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3話 温もりのイメージ

目が覚めた。


俺は自分のベッドで横になっていた。

そうだ、気を失ったんだ。魔法を使って。

そう!魔法を使えた!

でもなぜ急に失神したんだ?


もう夜になっていた。


ベッドから出てリビングへと向かった。


すると声が聞こえてきた。ルーナとセレオンの声だ。

扉の隙間から、俺は耳を澄ませた。


「まさかあの歳で魔法を使うなんて。」

セレオンの声だ。少し声が震えている。


「そうね。凄い才能よ。やっぱりあの子は大魔法使いになるわ。」

ルーナは反対に、明るくセレオンに話しかけている。


「ルーナ、君も分かってるだろ。魔法使いになっても良いことばかりじゃない。辛い思いをするのは俺だけで十分だ。やはり本をあげるべきではなかったか。」


「なにを言ってるの。一歳で基礎魔法を行使したのよ?そんな才能を閉じ込めておくのは勿体無いじゃない。」


「いや、才能だけではどうにもならないこともある。特に世間の声はなかなか変わらないものだ。それは君が1番感じていることだろう?」


ルーナは少しだけ押し黙ると、苛立ちを含んだ声で話し始めた。

「じゃあどうして、あの本を渡したのよ。そんなに心配なら魔法の本なんてあげなければ良かったじゃない。」


「一歳の儀式は必要だ。放っておくと魔力が暴走する危険性があるからね。あの儀式をやる以上、アニルギアを知覚することは避けられない。ならせめて、正しく魔法を使えるようにと思ってレヴァに送ったんだ。」


「あの子は正しく使えていたわ!なにも問題ないじゃない!」

ルーナの声が荒々しくなった。彼女のあんな声聞いたのは初めてだった。


セレオンの声がルーナに釣られるように強くなった。

「一歳だということが問題なんだ!魔法を使えたという事は、アニルギアがなんなのか理解し、魔法は何なのかを分かっているという事だ!君は文字を教えたのか!?」


「いえ......教えていないわ。火おこしはほぼ毎日見せていたから、それを覚えたんじゃないかしら。」


「すまない......怒鳴ってしまって。それに、正しく働いた魔法はそれに等しい気力をアニルギアに支払う必要がある。実際レヴァは気を失ってしまった。一歳の体には基礎魔法でも負担が大きすぎる。」


