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1話 異世界転生と仮定した

俺は、異世界に赤ん坊として転生した。

こんなありがちな結論を出すとは思わなかった。


「転生した」という事を断定するのは思ったよりも難しかった。


今いる世界が現実かどうかを証明することはほとんど不可能だったからだ。

ほっぺをつねって痛みを感じたくらいでは、「ほっぺをつねって痛い」という夢かもしれない。

そもそも、生後間もないからだではほっぺをつねることもうまくできなかった。


他にも、いろいろ小さな体でできそうなことは考えたがどれも確証に至るものにはならないと思った。

唯一可能性があるとすれば、死んでみることだがそれはあまりにもリスキーなのでやめた。

というか、普通に死ぬのは怖いのでやめた。


1週間ほど過ごしてみて、状況が変わることはなかったので俺は、転生したと「仮定」する事にした。


逆に「異世界」であることを証明するのは簡単だった。


まず一つは言葉が違う。


明らかに日本語ではない。他の言語、少なくともメジャーな国の言葉ではないこともわかった。

大学の時、映画好きの後輩に色んな国の映画を無理やり見せられた地獄のような1週間に、感謝する日が来るとは思わなかった。

ありがとう杉本。もし帰れたらス◯バの一杯でも奢ってやろう。


次に生活水準が低い。


この世界に来て、満足に体を動かせていない。目に見える範囲でしか判断ができないが、明らかに現代の生活とは程遠い暮らしをしている。

そう、異世界転生でよくある中世ヨーロッパの世界観そのものだった。水道はないし電気もない。テレビもなければラジオもない。少しだけあの人の気持ちがわかった気がする。


極め付けはアレだ。


若い女性が歩いてきて俺を抱き上げた。

整った顔立ちに少し垂れ目、左の目元にあるホクロが大人の雰囲気を漂わせている。髪は夜を閉じ込めたような黒髪のショートカットで彼女の魅力をより引き立たせていた。

「レヴェラール、リュア。フェルカ・アリス」

言葉の意味は分からないが、彼女は優しく微笑みながらそう言って、額にキスをした。彼女が俺の母親だと本能的に理解できた。


彼女は俺を抱き抱えたまま、何かを呟いた。すると彼女の手のひらに火球が現れた。それをコンロの薪に移しお湯を沸かし始めた。


一体どうなってるんだ。

何もないところから発火した。

彼女はただ、よく分からない言葉を呟いただけで火球を作り出したのだ。


酸素は空気中のものだとして、触媒は?温度は?

どれも観測できなかったが確かにそこに燃焼反応が起きている。


これはあれか?

「魔法」というやつなのか?


こんなことは普通ではあり得ない。

この現象を目の当たりにして、異世界に来たという結論を出すなという方が無理な話だった。


ただ、俺はそれを目にしたとき――もっと知りたい。解き明かしたい。俺もやってみたい。

そんな感情がふつふつと湧き上がっていた。

自然と口角が上がる。キラキラした目で魔法を見つめる俺を、母はにこやかに見守っていた。



この世界に来て1ヶ月がたった。


赤ん坊というのはひたすらに暇だ。基本的にやることといえば、食う、寝る、漏らすの3種類。いくら赤ん坊とはいえ、中身は20歳を超えた成人男性が尻を拭かれるという状況だ。涙が出てきそうだった。

用を足してもまだ喋れないので、泣いて母を呼ぶことしかできないのも辛かった。一刻も早くトイレトレーニングをして欲しいものだ。


それ以外の時間は、言葉を覚えることに費やした。そのおかげか簡単な会話と固有名詞は聞き取れるようになってきた。ここでも杉本の映画鑑賞が役に立った。ありがとう杉本、帰れたら飲みにでも誘ってやろう。言葉を覚えようと思った理由は他にもあるが、まあ普通にコミュニケーションが取れないと話にならんからな。


レヴェラール=マギアス。それが俺の名前だと判断できた。なんとも厨二心をくすぐられる名前だろうと、自分でも思う。将来、赤面しながら自己紹介をすることになるだろうと思った。

両親からは「レヴァ」と呼ばれることが多い。ニックネームのようだ。



生後半年が経過した。


ついに。ついにおれはやり遂げた。

これは革命だ。すばらしい。


そう、ハイハイを覚えたのだ。

自分の意思で移動できないというのは、思っていたよりも辛かった。どこかの偉い人が「体の主な役割は、脳を運ぶことである」と言っていたのを思い出した。あながち間違っていないかもしれない。移動手段を手に入れたらやりたいことが山ほどあった。


俺の部屋の隣は書庫になっていた。どうやら俺が生まれた家、マギアス家は古くから魔法使いの家系として栄えていたようだ。家を見たところそんな栄えていたようには見えないが......


