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4話 お隣さん

季節は秋。

庭に生えたりんごの木が真っ赤な実をつけていた。


「レヴァ。そろそろいい頃合いだから、取ってきてくれる?」


「うん。ちょっと待ってて、母さん。」


水球ヴォーダ

一言呟くと手のひらに水の玉を作り出した。

それを指を伸ばしたまま両手で包み込む。

そのまま肘を伸ばし狙いを定める。


発熱イグニス

もう一言呟くと両手で包んだ、水球が膨れる。

そのまま、強く抑え込む。


水弾ヴォーゲル

呟いた瞬間、指先から細く鋭い水の弾が空を割いた。

そして、その水はりんごのヘタに命中。

真っ赤な実はそのまま自由落下。


「おっとっと。ナイスキャッチ。今年は、上手く行ったな。」


「ねえレヴァ。それ普通に取るんじゃダメなの?去年はそれで半分以上ダメにしてしまったじゃない。」


「こうした方が楽だし、あとで便利だよ?それに何でも訓練だって母さん言ってたし。」


「それもそうだけど、また家の食器を割られたり、本棚をめちゃくちゃにされたりしたら堪らないわ。もうすぐお兄ちゃんになるっていうのに。ねー。」


「わかったよ。"節度を持って"でしょ?」


「わかれば宜しい。さあ、りんごを集めましょ。」


「ダメだよ。母さん。座ってなきゃ。俺がやるからもう部屋に戻ってて。」


俺は、枯葉の上に落ちたりんごを拾い集め、籠いっぱいのりんごを家の中に運び入れた。


「ありがとう、レヴァ。本当にいつも助かるわ。」


「いいよ。どうってことないし。魔法の練習にもなるしね。」



この世界に来て6年半が経った。

俺は、あれから魔法の研究と訓練を続けている。


魔力は筋力と同じように、使えば使う程鍛えられるらしい。それを聞いた俺は毎日、動けなくなるまで魔法を使った。


ルーナは比較的協力してくれたが、セレオンはあまり乗り気ではなかった。単に毎日倒れているのを、心配してくれているのだろう。

ルーナかセレオンの目の届くところ、そして倒れる前に魔法を使うのをやめる、という条件で魔法の訓練を許可してくれた。


しかしセレオンは、俺が魔法を使うところを見ると、どこか心配そうで哀しそうな目をした。

それが気になってしまい、いつしかルーナの前でしか魔法を使わなくなった。

ここだけの話、毎日2人が眠ったあとも1人で研究している。



さっき使った魔法も、この4年で魔導書にあった魔法を俺なりに改良したものだ。

水の弾を発射する魔法、水弾ヴォーゲル

といっても本には、覚えるのも嫌になるくらいの長い詠唱と、ほとんど参考にならない原理が延々と書かれていたので、途中で読むのをやめた。

つまり、ほとんど俺のオリジナルだ。


水を作り出すことはすんなりできた。アニルギアを水に変換するだけだったからだ。


しかしその後の、水を打ち出す。これが曲者だった。


ルーナに、一度使っているところを見せてもらった。両手を前に向け、そこから直径5センチほどの水球が勢いよく前に飛び出た。

ルーナにまたイメージを聞いてみた。


「アニルギアに思いっきりギュッて押してもらうの」


今回は参考にならなかった。おそらく彼女の魔力に物を言わせてのパワープレイだろう。


しかし、圧縮して打ち出す方向で間違っていないらしい。俺はまだルーナほど魔力はないし......。

そもそも、水鉄砲のように圧力を分散させない為の容器がなくてどうやって打ち出すんだ。


俺は1週間考えた末たどり着いた。

そう、なにもルーナと同じ方法でやる必要はない。


俺は手のひらを水鉄砲の筒に見立てた。

そして、手の中の水を温めて圧力を上げる。

指先を緩め水を勢いよく押し出す。

発射できる水量は多くないが、貫通力を高める事ができる。さらに、作り出す水が少ない分魔力を他の部分に回す事ができる。


しかし、これがまた上手くいかなかった。

圧力の高さ、圧力を上げるのと解放するタイミング。これが上手くいかないと、水はうまく飛ばないし、逆に爆発して部屋中水浸しにしたこともあった。


こればっかりは練習しかなかった。


そして1ヶ月の訓練の末、ようやく習得した。



ともかく、俺の魔力量と使える魔法はめちゃくちゃ増えた。体も大きくなり、それなりに自由に行動できるようにもなった。



もう一つ、俺の周りで変化が起きた。

そう、ルーナが子供を身籠った。

8ヶ月目に入ったところらしい。


前世では兄が2人いたが、下はいなかった。

弟だろうか、妹だろうか。

気になる。


妊娠が分かってから、どうにか性別を知る方法はないかと考えた。現代のエコー検査を魔法で再現できないだろうか、とか。

色々考えたが実験段階の魔法を妊婦にかけるのは、俺のモラルが問われそうだと思ってやめた。

現状、ルーナの経過は順調なのだから、余計なことはしないのが一番。

生まれた時のお楽しみだ。



「母さん、このリンゴ冷蔵庫にいれる?」


「ええ、そうね。お願いしていい?」


俺はキッチンにある、木箱を開けた。

「あ、氷が減ってきてる。」


「あら、氷足さないと。」


「俺が足しとくよ。今日はまだ余裕だから。」


俺は手のひらを前に出し、呟いた。

氷球ヒュール


手のひらの先に、水が集まり直径10cm程の水球ができた。すると一瞬で、水は氷に変わった。

