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どうあがいても悪役令嬢になれません! ~わたくし、完璧な悪事を働いているはずなのに、なぜか聖女と崇められて断罪フラグがへし折られていく件~  作者: 和三盆


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第4話「共謀者の微笑みと、計略が生む更なる守り」

城の夜は、昼の喧噪を忘れたように静まり返っていた。満月に照らされた城壁に、いくぶん不穏な影が落ちる。セレスティア・ハイラントは、第三塔で出会った黒いマントの男――自らを「リュシアン」と名乗る謎の人物の招きに応じ、今夜は彼と“共謀”する約束を交わしていた。

(断罪の素材を差し出してやる。利用するつもりなら、どうぞ存分に使いなさい)

そう意気込んで塔の階段を上がった矢先、彼女の心に小さな躊躇が湧いた。たとえ目的が同じでも、相手の目的は――きっと違うはずだ。だが、断罪に届くなら手段は選ばない。セレスティアはその思いを胸に、リュシアンの待つ部屋の扉を引いた。


リュシアンは微笑んでいた。黒の襟元から覗くのは、古びた巻物と小さな封筒。彼の瞳は夜のように鋭く、だがどこか遊び好きな光を帯びていた。

「来てくれて嬉しいよ、セレスティア・ハイラント殿。君の“裏目”は、我が望むところだ。だが、今度は少しだけ――仕掛けを大きくする必要がある」

彼は地図を広げ、国境沿いの小さな港町と、そこで暗躍する「影の供給線」について語った。隣国のある派閥が、密かに武器と兵を運び入れているとの情報である。リュシアンの目論見は明晰だった――その情報を公にし、王都で大衆の不安を煽れば、セレスティアは「故意の混乱を招いた悪女」として非難されるだろう。断罪は目前だ。


セレスティアは狡猾に笑った。まさに望んでいた筋書きだ。だが、リュシアンが続けた言葉は、彼女の計画に新たな色彩を添えた。

「だが、同時にその供給線を露にして、我々がその補給網を断つこともできる。つまり、君は非難される一方で、実際には国を守る手伝いをすることになる。大きな劇的効果だよ」


セレスティアは舌を出すように唇を歪めた。意地でも「断罪」という結果を得たい彼女にとって、リュシアンの案は正にうってつけだ。だがどこか、胸の奥になにか居心地の良い予感が忍び込む。――彼の示す「利用」は、同時に多くの命を救う可能性も含んでいるのだ。結果を重視するルシアの言葉が脳裏をかすめる。


「よろしい。やりましょう。あなたの言う通り、私が材料になってやるわ」

セレスティアは覚悟を決め、リュシアンと細かな段取りを詰めた。計画は三段構えだった。まず、港に出入りする運び屋の一人を捕らえ、公開尋問を演出する。次に、その尋問で得た“書類”を王太子の前に突きつけ、彼を疑わせる。最後に「決定的な証拠」を突き止めるために、セレスティア自身が密かに港へ潜入し、現場を押さえる——という筋書きだ。舞台は整った。


その数日後、港町は予想外の荒波に見舞われる。潮風は不気味に冷たく、波止場の木箱は深夜の影に溶けていた。セレスティアは海賊のような粗末なマントを羽織り、変装して上陸した。同行するのはわずかな手勢とリュシアンの差し向けた一人の男のみ。月光に照らされた町は、普段の喧噪を忘れ、人影がまばらだ。彼女の胸は早鐘のように打っていた。これでようやく――と。


やがて、目当ての倉庫にたどり着くと、そこには想像以上の光景が広がっていた。木箱の底からは、甲冑の一部、鉄砲の部品、そして未組立の青銅の矢が覗いている。誰かが淡々と作業を進めている気配がある。セレスティアは息を潜め、影から影へと移動した。そのとき、不意に小さな声が耳に入る。若い漁師のような男が、困惑と恐怖に満ちた声で呟いているのだ。


「こんな仕事、やめたいんだ……でも、借金がある。家族が病気で――どうすればいいんだ」

セレスティアの足は自然と止まった。彼女がこの町へやってきたのは“被害者”を演じるためであった。だが、目の前の人間は単なる悪党ではない。貧しさに縛られ、選択肢のないまま働かされている被害者たちだった。セレスティアは胸の奥に冷たいものを感じつつも、思い切ってその場へ踏み出した。


――彼女の登場は、演出以上のものを呼び起こした。

「止めなさい! これ以上、無辜の民を利用するのは許さない!」とセレスティアが叫ぶと、陰に潜んでいた一人の男が鋭く出てきた。だが、彼の表情は恐ろしく怯えている。指揮をしていたのは、港町の有力者――名をシルヴァンという中年の商人だった。彼は周囲の男たちを睨み、それから低く唸るように言った。