ともかく、古くからの魔法使いの家系だ。魔法に関する資料が山ほどあるに違いないと、書庫に行きたくてたまらなかった。


朝、目が覚めて部屋には俺ひとり。よし、チャンスだ。ベッドを抜け出し、ハイハイで部屋の扉へ向かう。この部屋のドアノブは俺のはるか頭上にあるが心配ない。

俺は、おもちゃ箱から、おもちゃのスプーンを取り出した。それをドアの下に差し込み、テコの原理を使って思い切り下に押す。すると、年季の入った扉はギイと音を立てて開いた。年季の入ったドアノブでは俺を閉じ込めて置くことは不可能なのだ。


意気揚々とハイハイで部屋を出ると、視線を感じた。

廊下の奥に女性が立ってこちらを見ている。

しまった、見つかったか。

寝巻き姿の彼女は歩いてきて俺を抱き上げ、額にキスをした。


「レヴァ、おはよう。ずいぶん早起きで偉いわね。もしかして寂しくてお母さんに会いに来ようとしてくれたの?なんて可愛いの。ところでどうやって部屋から出たのかしら?」


彼女はルーナ=マギアス。俺の母親だ。

黒髪のショートボブで左目の目元にほくろがあり、いつも優しく微笑んで居るような表情の女性だ。忖度なしで言うと、かなり美人だ。


「まあいいわ。さあ朝ごはんにしましょう。もうすぐお父さんが帰ってくる時間だわ。」


そう言うとルーナは、俺を抱いてリビングへ向かった。そしていつものようにコンロに火をつける。


「―――――、我が手に宿り焔核に変われ。激しく奔れ。火球フラマ


ルーナはそう呟くと、手のひらに火球を作り出しコンロの薪に火を移した。俺はその様子を彼女の腕の中でじっと見つめていた。


「レヴァは魔法を見るのが本当に好きなのね。魔女としてはとても嬉しいことだわ。さあ、ささっと朝ごはん作っちゃうから少し待っててね。」


そういうと彼女は俺をダイニングの子供椅子に座らせて朝食の支度を始めた。


魔法を使うところを今みたいに何度も見せてもらったが、相変わらず仕組みがわからない。見た目ではほぼ得られる情報がない。そこで俺は、魔法の詠唱に注目した。そのために言葉を覚えたと言っても過言ではない。


ルーナはいつも決まって、魔法を使う時はあの詠唱を口にする。魔法を行使する上で最低条件であることは明らかだ。

だが、どうしても最初の単語が何なのかが分からない。というか聞き取れない。まるでそこだけ靄がかかったみたいに。どんな意味かも全くイメージがつかない。

それを明らかにするために今朝、書庫に忍びこもうと考えたのだが、失敗に終わってしまった。


やはり、自分で喋れない現状ではなんらかの魔法に関する書物を読まないと進展がない。夜中にもう一度書庫チャレンジしてみようか......


そう考えていると、玄関の鈴が軽やかに鳴った。


「ただいまー」


玄関を開け、ヨロヨロと入ってきたのは、無精髭を生やした男だった。暗めの茶髪で背が高い。黒いローブを纏っていた。少し痩せた体格で目の下のクマが彼の疲れ具合を物語っていた。

彼の名前は、セレオン=マギアス。俺の父だ。


「おかえりあなた。今日もお疲れ様。フェルネさんどんな様子だった?」


「……熱はだいぶ下がったよ。薬草が効いたみたいだ。ただ、ティナリアちゃんのほうが少し咳をしていてね......。念のため診てきた。」


「まぁ……あの子も風邪をもらっちゃったのね。無理もないわ。」


「あなたが行ってくれて、本当に助かったわ。この辺り医者は全然いないから。」


「いや……俺は簡単な薬を煎じただけさ。あの程度なら、魔法が使えなくてもできる。ただ少し、問題があって......。マグモラが山から降りてきたんだ。普段のフェルネさんなら自分でなんとかできたろうが、産後間もないからね。それで仕方なく......。」

セレオンはそう言って、少しだけ目を伏せた。


「....攻撃魔法を使ったのね?指先が少し焦げてる。」

ルーナの表情に緊張が走った。


「ああ。仕方なかったさ。この村に俺たち以外魔法使いはいないし。マグモラなら初級の火炎魔法ですぐ追い払える。」

そう話すセレオンの顔はとても疲れているように見えた。


「もう、無理は禁物よ。あなたの魔力では負担が大きいわ。」


「放って置けなかったんだ。......それに俺の魔力は普通だよ。君が特別なんだ。」

セレオンは弱々しくルーナにそう言った。


ルーナは微笑みながら、そっと彼の手にカップを渡す。


「そんな寂しい顔をしないで。きっとフェルネさんも感謝しているわ。それに、あなたのそういうところをみんな尊敬しているのよ。」


一瞬、疲れた表情の奥に、彼の優しい笑みがのぞいた。


「おはようレヴァ。ごめんな、今日は一緒に遊んでやれなそうだ。少し魔法を使っただけでこのザマさ。」

少しだけ間をおいてセレオンは苦笑いした。

「情けない父さんだよな。」


俺は、セレオンの暖かくもどこか悲しい眼差しを度々目にすることがあった。その目を見ると、胸が苦しかった。胸が重かった。


寒かった。


「さあ、そういう事ならたくさん食べてしっかり休みましょう。ちょうど朝食が出来たところよ。」


ルーナは、両手に収まらない程の器に並々スープを注いでバケットを山盛りテーブルに並べた。

セレオンは見た目とは裏腹に、ものすごい勢いで食べ始めた。まさか全部食べ切れるのか?


「はい、レヴァはミルク飲みましょうね。」


俺は、ルーナのミルクを飲みながら2人のやりとりを振り返っていた。

マグモラってなんだ?フェルナやティナリアは人の名前だろうか。それにルーナの魔力は特別なのか?確かに、セレオンが昨晩家を出た時よりも明らかにやつれている。これが一般的なのだろうか。


ぐるぐると思考を働かせた。

腹が膨れたのか眠気が襲ってきた。

まったく、なんて不便な体なんだ。


気になる――

知りたい――

解き明かしたい。


そして、いつか俺も魔法を使えるようになって、

それで――――――


―――――――それで?


俺は眠りについた。

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