出来上がった氷はゴロンと音を立てて、木箱の底を転がった。俺は続けてあと6つ氷を作り出した。


これは俺が提案して作った「冷蔵庫」だ。

といっても、氷を箱に入れるという原始的なものだ。

中の氷は、俺が訓練がてら定期的に作り補充している。その日の魔力が残り少ない時は、ルーナが補充している。


氷はさっきの水魔法の応用だ。温度を下げるには、分子の運動を止めればいい。作り出した水球の分子を止めることをイメージするだけで氷は作り出せた。


俺は、収穫したりんごをすべて冷蔵庫にしまった。

ふぅ、と一息つき暖炉に目をやると薪が残り少ないのに気がついた。


「母さん、俺薪を取ってくるよ。」


「ええ、お願い。ほんと頼りになるわね。お兄ちゃん。」


最近ルーナはよく"お兄ちゃん"と呼ぶ。

言われるたびに少しむず痒くなった。


薪置き場に向かおうと、玄関を開けた。


玄関から伸びる道の先に人影が見えた。


ん?誰だ?

人か?


セレオンが帰ってくるにはまだ早い。

というか、ウチに家族以外の人間が来るなんて初めてじゃないか?


俺は、異常事態と判断し急いでルーナの元へ戻った。


「母さん!大変だ!誰か向かってくるよ!」


「あら、どんな人?」


「2人組!1人は子供みたい!」


「あ、きっとフェルネさんよ。わざわざ来てくれたのね。今行くわ。」


ルーナは椅子から立ち上がって、玄関の扉を開けた。


家族以外の人に会うなんて初めてだ。

緊張してきた。"フェルネさん"はルーナとセレオンが時々話題に出していたけどどんな人なんだろう。


俺は、ルーナの影に隠れるようにこちらへ向かう2人を見つめていた。



「ルーナ、会いにきてやったよ。お腹の具合はどうなんだい?」


「わざわざありがとう。最近はすっかり良いわよ。お腹の子も元気いっぱい。それに、お兄ちゃんも色々手伝ってくれるから、むしろやる事がなくなって退屈なの。」


「そう、この子が......」


その人は茶髪の長髪を後ろでまとめている、目力のある女性だった。ルーナより少し身長が高く、体もがっちりしているように見えた。

まさに「強い女性」を体現したような人だった。

その雰囲気に圧倒されてしまうが、一般的には美人と言える程、顔は整っていると思う。


彼女は膝をついて、俺に目線を合わせた。そして、数秒黙って俺の目を見つめていた。



「なるほど、こりゃすごい。子供とは思えない程、安定してるね。」

彼女は少しニヤリとして、呟いた。


「初めまして。私はリサーナ=フェルネ。あんたのお隣さんだよ。お隣って言ってもかなり離れてるけどね。」

彼女はそう言って笑いかけた。


「リサーナの家は村に向かう途中にあるんだけど、買い物に行く時はいつも付き合ってくれるの。ほら、レヴァも挨拶して。」


ルーナは優しく俺の背中を押した。


「あの.....初めまして。レヴェラール=マギアスです。いつも母がお世話になってます。」


「おや、6歳なのにもうそんな言葉知ってるのかい?君のことはルーナから聞いてるよ。よろしくね。うちの子とも仲良くしてやってくれ。」


そういえば、もう1人はどこへ。


「おーい、ティナ。そんな所隠れてないでこっちへ来な。なんともないから大丈夫だよ。」


リサーナが見つめる先には、庭のリンゴの木に隠れた女の子がいた。リサーナと同じ茶髪でロングヘア。ところどころ髪の毛が跳ねていて、犬の耳みたいだと思った。


恐る恐る木の影から出てきた女の子は、今度はリサーナの後ろに隠れてじっと俺を見つめていた。

前世で小さい時に飼っていた犬が、知らない人が来た時に見せる反応とそっくりで、余計に犬みたいな子だと思った。


「こら!そんな態度失礼だよ!」

リサーナは軽く女の子の頭を小突いた。

女の子は小さく、「あぅ」と呻いた。


「そんなに怖がらなくて大丈夫さ。彼は見た目以上に逞しいよ。さあ、自己紹介しな。」


初対面のくせに何を言っているんだ、と思ったが彼女の目には妙な説得力を感じた。


女の子はリサーナの前に出て、胸を張り自分を大きく見せるように、ハキハキと話し始めた。


「ティナリア=フェルネよ。よろしく。」

彼女の声はほんの少し震えているように感じた。


「レヴェラール=マギアスです。よろしくお願いします、ティナリアさん。」

俺は握手でもした方がいいかと思い手を差し出したが、ティナリアはそれを見てすぐリサーナさんの後ろに隠れてしまった。


「あ、こら!まったく.....。ごめんな、レヴェラール君。この子、家族とルーナ以外の魔力を見るのは初めてなんだ。優しくしてやってくれ。」


???


どういう意味だ?


「ティナちゃん久しぶり。うちの子と仲良くしてあげてね。さぁ、上がって。ちょうど今朝採れたてのりんごがあるから、お茶にしましょう。」

ルーナはそう言って家に2人を招き入れた。


初めての家族以外のコミュニケーションは、成功とは言えなかったかもな。早速嫌われてしまっただろうか。でもまあ、小さい女の子なんてこんな反応当たり前か。あまり気にしないでおこう。


俺はルーナに続いて家の玄関をくぐったが、ずっと背中にティナリアの視線を感じていた。

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