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10話 黄金の騎士

「魔法使いは、長い間迫害を受けているのよ。」

ルーナは少し悲しそうに話した。


「どうして....?」


「理由は単純。その昔、魔法使いは力を持っていることを良いことに、国を滅茶苦茶にしたから。」


「その昔って....さっきの歴史は何年前の話なの?」


「150年前よ。」


「150年も経ってて今も迫害を受けてるっていうの?」


「ええ、そうよ。」


「そ、そんなわけ無いよ。肉屋のミグルさんも、魚屋のウィッジさんも、みんな"セレオンさんによろしく"って言ってた。」


セレオンとルーナは顔を見合わせてにこりと笑った。


「レヴァ、それはね.....お父さんが何年もかけて信頼を得てきたからよ。初めは、酷い扱いだだったわよ。村へ行けば、物を投げつけられるし、学校へ行けば虐められたわ。それに魔法使いは、騎士が発行する許可証が無いと外で魔法を使う事は許されていないの。」


「そんな....」

全く想像がつかなかった。あの人たちがそんな態度をとるなんて。


「それをね、お父さんが何年もかけてみんなの信頼を得てくれたの。一番のきっかけは魔物の大量発生の時ね。私とお父さん、それにリサーナの三人で村を守ったの。それ以来少しずつ心を開いてくれるようになって、今ではみんなとても良くしてくれるようになったわ。そんな所は国中探しても、多分バーレル村くらいよ。」


言葉が出なかった。

ようやく自分がやってしまったことの重大さに気づいたからだ。

何年もかけて"魔法は人の役に立つ"、"魔法は危険な物ではない"と築き上げたセレオンの努力を、台無しにしてしまったかもしれない。


そして、"魔力を持つ自分に対して、セレオンはどこか距離を置いている"と思っていた。

しかしそれは、勘違いだった。

セレオンはただ、俺がこの先魔法使いとして迫害を受けることを憂いていたのだ。ただ、父として息子のことを心配していただけだったのだ。


目頭が熱くなった。謝りたい。俺はなんで事をしてしまったんだ。

「父さん....おれ.....」


言いかけると、セレオンはくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。

「レヴァ、言っただろう?魔法は困っている人を助ける為にあるんだ。お前は正しい事をしたんだ。それに、あの状況ではなかなかできない事だ。」


「......どういうこと?」


「今この国は、騎士が統治している。それぞれの領地に騎士がいるんだ。バーレル村はヴァルドという家がその役目を担っている。」


「うん、アレンの父親でしょ?」


「そうだ。だがあそこの家は権力を振りかざして、やりたい放題なんだ。とくに今の当主になってからは酷い物さ。」


「そんなの、さっき言ってた昔の魔法使いと変わらないじゃないか。」


「その通りさ。騎士も魔法使いも根は同じ人間だという事だ。しかし、それはあの村だけの問題じゃない。今この国ではあちこちで同じことが起きているんだよ。全部ではないけれど、ほとんどだ。」

そう話すセレオンの瞳からは、気迫が感じられた。


「そ、そんな...どうして、そんなことが許されてるの?」


「魔法使いは危険な術を使い、人々の安全を脅かす存在。魔石を身につけた騎士たちは、人々を魔法使いや魔物から守ってるんだ。」


「魔法使いから守るって....俺たちが何かしたの?」


「歴史がそう物語ってるんだ。」


俺はやりきれない気持ちになった。

こんなの不当な扱いだ。150年も前のくだらない歴史のせいで、セレオンとルーナは辛い思いをしていたのか。


ふと思った、

「もしかして、リサーナさんとティナも?」


「ああ、そうだ。だから、うちとフェルネさんはお互い助け合って暮らしてきたってわけさ。」


「そんな....どうにかならないの?」

そんなの、ティナがあまりに可哀想だ。


「今はまだどうにもできない。でもいつかは、騎士と魔法使いがお互いに肩を並べて暮らせる世の中になるのが俺の夢だ。」


「そんな事できるの?」


「ああ、そう信じてるよ。」

俺はそのとき、初めてセレオンから"夢"の話を聞いた。とても冗談を言っているようには見えなかった。



ドンドンドン!


玄関の扉をたたく音がした。

こんな時間に誰だろう。

ものすごく嫌な予感がする。


「来るとは思ってたが、まさか今日とはね。」

セレオンは椅子から立ち上がって、玄関の扉を開けた。


「これはレグノス様、こんな夜分にこんな村の外れまでいらっしゃるなんて。いったいどういったご用件ですか?」


扉の向こうには重厚な鎧をまとった、中年の男が立っていた。ブロンドの髪にブロンドの口ひげを生やし、各所に派手な装飾をあしらった鎧が身分の高さを表わしていた。体格が良く、鎧の肩幅は玄関の扉よりも広かった。

腰の剣には、鍔の部分にきらりと輝く赤い宝石が嵌め込まれていた。


「セレオン。私とてこんな薄汚いところに来たくて来たわけではない。」

男は低い声で嫌味ったらしく吐き捨てた.