「そうね......確かに心配だわ。」


2人とも落ち着きを取り戻したようだ。


「あの子は普通じゃない。なにか特別な力を持っている。俺が.......俺が何とかしないと。」


「あなた、いつも言ってるでしょう?1人で抱え込まないで。レヴェラールは私たち2人の子供よ。」

ルーナの声は優しかったが、その言葉はどこか切実だった。


「ああ.....そうだね。」

セレオンも分かっている様子だった。


「私あの子の様子を見てくるわ。」


やばい、こっちに来る。


急いで部屋に戻ってベッドに入ったのと同時にルーナが部屋に入ってきた。


「レヴァ、目が覚めたのね。あなた!レヴァが起きたわ!早く来て!」


まもなくセレオンも部屋に入ってきた。

「目が覚めて良かった。何ともないか?どこか痛いところないか?」


俺は少し考えた後、

「......おなかへった」

さっきは話に夢中だったせいか気づかなかった。めちゃくちゃ空腹だった。身体中がエネルギーを欲しているのが分かった。


「ふふ、そうよね。魔法を使ったんだもの。少し遅いけど晩御飯にしましょう。ちょっと待っててね。」


ルーナは小走りでキッチンへ向かい、あらかじめ用意していた夕飯を温め始めた。


程なくして、食卓に夕飯が並んだ。

俺は2人の会話を思い出していた。


確かに一歳の子供が、詠唱を口にし魔法を行使するのは不自然だ。早く魔法が使いたくてすっかり失念していた。これからはこっそり魔法の実験をしよう。


「魔法はそれに等しい気力をアニルギアに支払う」

確かに、魔法を使った直後に気を失った。アニルギアを発火点以上の温度まで上げるためのエネルギーは俺の体力から使っていたわけだな。


一歳とはいえ失神するほどのエネルギーだが、ルーナは平気な顔をしていつもホイホイ火球をだしてる。

以前セレオンが言っていた、「君が特別なんだ」という言葉と関係があるのだろうか。


まあ今はいいか。ともかく腹ごしらえだ。


空腹のせいか、いつもの夕飯がとんでもなく美味く感じた。しかも、おかわりまでしてしまった。

セレオンが仕事から帰ってきたとき、とんでもない量の料理を1人で平らげる理由が今わかった。


まだ一つ分からないことがある。


「才能だけではどうにもならないこともある。特に世間の声はなかなか変わらないものだ。それは君が1番感じていることだろう?」


あのセレオンの言葉が、ずっと心の片隅に引っかかってるような気がした。




翌日、「見習い魔法使いのための基礎魔法」を読んでいた。


前に火球フラマを使ったときは、まともな詠唱ができていないにも関わらず、火をつけることができた。

つまり詠唱の発音の良し悪しは、魔法を行使する上で関係ないようだ。


じゃあ、なにが魔法には必要なんだ。アニルギアが求めているものは何だ。そのヒントがないかと思い本を読み返していた。


1.アニルギアを手のひらに集め、詠唱をはっきりと

「アニルギア――我が手に宿り焔核に変われ。激しく奔れ。火球フラマ


2.手のひらの上で炎が激しく燃えるのを想像する


想像する......か。


確か前は、ただ詠唱を唱えただけでは魔法は発動しなかった。イメージが重要なのか?


よし。やってみよう。


イメージした。

まず手のひらにアニルギアを集める。

次にアニルギアを可燃物に変換する。可燃物といえば.....そうだな。炭素だ。黒鉛がいい。

次に、発火点以上の温度。黒鉛の分子を激しく動かす。


ゆっくり目を開けると、手の上ではなにも起きていなかった。


なるほど。いいヒントを得た。


今回、詠唱は口にしなかった。イメージしただけ。つまりは、詠唱の発音や発声には意味はないが、詠唱そのものは必要だという事だ。


ここでもうひとつ実験。


さっきと同じようにイメージした。

アニルギアを炭素に変換し、分子の運動を激しくする。


そして、こう口にした。


「燃えろ」


手のひらでピンポン玉ほどの火球が音を立てて燃え上がった。


うまく行った!


今回は、詠唱を全く違うもの、しかもかなり短縮させて口にした。やはりそうだ。


"詠唱はぶっちゃけなんでもいい"


重要なのはイメージ。そしてそれを"言葉"を通じてアニルギアに伝達する。それが魔法の仕組みだ。


これで、メチャクチャな詠唱でも魔法が使えたことに説明がつく。


よし、まだ試したいことは沢山ある―――――

あ。


突然視界が反転した。

身体中の力が抜けていく。

全身が鉛のように重い。

しまった。忘れてた。


俺はまた、意識を失った。



目が覚めるとベッドで横になり、隣にはルーナがいた。


「レヴァ、起きたのね。あなた、また魔法を使ったんでしょ。」

ルーナは少し心配そうな表情だった。


またやってしまった。どれくらい眠っていたんだ。

窓の外を見ると、太陽が高いところにあった。さっきは朝だったから、いまは真昼くらいか。

ん?


