17話 考え続けるということ
眠れない。
俺は、ベッドに入っていた。
目覚めた時にいた寝室とは違う部屋だ。小屋の二階にある一室。二階と言っても屋根裏部屋のような部屋だった。ベッドと机、そして本棚が一つ置いてあった。
「あなたのお父さんが使っていた部屋よ。ときどき掃除はしているし、ベッドも綺麗だから好きに使ってちょうだい。」
リリアは、そう言ってこの部屋に案内してくれた。壁にはめられた窓から、月明かりが差し込んでいた。この部屋にも、あの甘酸っぱい香りが残っている。
「今のお前に教える事はない」
何度も頭の中で、その言葉が繰り返された。
どうして教えてくれないんだ。
俺が若すぎるから?
それとも、魔法ではどうやっても騎士に敵わないのか?
あの時俺は、モーデルから何を吸収できるのかも分からずに「教えてください。」と口にしてしまった。
ただ何となくあの人なら、俺の知らない魔法の世界を知っていると思った。それが気に障ったのだろうか?
分からない。
「....ああ、ダメだ。」
俺はベッドから出た。
二人を起こさないように、こっそり音を立てないように梯子を下りた。梯子はリビングに続いていた。寝室へ続く扉は締まっている。あの奥で今は、リリアとモーデルが寝ている。
特に悪いことはしていないのに、なぜか見つからないようにコソコソと玄関の扉を開け外に出た。
そういえば、小屋を外から見たことなかった。
森の中の、少し開けた広場のようなところに建っていた。
広場の外周は、木の柵で囲まれていた。柵のところどころに、麻でできた小さな袋がぶら下がっていた。
こんな森の中にポツンと建っているけど、あの蜘蛛たちは襲ってこないのだろうか?
注意深く柵の向こうを見渡してみたが、木々が風に揺れる音だけで生き物の気配は感じなかった。
ふと冷たい風が体を撫でた。さすがに夜の秋風は寒いな。
体をブルっと震わせた。
「風邪をひくぞ。」
後ろから声がした。思わず体が飛び上がった。
ふり返ると、モーデルが立っていた。腕には、俺が着てきたローブが掛かっていた。
「おじいちゃん....ありがとう。」
モーデルから、ローブを受け取り羽織った。
「何をしておったんじゃ。」
モーデルが無表情で聞いてきた。
「あ、いや...なんだか眠れなくて。」
「そうか.....」
「おじいちゃんは?」
「わしは仕事じゃ。」
「え、こんな時間に?」
「そうじゃ。」
モーデルは、小屋の裏手へ向かって歩き始めた。
俺は、玄関の前でモーデルの後ろ姿を見ていた。
「眠れんのじゃろ?来なさい。」
「え、でも今から仕事って...。何をするの?」
「わしは何もせん。ただ"聞く"だけじゃ。」
モーデルはそういうと歩き始め、小屋の角を曲がった。俺もあわててモーデルの後ろを追いかけた。
小屋の裏には、一つの岩があった。腰掛けるのにちょうど良いくらいの高さ。モーデルは、岩に腰掛け目を閉じた。
「アニルギアよ、森の声を聞かせたまえ。」
詠唱を唱えると、周囲が輝き始めた。
キラキラと光る白い粒が、周りに浮かぶ。
まるで、夜空の星々が踊るように語りかけているようだった。
「....綺麗だ。」
思わず言葉が漏れた。
それに、綺麗なだけじゃない。これは凄いことだ。
モーデルの周りで光るアニルギアは、かなり広い範囲で漂っていた。見える限りでは、半径10メートル以上。
あんなに広範囲からアニルギアを集めるなんて...。一つ一つが密集していないとはいえ、俺がやる時はせいぜい半径1メートルくらいにしかアニルギアは現れない。
やっぱり、この人から学べる事はきっとある。そう思った。
一体これからどんな魔法を使うんだろう...
ワクワクしながら、俺は静かにモーデルを見ていた。
5分ほど経った。
モーデルは一向に魔法を使う素振りはなかった。ただアニルギアが漂うのを見つめるだけで、ピクリとも動かなかった。
話しかけにくかったが、勇気を出して質問してみた。
「あの...おじいちゃん...何をしてるの?」
「言ったじゃろ。仕事をしておる。」
「でも、アニルギアを見てるだけで何も...」
「こやつらの声は小さいでな...聞こうとしない者には聞こえん....」
「...?」
さっぱりだった。
"聞く"と言っているが、アニルギアから何か音が出ているのだろうか?
