8 魔女の里の温泉は極楽
サクラが火の精霊王インフェルノと契約してから数時間が経過。
精霊の祠を後にした一行はそのまま魔女の里へと帰還。
戦闘はしていないとはいえそれなりに疲労が溜まりきっていたことを察していたアサガオにとある場所へと案内された――。
「――ふぅ、一気に疲れが抜けてく……」
「このお湯、魔力が含まれているね」
アサガオに案内された場所は、魔女の里の奥にある温泉。
露天であり周りは木々に囲まれている。
横には着替え小屋がある程度でそのほかには何もない。
ゆえに気持ちをより落ち着かせることが出来る。
そしてクオンの言う通り、ここの湯には魔力が込められており、魔法使いにとっては魔力が回復する効果もある。
微量なので魔力中毒に陥ることもないので魔力のない一般人も利用することが出来、一般人にとっては疲れをより癒してくれるので、魔女の里に住む魔力を持たない者もこの温泉を好む。
その他にも美肌効果や身体の節々の炎症に作用したりなど効果は様々だ。
「おうおう、満足してもらって何よりじゃ!」
着替え小屋の方から遅れてアサガオがやってきた……タオル一枚も巻かずにすっぽんぽんと言う状態だ。
そして走り出すと温泉に目掛けて飛び込む――大きく飛沫を上げた湯はそのまま避ける間もなくサクラとクオンを飲み込む。
姿を見せた二人はすっかり髪がずぶ濡れになる。
「……おばあちゃん」「アサガオぉ……」
「ハッハッハッ、済まぬ済まぬ……それにしてもお主ら……」
二人と同じくずぶ濡れになったアサガオ(自業自得)は、改めてサクラとクオンを交互に見回す。
「……なに?」
「いや、髪の色を除けば双子と言われても納得してしまうくらいに顔が同じじゃなとは思うておったが、よもや体つきまで同じとはのぉ」
アサガオの思うところは至極当然と言えよう。
他の人から見てもサクラとクオンは双子の姉妹であると言われたら信じ込んでしまう……それくらいに瓜二つ。
「僕はどうこう答えようがないけど……」
サクラはクオンを見つめる。
サクラからしてみればクオンがサクラに寄せているように見えてしまうのだ。
当のクオンは……。
「うーん、私も別に何かしたわけじゃないからな~。人間体の姿は今も昔も二人が今見ている姿のままだし……」
「――そいつの言う通りだぜ」
いつの間にかインフェルノが湯に浸かっていた。
「ルーノ……クオンのこの姿見たことあるの?」
「あるぜ……っておい、ルーノってオレのことか!?」
「うん。インフェルノって微妙に長いし微妙に呼びづらいし……」
「だからって……まあいっか」
インフェルノも頭を掻きながらも半ば諦め気味にサクラのインフェルノに対する呼称を許す。
「それで、ルーノは――」
「そうだった。つっても最後に見たのは果てしなく昔だぞ。それこそアサガオと出会うまで……それよりもっとだな」
「じゃと何百年も前か……ってお主!?」
「あん?」
アサガオが突然驚きの声を出すのでインフェルノは少しビクつき、釣られてサクラとクオンも多少驚きを見せる。
「……いや待て、そもそもお主らは性別なぞ……」
「いったい何だよ」
「お主のその体、男そのものだから頭から抜けておったがお主を含めて精霊にそもそも性別なぞなかったということも含めて変に声を出してしまった」
「オレもこの体でいるけど確かにアサガオの言う通り性別は無い。やろうと思えば女体にもなれるしな」
「……だからどうしたの?」
アサガオたちの一連の会話に疑問を浮かべるサクラだったが、サクラの言葉を聞いてアサガオは若干呆れてものを言う。
「サクラよ、性別がないとはいえこ奴の見た目は男そのものじゃが……」
「別に気にしないよ、メニシアとも一緒にお風呂入ったことがあるし――」
サクラとメニシアが出会い、旅を共にするようになってから最初に訪れた水の都ファルカスの宿に訪れた時のこと。
サクラがいつまで経っても風呂に入らないどころか拒否する始末だったのでメニシアが強引に風呂に入らせた。
そしてすぐに出ようとしたこともあり監視としてともに一緒に入ることになり、ついでにクオン(猫体)もともに入ることになった訳だが……。
