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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第7話「糸を引く手と、断罪を願う者の選択」

城は戦の気配に包まれつつあった。北方の動きが現実味を帯び、王都では兵の増派と食糧備蓄の指示が出る。噂は石畳を走り、民は不安と期待を交互に吐き出す。セレスティア・ハイラントはその渦の中心にいる──望むと望まざるとにかかわらず。


公判の余韻はまだ冷めない。伯爵ロイの疑いは晴れきったわけではないが、改ざんと接続の証拠が出たことで、事の核心へと迫りつつあった。だがリュシアンの言葉が常に耳元でささやく。「表は見せかけだ」と。彼の「裏」の存在は誰のものか。セレスティアは夜毎にそれを推し量り、眠りを浅くした。


ある夕刻、王太子アレクシスから私的な招集がかかった。王太子の執務室はいつもより空虚で、窓の外には軍旗がはためく。アレクシスは沈んだ顔で書類に目を落としていたが、彼の隣には古参の軍司令が立っていた。司令の顔つきは硬く、年輪を重ねた疲労を帯びている。


「セレスティア、来てくれてありがとう」アレクシスは静かに礼をした。「君に直接伝えるべきことがある。北方で動きが活発化しているが、我々の諜報網にも奇妙な穴が見つかった。情報が消え、報告が改変される。誰かが我が軍の足を引っ張っている可能性が高い」


「改変……また?」セレスティアの胸に、先の公判での“改ざん”の波紋が広がる。彼女は顔を上げ、真っ直ぐに王太子を見た。「誰が?」


アレクシスは目を閉じたように見えた。「まだ確定はできない。だが、動きには一貫性がある。城の内、もっとも信用される立場にいる者――情報の流れを管理する者たちの中に、気配がある」


その言葉は、セレスティアの心臓を締めつけた。城内の情報掌握者──それは老執事や高位の書記官、あるいは王に近い顧問といった面々だ。もし裏にいるのが“顔の見える者”ならば、断罪は自分が望む形で訪れるのか。だが同時に、国はより深い混乱に巻き込まれるだろう。


「私が手伝えることがあれば、何でも言ってください」セレスティアは言った。彼女の声にはいつもの皮肉めいた余裕はなく、固さがあった。アレクシスは微かに笑みを見せるが、その瞳には案じる色が残る。


その夜、セレスティアは塔の影から城内の書庫へ足を運んだ。リュシアンの示した写真と老執事の告白、改ざんされた書類の断片――それらを合わせると、ある名前が浮かび上がる。かつて王の側近として長らく仕え、表向きは忠実であると知られた 宰相ヴェルネール の名だ。彼は温厚で理知的、王と長年にわたる信頼関係を築いてきた人物だが、その掌に触れる情報の重さは計り知れない。


「もし宰相が……」セレスティアは指先で写真の端を撫でた。可能性は恐ろしく、しかし説得力があった。だが一つの罪を確証するには、もっと直接的な証拠が必要だ。彼女はリュシアンからの誘いを思い出す。彼はしばしば「証拠は現場にある」と言った。ならば現場へ行くしかない──と、彼女は決めた。


翌朝、偽装を施して城外の兵舎へ潜入した。そこは兵士たちの息遣いが濃密に絡みつく場所で、彼らの会話には生々しい真実が混じっていた。情報が消えた夜、書簡が置かれた一角、記録が改竄された端末――その辺りを探ると、やはり痕跡が残っていた。だがそれは「直接的な証言」ではなく、誰かが遠隔から操作した形跡で、アクセスの痕跡は宰相府内の一室へと続いていく。


セレスティアは心のなかで何度も「断罪」が近いと唱えた。だがその時、兵舎の片隅で一人の若い書記が震えているのを見つける。彼の目は血走り、手には汚れた書簡が握られていた。セレスティアがそっと近づくと、彼は小声で呟いた。


「私は……ただ命令に従っただけなんです。借金を返すためだ。私の妻と子が……」

その瞬間、セレスティアの胸のなかにいつもの揺らぎが戻ってきた。彼女は目の前の“末端”に向けて怒りを向けられず、代わりに手を差し伸べてしまう。応急の小金を差し出し、書記の顔を見据えた。


