろ俺の研究に役立ちそうな.....あ」
「研究?.....まあ、いいか。レヴァ、君がどれほどの才能の持ち主なのか、一目見た時からわかったよ。いいかい?大きな力は人を幸せにするが、不幸を招くこともある。本人にその気がなくてもね。」
リサーナは、少しだけ弱々しくなった気がした。
しかし、その言葉には妙な説得力があった。
「まぁ、そんなわけでお互い大変な環境で暮らしているんだ。昔からうちとおたくは協力しあってるって訳さ。これからもよろしく頼むよ。」
"お互い大変な環境"の意味はよくわからなかったが、とりあえずフェルネ一家は信頼できる人たちだと思えた。
リサーナは右手を差し出した。俺もそれに答えるように、手を出した。
「はい。よろしくお願いします。」
固く握手をした。
リサーナと握手をした右手は、その後しばらくジンジンと感触が残っていた。
やっぱり、この親子は色々とパワフルだ。
そのあとは、お茶を飲み、りんごを食べ、たわいもない話をした。基本的には俺とティナの話。お互い家ではどんな様子なのかを、ルーナとリサーナが話していた。
ティナは途中から飽きてきた様子で、家の中をキョロキョロと見回していた。
「ねぇ、レヴァ!あなたの部屋を見せて!」
これまた急に話しかけられたもんだから、思わず変な声が出た。
別に部屋には危ないものはないし、見せられないようなものも無いし大丈夫だろ。
「うん。いいよ。」
「はやくいこ!」
ティナに手を引かれて、椅子を転げ落ちた。
凄い力だ。またしても肩が抜けるかと思った。
これも、フェンリルの力なのだろうか。
「こら!もう少し優しくしなさい!すまないね、レヴァ。この子まだ加減を知らないんだ。」
「全然大丈夫です.....うわっ!」
俺は、ティナに引っ張られ部屋へと向かった。
「ふふふ。もうすっかり仲良しね。」
ルーナはいつもの笑顔で、俺とティナを見守っていた。
「意外と普通なのね。」
ティナはあからさまに、残念な様子で部屋の入り口に立っていた。自分で提案しといて、なんだその態度は。
「別に何も無いよ。この部屋では特に魔法を使ったりはしないし。」
本当は毎晩、ルーナとセレオンが眠ったあと魔法を使っているし、研究結果をノートにまとめたりしていた。いわば俺の魔法研究の本拠地な訳だが、そのことはルーナにも言ってないのだ。
ティナにも隠しておこう。
「えー、そんな訳ない!だって魔力の跡がこんなに残ってるもの!」
........なに!?
「え!?い、いやいや、なんのこと?」
「だってほら!ここにも跡がある!つい最近のものだわ。」
ティナは窓際を指差した。
確かに俺は昨晩、風魔法の実験をしていた。また、部屋がめちゃくちゃになってはまずいと、窓を開けて外に向かって魔法を使っていた。
おれは直感的に、ティナには隠し事はできないと思った。
「すごいなティナは。そんなことまでわかるの?」
「へへん、やっぱりそうなのね!わたし、目には自信があるのよ!ママが見えないものも見えるんだから!」
「へぇー、他にはどんなふうにみえるの?」
「んー、レヴァは胸のところに魔力の塊があるの。そこを真ん中に手足の先まで魔力が流れてまた胸に戻ってる。」
「魔力の流れが見えるの?」
「うん。みえるよ。」
俺は手を出して、火球を出した。
「これはどう見えてる?」
「ただの火しか見えないよ。わたしさっき不思議に思ったの。魔法って見るの初めてだったんだけど、魔法のまわりには魔力は見えないの。」
どういう事だ。
「あ、まって!少し見える!少しだけ、手から魔力がもれてる。あーあ、もったいない。」
!!
そうか!
魔力はいわばエネルギー。魔法とは言い換えれば、エネルギーの変換装置。そこに変換ロスが生まれても不自然じゃないはずだ!ティナが言っていることが本当だとすると、何百と使ってきた火炎魔法も魔力のロスがあるんだ!
いままで魔法の研究を行ってきた。
その中で、明らかに消費する体力と行使できる魔法の規模が釣り合っていないものがいくつかあった。
その法則性をずっと見つけられなかった。
例えば現代の発電機なんかは、熱や音、光といった形で損失を確認できるが、魔法はそれが無かったからだ。
それが今解決した!この少女の才能によって!
「ティナ!君は最高だ!本当にすごいぞ!」
俺は思わず、彼女の肩をひっつかみ揺さぶった。
「そ.......そうかしら。えへへへ.......」
ティナは顔を真っ赤にして笑った。
俺は急いで机のノートを広げ、鉛筆をとった。
「あっ.....」
「どうしたの?」
「ノートを切らしちゃった。書くものがないや。いつもは母さんが、村に買い物に行ったついでに買ってきてもらうんだ。でも、いまはあの体だから....村には行けないし。しばらくは記録がとれないなぁ....」
「そんなの自分で買いに行けばいいじゃない。」
「俺、村に行ったことないんだ。家族以外の人に会ったのも君が初めてだし。道も分からないし。」
「なぁんだ!任せて!」
俺はまた、ティナに手を引かれてリビングに戻った。いつか絶対肩を抜かすに違いない。
「ママ!レヴァが村へ行きたいんだって!!」
へ?
頭が真っ白になったのは、今日で二回目だった




