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2話 魔力の正体

「お誕生日おめでと〜〜〜!!!」


どうやらこの世界にも誕生日を祝うという文化はあるようだ。そしてこの世界の一年は365日だ。

地道に数えるしかなかったがようやく結論を出すことができた。つまりこの世界に来て、ちょうど一年経った。


一年経過して分かったことは他にもある。この世界、というかこの地域は日本に気候が似ている。そう、四季があるのだ。今は、冬が終わって暖かくなってきた季節。3月か4月といったところだろう。


そして俺は今、危機に直面している。

食卓を囲む家族。テーブルの上にはなにやら怪しげな料理が並んでいる。真っ黒なスープ。真っ黒なパン。

真っ黒な肉料理。今までに無いくらい豪華な献立が並んでいるが、とても食べる気にはなれない見た目の料理ばかりだった。匂いも怪しい。鼻の奥をツンと刺激するような匂いだ。

この家に来て初めて、魔法以外の魔法使いっぽい物を目の当たりにした。


「初めて作ったけど上手くできたかしら?」


「初めてとは思えない出来栄えだよ、ルーナ。完璧だ。」


2人とも満足げな表情を浮かべている。

これが完璧だと?正気か?


「それじゃあ始めようか。」


ルーナとセレオンは食卓に座り、静かに目を閉じた。

セレオンはゆっくりと口を開き、詠唱を始めた。


「―――――よ。我が家に新たな命と力が生まれ、2度目の星を.....」


まただ。最初の単語だけが聞き取ろうとしても、ぼやけて聞こえる。


セレオンが詠唱を終えると、周囲に無数の光の玉が浮かび上がった。キラキラと美しく光はやがて、ゆっくりと俺の前に集まり大きな光の玉となった。そしてゆっくりと俺の胸に向かってくる。

眩しくて咄嗟に目を瞑った。


次に目を開くと光は消えていた。


???


今なにをしたんだ?

なにをされた?


戸惑いを隠せない俺を、両親はにこやかに見守っていた。


「よし、うまくいったな。」


「そうね。じゃあ仕上げといきましょう。」


セレオンとルーナは満足げに言った。

ルーナは立ち上がり。俺の隣に腰掛け、例のスープを掬い俺の口元に近づけてきた。


おいおい、まさか食わせる気か!?

やめろ!やめてくれ!こんなの虐待だ!


「ダメよ逃げちゃ。大事な儀式なんだから。」


俺は初めて、この家に生まれた事を後悔した。

せめてもの抵抗として口をギュッと結び、目を瞑った。

口元のヌルッとした感触と、ツンとした香りに耐えていると――――スプーンが引いた。


ん?


すると今度は肉料理の方をフォークで口に近づけてきた。

なんださっきのは。タチの悪いいじめか?

また目と口をギュッと瞑ると、また口元に気持ち悪い感触がした後すぐに引いた。


ルーナがハンカチで俺の口元を拭く。


「よし。これで終わり。

 さあ、晩御飯食べましょう!」


ルーナはそそくさとテーブルの料理を下げると、今度はいつもの料理が並んだ。


一体なんだったんだ?


後から色々考えたが、この世界でいうところの「お食い初め」なのだろうと自分の中で結論付けた。それにしたってもう少し美味しそうな物でやっても良いんじゃないか?


それに、最初のセレオンが唱えた詠唱はなんだったんだろうか。文言から予想するにお祈り的な物だろうか。でも実際なんか光ってたし。


相変わらず詠唱の最初の単語は、聞き取れないままだった。


そんな事を考えながら、いつもの晩御飯を食べたあと、いつもの寝床についた。


けれどその夜は、胸の奥がじんわりと熱かった。




翌朝、俺はいつものように書庫チャレンジを試みた。

ハイハイを覚えてからというものほぼ毎日、書庫に入ろうと試みたが全て失敗に終わっていた。

部屋を出たところでルーナに見つかったり、部屋を出て書庫の扉をどうやって開けるか模索中のところをルーナに見つかったり、ルーナがご飯の支度をしている時にこっそり書庫に近づいたところをルーナに見つかったり。

彼女は千里眼持ちなのかと疑うほどに、ルーナに見つかった。


ところが今日は違った。

朝起きるとベッドの隣でルーナが座っていた。


「おはよう、レヴァ。昨日渡すのをすっかり忘れていたの。はい、誕生日プレゼントよ。」


なんと、ルーナは本をくれた。古びた本。知らない文字で書かれている。


「レヴァは魔法が大好きでしょう?だから、魔法に関する本よ。まだ読めないと思うけど。いずれあなたの役に立つわ。」


魔法に関する本!?本当か!?

この1年間ずっと求めていたものだ!

やったぞ!


でもなんで今になって......


「さぁ、朝ごはんの支度をするから向こうに行きましょう。」


おれは、ルーナに抱かれていつものように食卓へ向かった。そしてルーナはいつものように火を起こす。


「アニルギア――我が手に宿り焔核に変われ。激しく奔れ。火球フラマ


いつものようにルーナは詠唱した。


ん?


今なんと言った?

「アニルギア」と、そう聞こえた。


今まで一度も聞き取れなかった、最初の言葉。

昨日まで聞こえなかった単語。


やっと、聞き取れた。

「アニルギア」と聞こえた!