俺が最初に気を失った時、朝に気を失って目が覚めたら夜になっていた。しかし今は、真昼。ざっと3時間くらいで目が覚めたということか。気を失っている時間が短くなっている。


ルーナは、説教するように話し始めた。

「いい?魔法はね、アニルギアに魔力、体力と言ってもいいけど、力を支払って使うものなの。基礎魔法といえども、大人の魔法使いでもめまいがする人もいるのよ?魔力量の素質は生まれつきほとんど決まっていて、それは髪の色に現れると言われているの。魔力量が多い人ほど、髪の色は暗くなるのよ。」


俺は今はじめて、人から魔法について教わっている。

なぜ気づかなかったんだ。少しは喋れるようになったのだから、ルーナやセレオンに教えて貰えばよかった。


それに、魔力量は髪の色に比例する.....か。


ルーナの髪は真っ黒だ。日本人は殆どが黒髪だが、ここまで黒い髪は見たことがなかった。光を吸い込んでいるようだ。やはり、ルーナの魔力は特別なようだ。


「....って、こんな難しい話しても分からないわよね。」

ルーナは、ふと我に帰ったように呟いた。


まずい、今がチャンスだ。

何か聞きたいことはないか.....


ふと本のページに目を向けた。

慌ててベッドから這い出て本を引っ掴む。

ルーナに向けて一つの文を指差した。

"手のひらの上で炎が激しく燃えるのを想像する"


「おかさん。なにかんあえてう?」


俺はこう聞きたかった。

魔法はイメージが大事。ルーナは普段、火炎魔法を使う時なにを考えているのか。

この世界の生活水準から、元素や分子の存在、熱エネルギーの法則が一般的な知識だとは考えられなかったからだ。

ルーナは一体なにをイメージしているんだ?


「レヴァ、あなた本当に文字が読めるの?」

ルーナは驚いた様子で俺の顔を覗き込んだ。


しまった!またやってしまった!

気味悪がられてしまったらどうしよう....不用意な行動は控えようと思っていたのに!

流石に一歳の体で捨てられたら生きていけないぞ!


「凄いじゃない!やっぱりこの子は天才だわ!」


初めて親バカというのを目の当たりにした。

ともかくよかった。気を取り直して.....


「おかさん.....こえ....」

もう一度、本の一節を指差した。


「ああ、ごめんね。このことよね。」

ルーナは咳払いをして、話し始めた。


「火炎魔法ってね、魔法使いみんな苦労するのよ。最初の難関っていうのかしら。これが出来なくて、魔法使いを諦めた人たちは大勢いるわ。私も最初はとっても苦労したのよ。どうしても火種なしで火がつくのがイメージできなくて。」


そりゃそうだ。俺だって初めて見たときはちんぷんかんぷんだった。


「ある時ね、家の暖炉が壊れてしまった時があったの。真冬にね。それはもう凍えそうな夜だったわ。結局その夜は、家族全員で同じ毛布にくるまって一晩過ごしたの。両親と妹が2人。でもね、みんなで集まって閉じこもってたらとっても暖かったの。むしろ暑いくらい。その時、これだ!って思ったの。その時の体験をいつも思い出してるわ。」


俺は、ルーナの優しい声で語られるその話に、聞き入っていた。


「アニルギアを沢山呼んで一箇所に固まってもらうの。あと寒いと体が震えるでしょ?みんなで固まって震えながら寒さを凌いでるってこと。かわいいでしょ?」


彼女は微笑みながら話してくれた。


なるほど。

物理の知識がないなりに、それぞれ個人が1番しっくりくるイメージをしているわけか。しかし、ルーナのイメージは決して科学的な理由が無いわけではない。


ルーナの場合、物理的に言えば"気体の断熱圧縮"に近い。空間の密度が上がればその中の化合物の温度は上昇していく。エンジンのピストンと同じだ。

しかし、空間の密度を上げて、アニルギア自体も振動させるとなると、エネルギーがだいぶ必要そうだが、

そこはルーナの魔力量で補っているということか。


「おかさん!あいがと!」

ものすごく腑に落ちた気がする。ルーナは説明が上手い。これでまたひとつ、魔法を解き明かした気がする。


「あら今のでわかったの?よかったわ。どういたしまして。」


ルーナは月明かりのような笑顔で俺に微笑みながら、頭を撫でた。


幸せ......だな.....

この生活を、失いたくない......

必ず.....守ってみせる.....!!


その想いが胸の奥底から湧き上がってきた。


理由は――――


―――――いくら考えても分からなかった。

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