「別にお風呂が嫌いって訳じゃないけどさ……野宿が多いしさ、入らないことの方が多いからそれが習慣化しちゃったみたいな……」
「川での水浴びかそれがなかったら魔法で水を生み出してじゃっばーん! って感じだもんね~」
クオンが笑顔で答え、インフェルノも面白そうにキャッキャと笑う。
「やっぱお前と契約して正解だったかもな! こりゃ面白いものが毎回見られるぜ」
「……笑いものじゃないよ」
「気にすんなってサクラ……それに――」
サクラの背中をバシバシ叩きながらその瞳はアサガオに向けられ――。
「な、なんじゃ……」
「あの時の仕返し、させてもらうぜ~」
何のことかわからなかったが、すぐに理解することになる。
「お前ぇ、普段は男女の差なんて大雑把が過ぎるのにこんな時は清純ぶって~ぷぷぷー」
「……」
口をあんぐりさせているアサガオだが、それは驚きと言うより……呆れだった。
「……子供か」
「な、な――」
「言わせぬぞ。お主の言う通り別にここに男がいようがいなかろうが確かに気にせんぞ。むしろおぉ~入れ入れ~とでも言うじゃろうな。だが妾も常識はある。一応サクラたちは里外の者じゃ。男の体の奴がいたらさすがに確認するぞ……」
「……本音は?」
「クソ面倒じゃ」
やはりインフェルノの言う通りわざと真面目を演じていたようだ。
面倒といった際のその表情はサクラたちが見てきたアサガオそのものだったので何故かどこか安心感があった。
「本当に外のもんはこんな面倒な縛りがあるなんて面倒なものじゃなー。それに普段やらぬこともせんほうが良いのぉ。肩が凝る」
「それはおばあちゃんの自業自得じゃん」
「そうだそうだー」
サクラとサクラに乗ってインフェルノがアサガオをさらに追い詰めるが当のアサガオは「うるさいのぉ」と愚痴をこぼす。
その光景にクオンは笑いがこぼれ和気あいあいとした空間となっている――。
「――それで、お主は何故にここにいる。別に妾達と風呂を共にしたいとかではなかろうに」
実のところ、インフェルノは精霊の祠で一度元の世界へと戻っていった。
大体の精霊は召喚されてもこの世界に留まらず精霊が住まう世界(精霊界)へと帰還する。
アサガオたちもインフェルノが帰還したのは今までの精霊と同様の行動原理だと思っていたのだが……。
「最初はそのつもりだったがお前らが温泉に入るとか耳にしたから出て来たってわけだ。ずっと気になってたからどんなもんかと思っていたが、極楽だぜぇ」
その表情は今にも蕩けそう……だが、すぐにその表情は変わる。
「それだけじゃなかろうに……」
「ああそうだぜ、サクラにちと聞きたいことがあってさぁ」
「……お前、数日前に魔王と戦ったんだろ? 時を同じくしてそれ以外に何かあっただろ」
サクラを見つめる視線は真面目、その鋭さはサクラ以外だと怯んでしまうだろう。
「……お母さんから力を授かった」
「……なるほどなぁ」
「おばあちゃんは気づいてたんじゃないの? 僕が寝ていた時に色々と見ていただろうし」
「否定はせん。最初は血がつながっているからじゃと思っておったが、それでも違和感があったからの。にしてもマヤの魔力と全く同じじゃとな。クオンと話していて確信へと変わったくらいじゃがな」
魔王マーラとの戦い、サクラは瀕死の状態の母マヤから自身の全ての力を授かった。
その直後にクオンとマヤの力で魔王城から強制転移させられ、魔女の里で起きた出来事につながる。
クオンもマヤの力で同じく強制的に転移させられた――。
「私がサクラと一緒にここに転移させられたのは偶然……いや、マヤが本当に最後の力を振り絞って一緒にさせてくれたのかなぁ……」
「あ奴ならそれくらいやってのけるじゃろう……クオンの話を聞いたらのぉ」
アサガオの表情は悲しげに影に侵食されようとしている。
サクラを、クオンを転移させた後の魔王城の様子は誰も知らない。
生きている可能性もあるし、アサガオが今見せている表情から――。
「――だあああ! そう暗くなるなよ、温泉だぜ!」
重苦しい空気に耐えきれずインフェルノが騒ぎ立てる。
「……インフェルノ」
「話の発端はオレとはいえ別にこんなに暗くしようなんて思っちゃいないぜ。そもそも本題はそこじゃない!」
