9 旅立ちの時
「こ、固有魔法じゃと?」
固有魔法――。
それはその人にしか使えない唯一無二のオリジナル魔法。
アサガオが口にした「癒し」というのはサクラの母であるマヤの固有魔法。
ちなみにマヤは破壊の魔女の時は「癒し」を反転させて新たに「破壊」という固有魔法を生み出した。
本来固有魔法が二つあるというのはあり得ない……というより後天的にもう一つの固有魔法を生み出すのはほぼ不可能だ。
まず固有魔法は先天的にその性質が決まっている。そして固有魔法は非常に強力な魔法と言うこともあり二つ以上を開発、扱うということは魔力量や使い手の精神が持たない。
マヤが「癒し」と「破壊」の二つの固有魔法を使えたのは「破壊」が「癒し」を反転させたものだから、マヤが他の魔法使いと比べて圧倒的な魔力量を誇っているから。クオンから話を聞いたアサガオはそう判断したのだが、それでもマヤの”天才”だからというのも含まれているからやはりマヤ以外には固有魔法の複数持ちは不可能であると考えている。
その固有魔法なのだが、実はサクラは所持していない。
もちろん魔法使いが皆最初から固有魔法を使えるというわけではない。
しかし、サクラほどの実力者であるのなら固有魔法を所持していてもおかしくはないのだが……。
「……多分じゃぞ? 多分じゃが複数の要因が絡まりあって結果、固有魔法が顕現していないのではないか?」
「複数の要因……」
「我流やそれによる魔力の流れの乱れ、それと復讐心……特にその復讐心が邪魔をしておるのではないか?」
サクラのマヤに対する復讐心と言うのはそう簡単に口にできるものではない。
それくらいに強すぎる……そういう意味ではアサガオの言う通り邪魔をしていたのだろう。
だが、本当にそれだけかというのはサクラに疑問を残す。
「妾が言えるのはこのくらいじゃ。先も言うたが別に固有魔法を持たないのが珍しいことなんてない。むしろ固有魔法を使える方が珍しいと思え」
「……そんなものなの?」
「うむ! 里の者とて固有魔法を皆使えるわけではない、少ない方じゃ……じゃが……」
アサガオは、サクラをじっくりと観察しながら何かを言いたげであった。
「お主の固有魔法はまだないが、マヤの固有魔法は備わっておるのではないか?」
「それは……!?」
あり得る話だ。
マヤの力を継承したサクラなら、マヤの固有魔法を現状使用できる可能性がある。
「仮の話じゃ。今使えなくとも後々使えるようになるじゃろ。ただお主自身の固有魔法は流石に精霊と契約したところでという話じゃ」
軽く頭を下げるアサガオにサクラは上げるように促す。
「別に謝られることではないよ。僕の固有魔法に関するヒントは貰ったつもりだからそれだけで十分」
「そうだな、ただでさえ現状のサクラが強いんだから固有魔法の一つや二つ使えなくても問題ないだろ。オレとの契約もあるんだし……なあ? クオン」
「インフェルノの言う通りだよ。ヒントを貰ったって言うなら案外とんとん拍子に習得するんじゃないの?」
「……そうかもね……うん、精進するよ」
「うむ、励むんじゃぞ……と、長湯もそれはそれで体に悪いからの。そろそろ上がるぞ――」
魔女の里にある温泉、微量に魔力が含まれていることもあり魔法使いにとって命である魔力が蓄積されていく感覚。
さらにその微量な魔力が刺激となって全身の疲労を回復してくれる。
先の精霊の祠の一件のみならず、それまでの旅によって蓄積された疲労まで回復していくようだった。
実のある会話で欲していたいくつかの情報も知ることが出来た。
湯上り後はアサガオが用意していたであろう宴会の席へと足を運ぶ。
メニシア達と旅をするようになり多少の賑やかさに慣れてきたサクラだが、宴会のような大勢で盛り上がるような場所には未だ不慣れであり、一人部屋の片隅でちびちびと出されたジュースを飲みほしている。
クオンやインフェルノ(何故かまだいる)はサクラとは正反対に流れに身を任せるかのように宴会を大いに楽しみ、そして盛り上げていた。
以前のサクラだったらこの空気は好かない。むしろさっさと別の場所へと退散していたはずだ。
メニシアとの出会いがサクラを大きく変えた……それはサクラ自身が一番感じていた。
未だ苦手ではあるが、視界に移る光景をサクラはまんざらでもない表情で見つめていた――。
それから一夜明け、旅支度を進めるために買い物に行く。