でもなぜ今になって。


今までと変わったところは――――

そう、昨日の儀式。


あの儀式がなんらかのトリガーになったに違いない。

それ以外に考えられない。


これは大きな進歩だ。昨日の儀式の後、俺の体になんらかの変化が起きたんだ。なんのための儀式なのか、「アニルギア」とはなんなのか、まだ分からない。

しかし、今は手がかりがある。

あの本。

あの魔法に関する本を早急に読み解く必要がある。そうすればきっと、魔法とはなんなのか、それがわかる気がする。


胸の鼓動が今までにないくらい強い。

早くあの本を読みたい。

はやく!はやく!はやく!



「おはようルーナ。おはようレヴァ」


セレオンがリビングに入ってきた。

俺のいつもと違う表情にセレオンは気づいたようだ。少し間を置いて、


「プレゼントは気に入ってくれたかい?流石にまだ読めないと思うけど、ゆっくり文字を覚えればいいさ。」


優しい表情の裏に、どこか心配そうな雰囲気を感じた。


「心配しないであなた。この子ならきっとすごい魔法使いになるわ。魔法に興味深々だし、髪だって真っ黒じゃない。」


「ああ。そうだな.....」


セレオンは魔法の話題になると、いつも少し雰囲気が暗くなる。彼は魔法が好きではないのか?


「さあ、朝ごはん食べましょ。」


俺は、いつもの倍のスピードで朝食を食べ終えた。




本をもらって1ヶ月。


俺はずっとあの本を読んでいた。

知らない言語を読むというのはかなり根気のいる作業だったが、文法がかなり日本語に近いおかげで思ったよりも早く読めるようになった。

それにこの本は挿絵が多い。無駄に重いし大きいと思っていたが前言撤回。この本はとても親切だ。


1ヶ月の解読の末、この本の題名が分かった。


「見習い魔法使いのための基礎魔法」


まさに俺にうってつけの本だ。

正直、書庫に入れたとしてどの本から手をつければ良いかまでは見当がついていなかった。

さすがは俺の両親だ。


そして、なんといっても最大の謎が解けた。

「アニルギア」についてだ。

アニルギアとは簡単にいえば、この世界における魔力の元になるもので、詠唱を通してアニルギアに命令を出すことで魔法を行使するらしい。

そして、アニルギアには意思があると書かれていた。


魔法使いの家では代々、子供が一歳になると祈りを捧げアニルギアの存在を知覚できるようになるという。

例の儀式は、俺が魔法使いになるための最初の一歩だった。

だから、アニルギアという言葉を聞き取れなかったのだ。


つまりは、魔法使いの家系でなくては魔法は扱えないということになるらしい。


ここまで来れば次は実践。まずは魔法を体験してみたい。百聞は一見にしかずだ。


最初の2、3ページはアニルギアと儀式について書かれていた。

次のページは、


「基礎火炎魔法、火球フラマ


おお!あの魔法を早速使えるのか!

ワクワクが止まらないぞ!


さて、手順は......


1.アニルギアを手のひらに集め、詠唱をはっきりと

「アニルギア――我が手に宿り焔核に変われ。激しく奔れ。火球フラマ


2.手のひらの上で炎が激しく燃えるのを想像する


え?

これだけ?

もっとなんか、原理とか、詠唱の意味とかないの?


ページをめくってみたが、魔法の原理らしきものは書いていなかった。


とりあえずやってみるか。

まずは手のひらを上に向けて......


「あにうぎゃ〜....」


その言葉を唱えた途端、手のひらの周りにたくさんの小さい光が現れた。


おお!すごい!

これがアニルギア!儀式の時に見たものと一緒だ!


さて次は、


「あにうぎゃ~…わてにやどり~、えんかうにかわえ~、はえしくはしえ~!…ふわま!」


少し緊張して、詠唱の続きを口に出した。

しかし、手の上の光はなんの変化もないまま、分散して消えてしまった。


なぜだ?詠唱の発音が良くなかったのか?

まあ、まだ一歳だし歯も生えそろってないからな。ちゃんと言えてなかったのかもしれない。


手のひらの上で炎が激しく燃えるのを想像する...か


炎は可燃物、発火点以上の温度、酸素が必要だ。

酸素は空気中のものがあるとして、なにを燃やすんだ?ルーナの魔法を見てても何かを燃やしている様子はなかった。


あるとすれば―――――

アニルギアか。

「アニルギアには意思がある」


俺は詠唱の言葉をもう一度見返してみた。


もしかして―――――



イメージしろ。

正確に。

鮮明に。


おれはもう一度詠唱を唱えた。

「あにうぎゃ~…わてにやどり~、えんかうにかわえ~、はえしくはしえ~!…ふわま!」


手のひらに集まった光が、空気を焼くような音を立てて小さな火球に変化した。

一瞬、焦げた匂いと熱風が顔をかすめた。


やった!成功だ!

やはりそうか!

この詠唱に答えがあったんだ!


「我が手に宿り」

これは魔法を行使する座標を示している。


「焔核に変われ」

これはアニルギアを可燃物に変化させる命令。


「激しく奔れ」

これはアニルギアを分子と捉え、分子の運動を激しくする事で温度を生み出しているんだ。


詠唱は相変わらずめちゃくちゃだけど、成功した!


なるほど。

魔法とはつまり――――

アニルギアに詠唱という命令を下す事で行使する

「物理現象」だ。



「レヴァ......それお前がやったのか?」


声がした。

扉の前には、俺を怪訝そうに見つめるセレオンが立っていた。

低い声。驚きと、恐れと、ほんの少しの哀しみが混じっていた。


「とーたん......おえは.....」


その言葉を最後に俺は、意識を失った。

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