「あなたの顔を晒すつもりはない。だが、君の知ることを正しく使わせてくれ。真相を暴くために」

書記は涙で頬を濡らし、か細い頷きを返した。彼の口から出たのは、宰相の秘書が夜毎に特定の書簡を徴発していたこと、そしてそれらが不自然に消えていたことだった。これでついに、宰相府へと繋がる糸の一端が確かになった。


情報を揃えたセレスティアは、城へ戻るとすぐアレクシスに報告した。王太子は驚愕し、顔色を変えるが、やがて静かに決意を見せる。「では、表向きは公正な審理を待ちつつ、裏で確証を掴もう。だが君は危ない場所にいる。戻ってきてくれ、セレスティア」彼の声には、保護者としての暖かさが滲んでいた。


セレスティアは小さく笑い、帽子の縁をつまむ。「王太子、それでは私を救ってくれるのね?」皮肉を込めた言葉だが、アレクシスの瞳は真剣そのものだった。彼はただ頷き、手を差し出した。一瞬、二人の間に確かな信頼が横たわる。


だがその直後、城の鐘楼から悲鳴が上がった。城門近くで大勢の民が集まり、何かを叫んでいる。窓から見下ろすと、群衆の先頭に立つのは――セレスティアの悪名を望んでやまない、一部の貴族連中が差し向けた扇動者たちだった。彼らは「反逆の疑いあり」と書かれた布を大きく掲げ、民衆を煽っている。噂と恐怖が合わさり、群衆は動き始める。


「彼らは私を断罪する材料を求めている」セレスティアは窓辺で囁く。だが今は違う。彼女はもう単純に断罪だけを望んでいるわけではない。真相を掴み、誰かを守りたいという思いが強かった。王都が混乱すれば、末端の人々が一番困るのだ。


その夜、セレスティアは大広間で民衆の前に立った。彼女は白いドレスに黒い外套を羽織り、疲労と覚悟が混じった顔で群衆を見下ろす。扇動者の声が止まず、石畳が波打つようにざわめいた。


「民の皆よ。私は、あなたがたの恐れと怒りを利用して手早く裁かれようとは思わない」彼女の声は柔らかくも強かった。「だが真実は一夕で出るものではない。もし私が隠された真実に気づき、これを暴くことができるなら——私はそのために行動する。断罪を願っていた私が、今、あなたに頼むのは――冷静であってほしいということです」


群衆は一瞬、静まる。扇動者たちの表情が戸惑いを見せ、何人かは後ずさりした。王太子アレクシスが脇に立ち、静かにセレスティアを支える。民の一部はすすり泣き、また一部はまだ不満そうに腕を組む。


セレスティアは深く息をついた。彼女の願いはまだ澄んでいる──断罪が欲しいという欲求は完全に消えてはいない。だがそれは矛盾を孕んでいた。真相を暴けば、誰かが裁かれる。だがその誰かが国を揺るがすほどの権力を持つ者なら、裁きは国の安定と衝突する。


窓外に、夜風が強まった。城の影は長く伸び、遠くで狼の遠吠えが聞こえる。セレスティアは王太子の方へ一歩寄り、低く言った。「私が望む――断罪は、私のためだけのものじゃない。もしそれが国を傷つける代償になるのなら、私は……私はどうすればいいの?」


アレクシスは彼女の手を握り、真摯に答えた。「君が正義を望むなら、まず真実を――そして人を守ることだ。誰かを裁くことは容易だが、国を守ることはもっと難しい。君はそれを、いつも知らず知らず選んでしまう」


セレスティアはその答えを胸に刻み、夜の静寂に溶けていった。だが塔の影の中で一つの思念が動く──リュシアンの影。彼は誰にも見せぬ笑みを深くし、手元の紙に小さく印を打った。


「さて――物語は彼女を試す。彼女が“断罪”をどう受け止めるか。私の計画は、次の一手で本性を露わにするだろう」


その言葉は風に運ばれず、ただ彼だけの暗がりに残った。セレスティアはまだ知らなかった。宰相の仮面の裏で動いているのは誰なのか。倒すべき相手は王都の安寧を壊す怪物なのか、それとも、その怪物を利用するさらなる影なのか。

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