目を閉じて、音に集中してみたが木々が揺れる音と、虫の声以外には何も聞こえなかった。
目を開けると、モーデルが立ち上がっていた。
「西の方か...今年はかなり遅かったな...」
「何かあったの?」
「...念の為確認した方がいいじゃろ。」
モーデルは、足早に小屋に戻りローブとランタンを手に取ってまた外に出てきた。
「今から出かけるの?真っ暗だよ?」
「ああ、奴らは夜に動くからの。」
森の方へ歩いていく。
「俺も行く!」
チャンスだと思った。
昼に言われた言葉の意味が分かるかもしれない。
直感的にそう感じた。
「......」
モーデル目を細め、俺の顔を見た。
「......わしから離れるなよ。」
一言残して森へ歩き始めた。
モーデルの歩幅は大きく、歩くのが早かった。
俺は置いていかれないよう、早歩きで後に続いた。
10分ほど歩いた。
モーデルがランタンで灯りを持っているとはいえ、森の中は真っ暗だった。そんな中、早足のモーデルについていくのは大変だった。
途中でなんどか、木の根に躓いて転びそうになった。モーデルは早足で進んでいたが、時々後ろを振り返って立ち止まり俺の事を待ってくれた。
「もうすぐじゃ。気を引き締めろ。」
そういうと、モーデルはまた歩みを進めた。
少し歩いたところで、進行方向から音が聞こえてきた。
ガザガサ
キィー
ガチガチ
嫌な記憶が蘇ってきた。
モーデルは、真っ直ぐに音のする方へ向かっていく。
ふと立ち止まり、口の前で人差し指を立てた。
恐る恐る木の影から、奥を覗き込んだ。
暗闇の中で何か動くのが見えた。真っ黒い毛むくじゃらの生き物。それが何なのかはすぐに分かった。
巨大な蜘蛛だ。
ただ、朝に襲ってきた蜘蛛とは違った。
「で、デカい...」
前に見たものよりも明らかに巨大な蜘蛛。見た限り、3倍は体が大きい。大人の熊くらいの大きさはある。しかも、2匹。
2匹は、互いに向かい合ったままガチガチと牙を鳴らしていた。時々、金属を引っ掻いたような声を出して威嚇しているようだ。
「おじいちゃん...あれ....何?」
声を押し殺しながら聞いた。
「マグモラたちの主じゃ。」
マグモラ...あの蜘蛛たちの親玉なのか。でも....
「なんで2匹いるの?」
「本来は一匹じゃ。じゃから奴らは今、その一匹を決めておるんじゃよ。」
その方法は容易に想像がついた。
「こ、殺し合うってこと?」
「そうじゃ。マグモラは毎年群れの主が代わるんじゃよ。今年はあの2匹のどちらかじゃな。」
次の瞬間、一匹がもう片方に飛び掛かった。鋭くとがった顎を、カッと開き相手の前足に嚙みついた。
メキッ
鈍い音がした。噛み付かれた方は「キィー!」と声をあげよろめいた。先制を仕掛けた蜘蛛は、追い討ちをかけるようにまた噛みついた。今度は背中。覆い被さるように、襲いかかる。
ドスドス!
キィー!
ガチガチ
森の中で、蜘蛛たちの争う音と声が響く。
争いは一方的だった。最初に飛びかかった方が、そのまま前足、後ろ足、腹と体中を噛みちぎった。
襲われた方は徐々に暴れる力を失い始めた。
程なくして、ドサッという音と共に地面に仰向けで倒れた。
「決まったようじゃ。」
生き残った蜘蛛が、天に向かって吠えた。勝負は決したようだった。
倒れた蜘蛛は、足がまだピクピクと動いていた。
巨大な生き物の生存競争を初めて目の当たりにした。前世で見た、どんな映像よりも迫力があった。
額から汗が流れた。
「あの蜘蛛...マグモラをどうするの?」
「どうもせんよ。あれもこの森で起こる自然現象の一つにすぎん。今年は、例年よりも主人が決まる時期が遅かったのでな。少し気になって見に来ただけじゃ。」
モーデルは特に何もすることなく、ただ見守っていた。
「....そうなんだ。」
不思議な人だ。
何を考えているかよく分からない。物事に対する興味関心が薄いのだろうか。
「よし、帰るぞ。」
モーデルはさっと振り返り、もと来た道を進み始めた。
「う、うん。」
俺は、また置いていかれないように後に続いた。
キキィーーー!!!
突然背後から、鳴き声が聞こえた。慌てて振り返ると、蜘蛛の主と目が合った。
こちらに気付いたようだ。
「おじいちゃん!マグモラが!」
俺が言い終わる前に、モーデルは前に出た。
「わしの後ろに下がっておれ。ずいぶん気が立っているな....争った後とはいえ....」
「な、何か変なの?」
慌てて聞いた。
「そうじゃな。今年は奴らの獲物が不作だったのじゃ。冬眠の準備が遅れとる。そんなところに、森中でポンポン火と強い光を起こされたら、怒っていても仕方あるまい。」
モーデルは俺の方をチラリと見た。
「え、まさか俺のせいで?でも、あの時は群れを追い払う為に....」
「そうじゃ。今のお前ならああなるのは自然な事じゃ。」
マグモラは8つの目をギラギラと光らせ、今にも飛び掛かってきそうだった。
「そんなことより、早く逃げないと!」
モーデルは、動く気配がない。ただじっとマグモラと向かい合っている。
「おじいちゃん!」
問いかけても、無反応だった。
「クソッ!なら俺が追い払う!」
俺は、右手を前に出した。
「アニルギア!」
右手に光が集まる。
「よしなさい。」
モーデルは俺の右腕を掴んだ。そして、詠唱を唱えたーーーー
「アニルギアよ、有るべきところへ戻れ...」
次の瞬間、右手に集まっていた光は散らすように弾けて消えた。
「....!?」
何をされた。
アニルギアを....魔法を打ち消したのか...?