「そうだった。サクラの魔力が気になるんだよね?」
「ああ……つっても今の話を聞いて気になっていた点がサクラの魔力だってなったんだけどな」
「僕の魔力がどうしたの?」
「オレと……と言うよりは精霊と契約させてサクラの魔力を安定させようとした……その認識で会ってるかアサガオ?」
「うむ」
「だけどサクラの魔力は安定している……パッと見だけどな。精霊の祠以前……いや、魔女の里に転移される以前と比較できないからあれだけど正直今のお前なら魔王をなんとかできるんじゃないか? どうなんだアサガオ」
「……サクラの力にマヤの力を加えたら、確かに魔王に勝てるじゃろうな。だがずっと言っておるがサクラのそれは独学。インフェルノの言う通りマヤの力が合わさったことでより安定しておるじゃろうて」
「私もそこは同意見。今のサクラは魔王城の決戦時と比べると安定はしている。特にここ数日眠りについていたのが良い方向に進んだと思う」
「それでも微々たるものじゃが魔力の流れは乱れておった……お主と契約するまではな」
元々インフェルノと――精霊と契約させたのはサクラの魔力の流れをより安定させるため。
目的自体は果たされたのだが、実のところアサガオは少々驚いていた。
「それにしてもサクラは本当に魔力の才能が凄まじいのぉ。普通なら魔力が安定し始めるのに早くて一日くらいかかるところをよもやすぐとは」
インフェルノと契約を交わしたその瞬間、一気にサクラの魔力の流れが安定し始めた。
それを感じ取ったアサガオは一発目に心のうちに思ったのはあまりにも美しすぎたということ。
同時に思い出していた。
マヤの魔力も相当に美しかったことを――。
「血とはすごいものじゃの……」
「血……?」
「いや、こちらの話じゃ……それでサクラ、それにクオンよ。精霊との契約が済んだ今次なる目的へ進むのであろうが……」
サクラの目的は父を――故郷を滅ぼした実の母親であるマヤを――破壊の魔女を殺すこと。
すなわち復讐だ。
それは果たされたと言えば果たされたが、真なる黒幕である魔王マーラの登場により状況は一変。
真実を知った意味サクラの次なる目標……というより復讐相手が魔王マーラへと変わった。
精霊王インフェルノと契約によって魔力の流れは安定。
加えて転移直前にマヤに託された力。
魔王マーラを倒すためにサクラ自身の準備は整ったが、欠けているピースがある。それは――。
「仲間たちと合流する……次の目的はそこかな」
今のサクラの発言にクオンは少し驚きの表情を見せ、次第に優しい眼差しを向ける。
「……変わったね、サクラ」
「何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ……それよりさ、みんなと合流って当てはあるの?」
「……ない」
それもそのはずだ。
サクラとクオンが一緒にいるのはマヤの配慮もあるだろうが偶然に近い。
他の者がどこへ転移されたのか見当もつかないのだが……。
「クオンよ、お主の力のはずじゃがわからぬのか?」
「正直ね。もう少し時間があれば場所の指定どころか全員を同じ場所へ一斉に転移させることもできたさ……マーラがいなければの話だけどね」
クオンが発動した「転移・神隠し」によって当初の目的であるサクラたちの撤退は成功した。
しかし、もう少し力を集中させる時間があればクオンの言う通り全員を同じ場所へと転移させることが出来た。
「仮にも魔王を名乗ってんだ。ほんのわずかでもその技を発動できる時間があったんなら上出来ってもんだろ」
クオンは静かに頷く。
当のクオンはマヤの力によって転移させられたのだがそれはクオンにとっても予想外だった。
「――私もまだまだだなって、さすが天才魔女ってところだね。しかもあの時はサクラにほぼほぼ力を譲渡した後だったし余計にね」
「あ奴の「癒し」の力がそうさせたのじゃろ……」
「……あ」
突然何かを思い出したかのようにサクラが声を出す。
「おばあちゃん……!」
アサガオに近づきその両肩を両手で留めるように押さえる。
「な、なんじゃ!?」
「ずっと聞きたかったの……固有魔法について――」




