11.5話 忠義
カッカッカッ.....
男は屋敷の廊下を歩いていた。
金髪のロングヘアを後ろで縛り、所々に金色で装飾された鎧を身に纏っている。腰に据えた剣は、鍔の部分に黄色の石が嵌め込まれていた。高く細い鼻と、白い肌が人間らしさを削ぎ落としていた。
男の名は、ゼイバルト=クロニクス。
騎士だ。
ゼイバルトは騎士王に仕える騎士の家の長男として生まれた。厳格な父によって、騎士とは規律に厳しく、悪は絶対に許さない、というまさしく"騎士道"の英才教育を受けて育った。
「国に忠を尽くせ。それが、民を守るということだ。」
この言葉が、父の口癖だった。
父は事あるごとに、魔法使いを悪く言っていた。国の汚点だとか、さっさと全員捕まえてしまえとか、とにかく魔法使いを嫌っていた。
国に忠実であれという教えは、騎士の世界ではかなり評価された。剣の鍛錬は1日も欠かした事はない。ゼイバルトは数々の功績を成し、気づけば騎士の最高幹部の1人に数えられるようになった。巷では"雷撃のゼイバルト"と呼ばれているらしい。
ゼイバルトは普段、王都の城で任務をこなしている。といっても、七騎士になって数ヶ月これといった任務は任されていなかった。幹部の中には、酒や女に溺れているような奴もいた。
しかし、騎士の世界は実力主義。力あるものが、権力を手にするのは当然の流れ。文句を言うものは誰もいなかった。
ゼイバルトは、国を任される騎士としてこのままで良いものかと疑問を抱いていた。
そんな中、ゼイバルトはとある任務を任された。
魔法使いの生き残りが各地で暗躍し、国を治める騎士たちを打ち倒そうとしているらしい。各地を見て周り、調査および危険分子の排除。それがゼイバルトに与えられた任務だった。
ようやく、国のために力を振るうチャンスが来た。ゼイバルトは進んで引き受けた。
今日訪れた村は、王都から離れたバーレル村というところだった。ヴァルドという家が統治している。村の外れにマギアスという魔法使いが住んでいるらしい。マギアスといえば、魔法使いの名家の一つだ。反乱分子となにか関係があるかもしれない。
まずはヴァルドの元へ行き、話を聞いてみよう。屋敷へ到着したところで、村の広場の方から大きな音がした。なにか催し物の花火でもやっているのだろうか?
その後、レグノス=ヴァルドという当主と話をした。村の外れに住むマギアスという魔法使いは、この時代には珍しく魔法で生計を立てているらしい。王都で暮らす魔法使いの一族は、魔法以外のことを生業としている。なんでも、村に現れた魔物の群れを追い払ってから、村人たちが懐くようになったそうだ。魔法使いの中にも人々の為に魔法を使うものが居たとはな。その時は、どうせ何か裏があるのだろうと思った。
すると、ヴァルドの息子がドタドタと部屋に入ってきた。
「魔法使いのガキに殺されそうになった!」
と喚いていた。その後も、息子の話を聞いていたが取り乱していて何を言っているのかよく分からなかった。
村の広場へ行き、村人から話を聞いた。どうやら、魔法使いの家の子供が、ヴァルドの息子に向かって魔法を放ったというのは本当らしい。なぜそんな事になったのかと聞くと、隣で一緒に聞き込みをしていたヴァルドの方をチラチラと見るばかりで、急に言葉の歯切れが悪くなった。結局、事の経緯までは聞き出せなかった。
最後に、古い本屋の店主に話を聞こうとしたが、
「あそこの爺さんは相当な変わり者です。少しボケも入ってますので、大した事は聞けないと思いますぞ。」
とヴァルドが言った。確かにもう暗くなってきた。直接、本人たちに話を聞いた方が早い。もともと、魔法使いには話を聞こうと思っていた。
そう思い、ヴァルドと共に魔法使いの家に向かった。
それから、魔法使いの元へ行き親子を連行してきた。
まずは父親から事情聴取をした。
男は、セレオン=マギアスと名乗った。
ゼイバルトよりも少し背が高く、体は細い。暗めの茶髪。魔法使いの中では明るい髪の方だ。無精髭を生やし、目の下にはクマが浮かんでいる。
魔法使いは痩せているものが多く、この男も例に漏れず今にも倒れそうな体型だ。しかし、今まで会った魔法使いとは何か違うものがあった。その体格に似つかわしくない、"芯の強さ"というものを感じずにはいられなかった。
「セレオン=マギアス。貴様は村での騒動の話は息子から聞いているな?お前の口から説明しろ。」
「はい。その前に、ゼイバルト様。あなたは、騎士たちの最高幹部の1人でいらっしゃる。それを誇りに騎士道を真っ当されていますか?」
「質問をしているのは私だ。さっさと答えろ。」
「あなたは騎士であることに誇りを持っていますか?」
「おい、聞こえなかったか?」
「あなたは、騎士として民衆を守っていると言えますか?」