「それで、今夜はどういったご用件でしょうか?」


「白々しいぞセレオン。もうわかっているのであろう?」

男はセレオンを睨みつけ、一歩前に踏み出して玄関の敷居を跨いだ。


「我が息子がお前の息子に攻撃を受けたのだ。それも魔法を使ってな......」

そういうと、レグノスと呼ばれた男は俺の方を一瞥した。”こんなガキが本当に魔法を使えるのか”と言いたげな表情だった。


息子......そうか。この男がティナに暴力をふるったアレンの父親だ。

俺は、ふつふつと腹の奥で煮えたぎるものを感じた。

思わず一歩踏み出しそうになったが、ルーナが隣にきて肩をポンと叩いて静止した。

ルーナの表情からは不安が感じ取れた。


「ああ、その件ですか。ただの子供同士の喧嘩に首を突っ込むとは、レグノス様はやはり息子思いでいらっしゃるのですね。」


「セレオン......今日はずいぶんと生意気な口を利くではないか。お前が村で魔法使いとして食っていけるのは、私が寛大な対応をしたお陰だということを忘れたか?」


「ええ、そうですとも。ですので、今回もその寛大なお心で、子供同士の喧嘩を見過ごすことはできませんでしょうか?」


「ただの村人同士のいざこざであればわざわざ取り立てる事はないのだが、今回は魔法が絡んでおるからな。それに、このお方のご意向もあるのだ。」


「......そちらの方は?」

セレオンは扉の外にもう一人いることに気づいた。


レグノスが一歩横に避けると、玄関の先にはもう一人騎士が立っていた。

その男は、レグノスよりも若く見えた。金髪のロングヘアを後ろで束ね、細く整った鼻と白い肌が異彩を放つ美青年だった。鎧はレグノスよりは細く身動きがとりやすそうなものだった。しかし、所々に金色の煌びやかな装飾が施されていて、より位の高い騎士だと分かった。その騎士も腰に携えた剣に黄色の宝石がはめ込まれていた。


「こちらのお方は、王都の騎士団を束ねる七騎士が一人、ゼイバルト=クロニクス様だ。」


「......七騎士。」

セレオンの表情が険しくなった。


「貴様が、セレオン=マギアスだな?」

その騎士の声は機械のように冷たく、"人間味"というものは毛ほども感じられなかった。


「ええ、はじめまして。セレオン=マギアスと申します。」

セレオンは注意深く観察するようにお辞儀をした。


「この方は王国転覆を目論む反抗勢力の情報を聞きつけ、各地を視察なさっている。今日はたまたま我が領土を見にこられた所だったのだ。」


一瞬セレオンの手がピクリと動いたのが見えた。


「余計な事を言うなヴァルド。」


「はっ。」

体の大きいレグノスが、自分より二回りも小さく若い青年にひれ伏す光景は異様だった。


「セレオン=マギアス。本日午後、バーレル村の広場で起きた騒動について、事情聴取を行うためヴァルドの屋敷まで同行しろ。これは命令だ。」


セレオンは特に驚く様子はなく、

「わかりました。」

と一言だけ返した。


セレオンは騎士たちに背を向け俺とルーナの元へ歩み寄った。

「少し行ってくるよ。」


「あなた...大丈夫なの?」

ルーナの声は少し震えていた。


「ああ、ただの事情聴取だよ。明日の朝には帰れるさ。」


セレオンはしゃがんで俺と目線を合わせた。

「レヴァ、母さんを頼んだぞ。」


「何を言っている、子供も一緒に来てもらうぞ。」


セレオンは目を見開いた。汗が滲んでいるのが見えた。"思ってもいなかった事を言われた"という表情だった。

俺も一緒に?そりゃまあ当事者だけど....


セレオンは一呼吸置いて、平静を装って訪ねた。

「子供も一緒にとはどういう事ですか?」


「言葉通りの意味だ。さっさとしろ。貴様らに拒否権は無い。」

ゼイバルトは少しも声色を変える事なく、淡々と話した。


「........」

セレオンは少し考えた後、ルーナに話しかけた。


「ルーナ、レヴァと行ってくる。」


「....大丈夫なのね?」


「ああ。」


2人を見て、交わした言葉以上のやり取りをしているのがわかった。


「わかったわ。」

そういうとルーナはセレオンの胸に額をコツンとぶつけた。


「必ず2人で帰って来くると約束して。」


「ああ、必ず帰ってくる。」

セレオンの目が静かに燃えていた。


「レヴァ、寒いからローブを羽織っていきなさい。」

ルーナは今日村で来て行ったローブを着せてくれた。


「困ったらお父さんを頼ってね。お父さんはすごく頼りになるのよ。」

そういうと、ルーナは俺を抱きしめた。少し苦しかった。ルーナはそのまま耳打ちして来た。


「いい?レヴァ。身の危険を感じたら、そのローブにアニルギアを集めるの。質問は今はしないで。大丈夫、あなたを守ってくれるわ。」


ルーナはそういうと俺の額にキスをした。


「行くぞ。」

ゼイバルトが機械のように言った。


その言葉を合図に、騎士2人、セレオンと俺は家の玄関を出た。外には、馬が3頭立っていた。


「子供と一緒に馬に乗るのだ、セレオン。」

レグノスが言った。


セレオンは俺を抱き上げ馬に乗せ、その後ろに自分も跨った。

それを確認すると、騎士2人も馬に跨った。


「事情聴取とはいえ、容疑者を連行するのに2人だけですか。」

セレオンは少し嫌味っぽく投げかけた。


「お前たち魔法使いを連行するなど、騎士が2人もいれば十分だ。」

レグノスは嘲笑うように吐き捨てた。


先頭にゼイバルト、後ろに俺とセレオン、後ろにレグノスという順で進み始めた。ふと後ろを振り返った。ルーナは玄関先で俺たちを見送っていた。


見えなくなる直前、ルーナがその場に座り込んだような気がした。

胸を押さえ、崩れ落ちるように。

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