必要分は十分に揃ったのだが、村の商人たちはまあれよこれよとサクラに必要分以上の物を渡していく。
サクラは流石にと返そうとしたが、商人たちはまるで自分の娘や孫の巣立ちを見守るかのようにして諭し、クオンの一言もありそれらをありがたく頂戴した。
その結果――。
「……貰いすぎたね」
旅の支度品が山のようにサクラの部屋に積まれている。
「アイテムボックスに容量制限がないことがここで発揮するとは思いもしなかったよ」
サクラの所持するアイテムボックスは物を異空間に収納するアイテムで小さな巾着袋の形をしている。
師匠から貰ったものだが、旅の初めから今日に至るまで正直いらないとばかり思っていた。
サクラがあまりにも物を持たなすぎる性格だったからだ。
せいぜい入っているとしたら聖剣か魔法杖、回復アイテムや野宿用の道具くらいだけなので、ある意味ここで無限に収納できるこの巾着袋の真価を発揮させられるとはサクラも夢にも思わなかった。
「ほとんどが食料だからそのうち無くなりそうではあるけどね」
「サクラがちゃんと食べたらの話だけどね~」
「……食べるさ、ちゃんと……ちゃんと」
サクラは食も含めて基本的に興味が薄い。
クオンにご飯を用意するだけで食べない日もあった。
それくらい復讐にしか目が行ってなかったのだが……。
「ホント、あの時メニシアが一緒に旅をしてくれて良かったと思うよ。あれ以来ちゃんとサクラもご飯食べるようになったし」
「用意してくれたし……手を付けないとメニシア怒るんだもん」
「あはは、確かにあれは怖かったね~。顔も声も別に怒ってないのに……思い出しただけで背筋が震えるよぉ」
「今はいなくてもなんか怒られそうだし……簡単にだけどちゃんと食べるよ。それよりもこの先どうするかだけど……」
旅の支度をすると言っても次に行くところはハッキリ言って決まっていない。
目的は仲間たちと合流することなのだが、肝心の仲間がどこにいるのかが分かっておらず、クオンもそこはお手上げ状態だ。
「闇雲に探すにしてもそれじゃ非効率が過ぎるし……ヒントがなさすぎる」
「あの時もう少し時間があれば転移場所を指定できたけど……」
「仕方ないよ。でもこうなると地道に探すしかないよね……候補くらいは絞らないとだけど」
「うん。私はともかく、サクラは直接ではないにしろ縁のある場所へと転移した。みんなもそれぞれにゆかりのある場所へと転移しているかもしれない」
「それを踏まえて明日考えよう。さっさと準備を済ませて早めに休みたいし」
「手伝うよ~」
作業を進めていき、早いもので日が暮れた。
夕食や昨日の温泉に浸かり、早めに就寝をして明日に備えた――。
「――お主ら、忘れ物はないじゃろな」
里を後にする二人を案ずるアサガオのその姿は孫娘を見ている祖母そのものだ。
「大丈夫だよ~」
「……心配しすぎだよ。起きてからずっとだよ――」
サクラたちが起きてから今に至るまで終始忘れ物はないか、足りないものはないかと聞き続けるアサガオに対して最初は普通に受け止めていたが、徐々にしつこく感じるようになったのかサクラは受け流すようになりクオンも面白そうな目でその光景を見ていた。
「しょうがないじゃろて、お主ら二人ともどこか抜けておるからのぉ」
「……え、私も?」
「お主の場合は抜けておるというより単純に忘れておる……ある意味サクラより質が悪いがのぉ」
「そんなぁ~」
「……二人とも、時間」
「「……あ」」
ここで言い合っても時間を潰すだけだ。
旅はこの先長く続く……だからこそ早朝に出発することに決めた。
それだというのに……。
「……僕が抜けてるのは別に否定しないけど心配しすぎたらそれこそ時間の無駄になっちゃうよ」
「じゃ、じゃが……」
アサガオの表情はより心配そうに困り眉を浮かべる。
普段は大胆不敵で大雑把、寛大な心の持ち主……マヤはアサガオにとって娘当然であり、マヤの娘であるサクラは孫も当然。
アサガオと言えど心配が買ってしまうのも当然である。
「別に今生の別れって訳じゃないんだし、旅が終わったらまた会いに来るよ」
「うぅ……絶対じゃぞ」
その瞳が潤いに満ち溢れ、みるみるうちに頬に伝い落ちていく。
「らしくないぞ~。それに私が付いてるんだから安心しなって……それじゃ――」
二人は里を後にするため前を見る。
数歩進んで再度里を――アサガオの方を振り返り、そして口にする。
「「いってきます!」」