ゼイバルトは目にも留まらぬ速さで剣を抜いた。セレオンの目と鼻の先に切先を突きつけた。
「いい加減にしろ。それ以上、関係ない事を口走ったら貴様の耳を切り落とす。」
セレオンは全く動じる事なく、ゼイバルトを見つめている。
なんだこの男は。騎士を目の前にして全く動揺しない魔法使いなどいないはずなのに、力も立場も圧倒的に自分の方が上のはずなのに、自分はこの男と対等なのだと思わされる。
数秒間の沈黙が続いた後、ゼイバルトが口を開く。
「"国に忠を尽くす。それが民を守ることになる。"とだけ言っておく。」
「.......わかりました。無礼な口を聞いて申し訳ありませんでした。村での騒動の事は、聞いております。」
ゼイバルトは剣を納め、事情聴取を続けた。
「では、貴様の息子はその魔物の混血の娘を庇って魔法を使ったというのだな?」
「はい。そうです。」
騎士はある程度の権限を持っているとはいえ、正当な理由もなく民衆に手を出すなんて事がまかり通って良いはずがない。村人が何も言わなかったのは、普段からヴァルドが息子の横暴を黙認しているからだろう。もしくは、ヴァルド自身も権力を振りかざしている可能性もある。しかし、子供が魔法を使って騎士の息子を撃退したのか。あとで少し、調べる必要があるな。
「村での一件は概ね理解した。セレオン=マギアス。貴様は、なぜ魔法使いとして暮らしている?」
この時代に、魔法使いとして生活するのは相当苦しいはずだ。何か理由があるはず。騎士と対等に渡り合おうとする魔法使いなど...きっと反抗勢力に違いない。
セレオンは、ニコリと笑って答えた。
「大層な理由はありませんよ。困っている人を見過ごせない性格なんです。」
嘘を言っているようには見えない。しかし、この男が反抗勢力だという可能性は捨てきれない。むしろその可能性は高いと、直感が告げている。だがこれ以上、この男からは何も聞き出せないと思った。
「......そうか。質問は以上だ。牢に戻れ。」
セレオンを牢に戻した後、息子を尋問し、屋敷の客間へと移動した。
扉を閉じると、部屋には灯されたランプと静寂が残った。
ゼイバルトは、心臓の鼓動が速くなっているのを感じた。まさか自分の雷撃が、魔法使いに...しかも子供に防がれるとは思いもしなかった。
どんな方法で防いだ?あの短時間で?
ゼイバルトは目を閉じて、深呼吸した。鼓動を鎮める。
ゼイバルトは息を整え、テーブルの前に立った。腰の巾着から小さな紫色の魔石を取り出し、卓上に置く。指でコンコンと叩くと、魔石は薄ぼんやりと光り出した。
次に腰の巾着から、金色の短い棒を取り出す。今度はその棒で、リズムよく魔石を叩いた。
――カッ、カッ、カカッ。
叩くのに合わせて、魔石はチカチカと光が強くなった。
静かな部屋に、魔石を叩く音だけが響く。
叩くのをやめ、数秒待つ。
すると、魔石はひとりでにリズムよく光り始めた。
ゼイバルトは目を細め、その内容を読み取る。
(確認。現状報告、求ム。)
王都からの信号だ。ここからはかなり距離があるため、こういった単純化した信号でやり取りする。
ゼイバルトはまた、金色の棒を振った。
(バーレル村ニテ、騒動アリ。マギアス家ノ息子、魔法ヲ騎士ノ息子ニ放ツ。)
ゼイバルトは少し考えて、また魔石を叩いた。
(ヴァルド家ノ素行ニ原因アリ。議会ニテ、厳重注意ノ文書ヲ送ラレタシ。)
数秒置いて、また魔石が光った。
(関係ナイ事ニ時間ヲ割クナ。反乱分子ノ調査報告ヲ求ム。)
ゼイバルトの表情は変わらない。ただ、額にわずかな影が落ちた。
(マギアス親子ヲ尋問。父親カラハ何モ情報は得ラレズ。息子ハ魔石使ッテ脅シタガ、魔法デ攻撃ヲ防ガレタ。)
信号を送り、無言で返事を待つ。
普段なら数秒で返事が来るが、10秒待っても魔石は光らなかった。
ゼイバルトは、眉ひとつ動かさず待った。
30秒ほど待って、返事が来た。
(マギアスノ危険度不明。引キ続キ尋問ヲ続ケヨ。)
危険度不明?議会がそんな判断をするのは初めてだ。
それだけ、あの男を警戒しているのか?しかし議会はマギアスという名前しか知らないはずだが。
剣を突きつけられながらも一歩も引かなかった男。あの芯の強さは反逆者ゆえのものか、それとも――。
返事を返そうと金の棒を手に取り、振りかぶったその時、魔石が光った。
チカチカと薄暗い部屋を紫色の光が照らす。
(子供ノ魔法行使ハ、危険因子ト認定―――)
「なにっ?」
ゼイバルトは思わず言葉を漏らす。
(―――排除セヨ。)
子供を始末しろだと?しかし、あの子供が危険な思想を持っているとは到底.....
考えを巡らす自分を、冷たく言い聞かせた。
余計な感情を挟むな。国に忠を尽くす。それが騎士の勤めだ。
命令は下った。あとは遂行するのみ。
光が収まり、ゼイバルトは金の棒を振るった。
――カカッ。
(了解。)