戸惑う俺の手を掴んだまま、モーデルはマグモラの方へ向き直った。
ガチガチ
キィキィ
マグモラは2、3メートル先まで近づいていた。
「仕方ない...」
モーデルは、腰につけた巾着の中身を取り出した。
「アニルギアよ...」
周囲が輝き始めた。そして光は、マグモラを取り囲むようにゆっくりと回り始める。
「...空を巡る風となり、渦を起こせ。螺旋風」
その詠唱は...竜巻を起こす中級魔法だとわかった。
ルーナが前に一度見せてくれた。風球もまともに使えない俺には出来ない魔法だ。
この人魔法が見れる...
恐怖と期待が胸の中で入り混じる。
詠唱を終えると、風が巻き起こった。
しかし風は、竜巻とは到底言い難いただのそよ風程の強さだった。地面の枯葉が、マグモラの周りを囲むように転がった。
するとモーデルは、手に持っていた巾着の中身を風の中へ放り込んだ。
キキッ
ドスドス
そのとき、マグモラの様子が変わった。急に取り乱した様に周囲をキョロキョロと見渡し始めた。
ふと、あの甘酸っぱい香りが顔を撫でた。
マグモラからは先ほどまでの殺気はなくなり、逃げ場を探している様だった。しかし、そよ風の中へは足を踏み入れようとはしない。
「...そろそろ良いじゃろう。」
モーデルは右手を前に出した。
次の瞬間、マグモラの後方の枯葉が止まった。
チャンスだと言わんばかりに、マグモラは止まった枯葉の方に駆け出した。
そのまま、森の暗闇へ消えてしまった。
「....よし。帰るぞ。」
モーデルは踵を返して、歩き始めた。
俺は呆気に取られていた。
モーデルは、あれだけ大きなマグモラの主を、少しのそよ風だけで撃退してしまったのだ。
不思議と頭の中はスッキリしていた。喉につっかえていた物が取れた様に。
「....俺はまた、森を壊そうとしていた。」
ふと言葉を漏らした。
それを聞いてモーデルは、立ち止まった。
「あの方法なら、マグモラを刺激せずに....森の秩序を乱す事なく...追い払える...」
頭の中の靄が晴れた。
わかった。モーデルの言いたかったことが。
「おじいちゃん...俺は....俺の目的は、家族を取り戻すことだ。」
「.....」
「騎士を倒すことじゃない...」
モーデルの指がピクリと動いた。
「俺は、魔法を"力"だと思っていたんだ。騎士に勝つための"力"...奪うための"力"....」
拳を握りしめた。
「でもさっきのは、誰も傷つけず、何も壊さない。...ただ、あるべき場所へ戻しただけだ。」
モーデルは何も言わなかった。
「....知りたい。」
声が震えた。
「どうすれば、魔法を“正しく使える”のかを」
しばらくの沈黙のあと、モーデルが口を開いた。
「......"正しい魔法"なんてものは存在しない。」
振り返らずに、そう言った。
「あるのはただ、魔法を使った後に残る"結果"だけじゃ。」
少し、声が沈んだ。
「使う魔法が正しかったのか....一生かかっても答えが出ない事もある....しかし、考えるのを止めてはならん。我々はひたすらに考え続けるのじゃ。」
その背中を見つめながら、俺は思った。
――俺は、魔法について本気で考えたことがなかったのだと。
「魔法を学びたいんじゃったな...」
「.....はい。」
「わしが教えられるのは、お前が考える様な魔法ではない.....それでもか?」
「はい。俺は何をすべきなのか...何を考えるべきなのか...それが知りたい...」
モーデルは、振り返って俺の瞳をじっと見つめた。
「....いいじゃろう。」
その声にはもう、拒絶の棘はなかった。
「ありがとう!おじいちゃん!」
深々と頭を下げた。
「....帰るぞ。」
モーデルは、来た道を戻り始めた。
俺も後に続いた。
俺はきっとこの先、茨の道を進むことになる。
知識について...
技術について...
選択肢について...
分からないことだらけだ。
モーデルが言った通り、答えが出ないかもしれない。
それでも考えるんだ。
そして、必ず――――
家族を取り戻す
――俺は、この夜から
魔法について、本気で考え始めた。
これにて第一章は完結となります。
第二章以降は、毎週月曜日に一話ずつ投稿します。
進捗状況が良ければ、週に2話投稿することもありそうです。
感想など頂けると、今後の参考になりますので是非書いていってください。
今後とも、よろしくお願いします




