14話 狩られる側へ
俺は走った。
ひたすらに走った。
オルドさんのところへ行かなきゃ。
恐怖と全力疾走のせいか、鼓動が異様に速い。胸が痛い。視界が歪む。それでも走った。
気づけば、屋敷の玄関にいた。
誰もいなかった。門の横にある小さな扉の閂を外し、扉を開く。
外に出た。
それでも、休まず走り続けた。
広場を抜け、オルド書店の前へ着いた。
ドンドンドン!!
走ってきた勢いのまま、扉を叩いた。
「オルドさん!!開けてください!!レヴェラールです!オルドさん!!!」
返事はない。
もう眠ってしまったのだろうか。
「オルドさん!!起きてください!!開けてください!!」
俺は必死に、扉を叩いた。
「扉を壊したら、修理代は払ってくれるんじゃろうな?」
背中から声がした。振り返ると、オルド爺さんが怪訝そうにこちらを見ていた。
「オルドさん!あ、あの!ハァ.....ハァ.....」
「落ち着きなさい。こんな夜中にどうした。今度はあのバカ息子に小便でも引っ掛けてきたか?」
「オルドさん!!『緊急事態』です!!」
オルド爺さんは、その言葉を聞いて表情を変えた。
「早く中へ入りなさい。」
オルド爺さんは、俺の横を通り店の扉を開け、中へ招き入れた。
中は明かりがついていなかった。昼間来た時も薄暗かったが、夜のオルド書店はほとんど何も見えなかった。
「少し待っとれ。」
オルド爺さんは、暗い店内をどこにもつまづく事なくスルスルと本棚を通り抜け、奥へと消えた。
静かな店の中で、心臓の音だけが聞こえた。
だんだんと、息が落ち着いてきた。
額から汗が垂れて、目に入った。
「う....汗が...」
目を擦った。
おかしい...
汗をぬぐっても、涙が止まらない。
「あ、あれ....?」
必死に目を擦った。
まぶたの裏に、セレオンの顔が浮かんだ。
そうだ。
俺は恐怖のあまり、父を見捨てて逃げ出した。
ようやく心から分かり合えたと思ったのに。
これから、たくさん魔法の話がしたかった。
「ほれ。これを持っていきなさい。」
オルド爺さんが、奥から戻ってきた。
手には、肩掛けカバンが握られていた。
「セレオンが犠牲になったか....。」
俺は何も説明をしていない。でも、オルド爺さんは何があったのかもう分かっているようだった。
「だが安心せい。親父さんはまだ生きとるよ。」
「え?どうしてわかるんですか?」
オルド爺さんに詰め寄った。
「騎士連中は"リベリオン"のことをまだ何にも掴んじゃいないからな。セレオンを捉えたとしても色々と聞き出す必要がある。」
「あ、あの...オルドさん。あなたは一体...」
「ともかく今は時間がない。じきに追っ手がくる。」
そういうとオルド爺さんは、持ってきたカバンに手紙を一通入れて、渡してきた。
「行き先はセレオンから聞いとるな?」
「は、はい。」
「よし。そこに着いたらその手紙を渡すんじゃ。」
「...あ、あの!」
「なんじゃ、時間がないぞ?」
俺は、セレオンとのやり取りを思い出した。
「父から伝言です。『ルーナとお腹の子供をお願いします。』」
「....そうか。流石に連れてはいけないな...。分かった。ほれ、何のためにセレオンがお前を逃したと思っとるんだ。早く行くぞ。」
そうだ。
セレオンは自分を犠牲にして、俺を逃がしてくれた。ここまできたら、逃げ切らないと。
涙を拭って、顔を上げた。
「はい。わかりました。」
オルド爺さんと店を出て馬小屋へ向かった。
まだ追っ手は来ていないようだ。
馬小屋には4頭の馬が繋がれていた。オルド爺さんは一番奥にいる馬を起こし、俺を背中へ乗せた。
「あの、オルドさん。ありがとうございました。」
「....達者でな。セレオンの想いを繋ぐんじゃぞ。」
そういうと、オルド爺さんは思い切り馬の尻を叩いた。
ヒヒィン!!
馬はたちまち風のように駆け出した。
あまりの速さに振り落とされそうになったが、必死でしがみついた。遠くの方に、一際高い山が見えた。馬は行き先を分かっているように、真っ直ぐに駆けていく。
顔に当たる風が痛い。
でも今は、進むしかない。
寒さと痛みに、必死に耐えた。
雲ひとつない空に輝く星と月が、夜道を照らしていた
どれくらい走っただろうか。
後ろを振り返ると、村があった方には地平線が広がるだけだった。
辺りは草原が永遠と続いていた。
あとどれくらい進めばいいんだろう。
手綱を握る手が痺れている。
寒さで耳の感覚がない。
突然、馬が速度を落とした。
「お、おい。どうしたんだよ。」
ふと見ると、馬は息を上げじんわりと汗が滲んでいた。
「そうか。君もずっと走りっぱなしだったもんな。どこかで休める場所は...」
あたりを見渡した。
平原の中にポツンと一本の木が立っていた。
「よしあそこで休もう。」
木のそばに来たところで、手綱を引いた。
馬は、フンッと鼻を鳴らして止まった。
俺は馬から降りた拍子に転んでしまった。
「はは。足が震えて止まらない。ずっと乗ってただけなのに。」
俺は、ふとオルド爺さんに渡されたカバンが気になった。そういえば何が入っているんだろう。
開けると、中には手紙が一枚、水筒、それにパンが二つ、小さなナイフが入っていた。
「食料か...ありがたい。」
革製の水筒を開け、水を飲んだ。身体中に水分が染み渡るのを感じた。
すると、馬が俺の背中を鼻先で小突いた。
「ああ、ごめん。君が一番頑張ってくれたのにな...。」
俺は、手に水を貯めて少しずつ馬に飲ませた。馬の唇が手のひらを動き回るので、少しくすぐったかった。水筒の水はあっという間に空になってしまった。
「父さんはあの一番高い山に向かって走れと言っていたけど、あとどれくらい進めばいいんだ?下手したら何日もかかるんじゃ....」
輝く星空の下から黒く空を飲み込むように、ひときわ高い山がそびえていた。
山が大きすぎて、距離感が全くわからない。
それに、父さんは本当に無事だろうか。
ふと、村の方角を見た。
平原の草が、風になびいて音を鳴らす。
オレンジ色の小さな光が見えた。縦に小刻みに揺れている。
「.....何だあれ?」
小さなオレンジの光は、徐々に縦に伸びていく。
「.....誰か来る!」
人だ。馬に乗っている。
それも、1人ではないことが分かった。
「追っ手が来た!!逃げないと!」
馬に乗ろうとした。けれど、馬の背中が高すぎて登れない。思えば毎回誰かに乗せてもらっていた。
まずい。
間に合わない。
追いつかれる。
周りは平原。
隠れられるような所もない。
俺は、必死に考えを巡らせた。
何か....何か方法は....