「お嬢さん、これは我が領民と約束した仕事だ。隣国の商人と契約しただけで、我々からは強制していない」

だが、セレスティアが近づくにつれ、男の声が震え、目線が泳いだ。漁師たちの顔には疲労と屈辱が混在している。言葉の端々に隠された“脅迫”の臭いが濃く漂う。セレスティアはその場で真相を暴露することを選んだ。大声で漁師の一人を問いただし、リュシアンが流した小道具の“書類”を見せつければ、たちまち騒動は町中の耳目を引く。


だが皮肉なことに、セレスティアの「公然の非難」はすぐさま別の結果を生む。港町の人々は「お嬢様が我々のことを気にかけてくれた」と感激し、公の場でシルヴァン商人を追及したことで、商人の横暴は露わになった。隣国側に流れていた補給線も露見し、王都への連絡が入り、ついに王太子アレクシスを含む使者団が急行することになった。


城へ戻り、王太子の前で状況が説明されると、事態は意外な方向へ進展した。リュシアンが仕組んだ“証拠”は、隣国の使節の不正な取引を確証する追加証拠として働き、シルヴァン商人の陰謀は政治的に利用可能な素材となった。王太子は深刻な顔で事態を受け止め、「直ちに港の取り締まりと補給線の遮断を行う」と布告した。国境の一連の不安は、セレスティアの働きと偶然の発見で未然に防がれたのだ。


だが――今回もまた皮肉だった。セレスティアは公の場で怒鳴り散らし、商人を糾弾したことで“暴君的で情け容赦ない令嬢”のイメージを印象づけるはずだった。ところが、民衆は彼女の行為を「弱き者に寄り添う強さ」と解釈した。「我らのために立ち上がってくれた王家の令嬢」と言葉は変わり、噂は一気に広がった。王太子は彼女の手を取り、公の場で感謝を述べる。「セレスティア、君の大胆さが国を守った」と。だがその握りは、以前よりも親密に感じられた。


セレスティアは苛立ちを隠せないままに、リュシアンのもとへ戻った。彼はただ冷静に地図を見つめ、紙の角を揉んでいる。セレスティアは鋭く言い放つ。

「あなたの計略は、いつも私を英雄にしてしまう。私の望みはただ一つ――断罪よ。もっと決定的に私を断罪させる材料を渡してちょうだい」

リュシアンはゆっくりと顔を上げ、その瞳は月夜の波のように揺れた。いかにも楽しげな声で、彼は答えた。


「君は本当に断罪を望んでいるのかね? それとも、断罪を望む“ふり”をしているだけなんじゃないか?」

セレスティアは言葉を返せずに眉をひそめた。彼の質問は的確で、しかし不意を突かれるものだった。自分が本当に求めているものは何か――彼女自身もそれを確かめたことはない。断罪の劇を望むのは、この世界でどれだけ自分が演じられるかを試したかったからではないのか。だが、実際に人々が救われるのを見て、胸が締めつけられるのは何故か。


リュシアンは口元に小さな笑みを浮かべ、封筒を取り出す。中身は、小さな紙片と一枚の写真だった。写真には、王都の外に建つ古い修道院の別棟――そこに隠された“密談”の証拠が写っている。写るのは、王都でも名の知れた某伯爵と、密かに動く影たちの集い。リュシアンの声が低くなった。


「次はこれだ。伯爵の裏取引を暴けば、君はついに公に裁かれる。そして、より大きな波紋が広がる。だが同時にそれは、我々が望む“真犯人”の動きを封じることにもなる。選ぶのは君だ、セレスティア」


セレスティアは写真に視線を移す。そこには確かに王都の知られざる陰謀の端緒が写っていた。手のひらに収まる一枚の紙だが、その重みは想像以上だった。断罪のための“切り札”――あるいは、またしても国を救うための鍵。


彼女は深く息をつき、歯を噛んだ。胸中で何かが決壊するような気配がした。結局、彼女が選ぶ道はいつも同じだった。――自分の望みと、目の前にある命との間で揺れる決断だ。


「いいわ。次はその伯爵を追及する。私が断罪されるなら、それがどんな形であれ受けとめてみせる。ただし、あなた、覚えていて――私を笑わないでちょうだいね」

リュシアンはもう一度、小さな笑いを浮かべた。「約束しよう、セレスティア。君の演目は興味深く、これからが本番だ」


その夜、城は静かに息をついた。だが遠方、砂塵を揺らす流れがあり、国境の彼方では眠れぬ者たちが歯を食いしばっていた。セレスティアの“勘違い救国劇”は更に大きく、そしてより危険な舞台へと移ろうとしている。彼女が望んだ断罪は、本当に訪れるのか。あるいは――彼女自身の行為が、ますます国を救う器となっていくのか。


塔の影の中で、リュシアンはそっと呟いた。

「楽しみだよ、セレスティア・ハイラント殿。君がどこまで“悪役”をやれるか――そして、世界がそれをどう受け取るのかを」


その言葉は風に溶け、城の石造りに反射して消えた。

だが確かなことがひとつ――舞台袖で紡がれる陰謀は、まだ幕を開けたばかりだった。

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