(いい?レヴァ。身の危険を感じたら、そのローブにアニルギアを集めるの。大丈夫、あなたを守ってくれるわ。)
ふと、ルーナの言葉が頭をよぎった。
そうだ!
これしかない!
俺は、ローブのフードを被った。
「アニルギア!」
目の前に、白い光の粒が現れた。
「集まれ!早く!」
アニルギアは、ゆっくりと近づいてきた。
俺は震える手で、ローブの端を握りしめた。
布ににまとわりつくように、光に包まれる。
眩しくて、目を瞑った。
光が消え、目を開けた。
ドドドドドド....
蹄が地面を叩く振動が、伝わってくる
背の低い草に身を伏せ、息を殺した。
馬が3頭、止まった。それぞれの馬から男が降りてきた。1人は剣を上に突き立て、剣には炎が纏っている。
「レグノス様!馬です!」
「分かっておるわ馬鹿者!近くにいるはずだ!探せ!」
兵士2人が、馬から降りた。
草をかき分ける音が聞こえる。
心臓が跳ね上がる。
鼓動が聞こえてしまいそうで、胸の内側に押し込めた。
レグノスの声が近づく。
まずい、見つかる!
草に隠れているとはいえ、近くまで来られたらバレるに決まってる!
ザッ...ザッ...
足音が近づいてくる。
ザッ...ザッ...ザッ....
ほんの2メートル先にレグノスが立っている。
炎の剣が、煌々と周囲を照らした。
揺れた草の影が、頬をかすめた。
ダメだ...見つかる!!!
「処刑予定の罪人にまんまと逃げられたとあっては、私の面子が丸潰れだ。しかも魔法使いのガキとあっては尚更だ....。」
あと2歩。
すぐそばに立っている。
息が苦しい。
胸が勝手に上下するのを必死に抑えた。
ザッ!!
レグノスの足が目の前に落ちてきた。
ほんの数十センチ。
手を伸ばせば届く距離。
「おい!居たか!?」
「いいえ!見つかりません!」
「そんな筈はない!馬をわざわざ捨てるとは思えん!隠れる場所もない!どこへ消えた?」
レグノスは苛立ちながら舌打ちをした。
見つかってない...?
この距離で?
目の前にレグノスが立っているのに、灯りまで照らしているのに、見つからないのか?
ドドドドドド
その瞬間、別の蹄音が聞こえてきた。
「レグノス様!!」
もう1人、兵士が馬に乗ってきた。
まずい、増援か!?
「なんだ?」
「レグノス様!至急屋敷まで戻るようにと、ゼイバルト様が!」
「なに?たった今捜索を始めたところだぞ?」
「理由は分かりません。あの魔法使いを拘束して、そう命じられました。」
「あの若造め...私をこきつかいおって...。よし、引き上げるぞ!」
「はっ!」
レグノスは、兵士を引き連れて馬に乗り去っていった。
風が草を撫でる音が聞こえる。
俺は、ゆっくりと肺に空気を吸い込んだ。
「た、助かった....」
俺は、立ちあがろうとした。
その時足がもつれて、ローブの裾を踏んづけた。
「うわ!」
転んだ拍子に、ローブが脱げてしまった。
「いてて...」
立ち上がり、ローブを拾おうと足元を見た。
「...ローブがない。」
おかしい、確かにさっきまで着ていたのに。
足元を手で探ってみると、手に布の感触があった。
「あ、あれ?」
持ち上げた。
透けている。
ローブが透明になっている。
「なんだこれ?」
ふと風が吹いて、ローブが揺らめいた。
すると透明な布に映った景色が、少し歪んで見えた。
「すごい!」
すると、ローブはゆっくりと元の色を取り戻していく。
「...これのおかげだったのか。母さん...ありがとう。」
俺は、ルーナにも命を救われた。
「俺は...助けられてばっかりだな...。」
ローブをギュッと握りしめた。
「行かないと...。」
ローブを羽織って馬の元へ行き、何とか背中によじ登った。
踵で、脇腹を蹴り再び歩みを進めた。
遠くに見える、黒い山を目指して。
ふと瞼が熱くなって、景色が歪んで見えた。




