7 オレっ子火の精霊王
「……うむ」
渦巻く炎の中心にいる者は静かに声を発し、ゆっくりとその目を開き、サクラたちに視線を向ける。
サクラを、その後ろのアサガオ、クオンと順番に見回す。そして再びサクラの方を見て口を開く。
「汝が、我を呼び出した者か……」
「……」
サクラはその呼びかけに反応できなかった……いや、反応しなかった。
「……? どうした、我の声が聞こえておらぬのか?」
「……」
それでもサクラは反応しない。
「……貴様、我を舐めて――」
「――あのさ」
目の前の精霊の言葉を遮り、サクラが口を開く。
「……なんだ」
「それさ……素なの?」
「……は? 貴様、何を言って――」
「だからその口調は素なのかって聞いてるの」
サクラが目の前の精霊の言葉に反応しなかったのは微妙に違和感があったからだ。
一見普通に感じられる口調や佇まいなのだが、本当に微妙に無理をしている感じにサクラは見えた。
「……ふふ――」
すると、どこからか笑いを堪えている声が聞こえてきた。
それは目の前の精霊ではなくそう、サクラの後ろから消えてきた。
振り返るとアサガオが笑いを堪えているようだが、限界に達したようだ。
「ハハハハハッ、何じゃその口調は! そんなバレることを――フハハハハハ!」
「――! 笑いすぎだアサガオ! 久方ぶりに姿を見たと思えばオレを笑いやがって――!」
”オレ”というのが目の前の精霊の一人称でアサガオに向けた口調も彼の”素”なのだろう。
「クソッ、せっかく久方ぶりに地上に降りたのだから少しばかりカッコつけた結果がこれか……」
「ハハ、済まぬ済まぬ。そうへそを曲げる出ない」
アサガオはゆっくりとこちらへ近づき、クオンも続く。
目の前の精霊の口調が元に戻ると、精霊を守っていた炎も収まっていき、そのまま精霊の体内へと吸収されていった。
ようやくハッキリと精霊の姿を見ることが出来た。
精霊ということもあり、獣のような姿など少なくとも人型ではないだろうとサクラは勝手に想像していたのだが、目の前のそれは完全に人型の姿――。
しかも見た目は少年。少し長い赤髪ということもあり一瞬少女と間違えそうになる。
身に纏うものも赤系統ということもあり、全体が赤が強く主張している。
「それで、おばあちゃんは見知っているようだけど……」
「見知り合いじゃな。召喚される精霊は召喚者の魔力に依存するところがあるから基本は誰が召喚されるかわからぬ。過去の精霊召喚も一度たりとも重なったことなどない。今回が初めてじゃ……言いたいことはわかるかのぉ、サクラ」
「……おばあちゃんが初めて会った精霊……精霊王その人ってわけか」
「そうだ、オレが火の精霊王インフェルノだ。よろしく頼むぜ、サクラ!」
「あ、私はクオンだよ~」
「うむ! サクラにクオンじゃな……待て、クオンじゃと?」
火の精霊王インフェルノは、クオンという言葉に聞き覚えがあるのかクオンをジッと見つめる。
「な、なに?」
「うーん……いや、何でもない」
「そ、そう」
インフェルノは何が言いたげではあったが、今はその時ではないと思い自重した。
クオンもインフェルノの反応から焦りはしたが、察してくれたようで安堵の表情を浮かべる。
「それでだ、お前らに……サクラに呼ばれたわけだが――」
「呼ばれたのではなく割り込んできたんじゃろ」
「おばあちゃん、どういうこと?」
「あちらの世界がどういう理屈なのかは妾は知らん。じゃが、妾の召喚に応じて以降前回の召喚までにこ奴が召喚されたことはただの一度もない。そもそもこ奴の力が兄弟ということもあって並大抵の魔力持ちはその力に耐えられん。ゆえにこ奴が現れることはないのじゃ。どうせサクラに興味を持ったとかじゃろうに」
「正解正解! さっすがアサガオだ。オレはサクラの魔力にその量、そしてサクラという人間自体に興味を持った。だからオレが出て来たってわけだがやっぱ正解だったぜ」
インフェルノの興味津々の瞳はサクラに至近距離で向けられる。
当のサクラは少し鬱陶しそうにしていた。
「サクラ、お前は特異な存在だな……勇者と魔女の子か」
「……」
流石は精霊……それも頂点に立つ王と言うべきか。
大して話してもいないのにそこまで理解するとは……。
「魔王討伐をした勇者一行――英雄の子……だけど魔王は生きている」
「やはり、知っておるようじゃな」
「勇者たちは確かに倒した……本当にあと一歩と言うところまでだけどね。誰もが勘違いするさ、俺でさえ一瞬思ったもんだ。だけど神器が揃っていないと考えたら納得がいくけどな」
「……やっぱり、神器なんだ」
六つの神器が全て揃うことで初めて魔王を滅ぼすことが出来る。
しかし、サクラの両親である勇者と魔女を含めた一行は神器を全て揃ってはいなかった。
「むしろオレはすげえって思ったぜ。全て揃っていないにもかかわらず倒したと錯覚するくらいまで魔王を追い詰めたことを……もう少し早かったら倒せたかもしれないけどな。あいつの力の源は呪いも含めて負の力。この世界には必ずと言っていいほどあるその力が無くなることなどない。だからあいつは日に日に力が増していく……」
「もう少し早くってそういう意味か」
「うむ。だがサクラが戦ったあいつはまだ本調子ではなかった。いや、本調子ではあったがずっと人の子の体に忍んでおったからなのか力の増大がほぼほぼ止まっていた。勇者と対峙した時とさほど変わらん強さだったと思うぜ」
「でも僕たちは負けた」
「あれは、サクラたちが連戦ってのもあったし……」
サクラは魔王と戦う直前に、サクラの復讐相手である破壊の魔女――サクラの実の母親であるマヤと戦闘。
神器が全て揃っていたこともあり、何とか勝利することが出来た。
疲弊しきったサクラたちはマヤから衝撃の事実を聞かされ、そしてマヤを触媒として魔王マーラは復活。
結果は――。
「神器が全て揃っていたにもかかわらず敗北した。もちろんクオンが言った連戦も関係しているだろうな。でもそれだけじゃない……だからアサガオはサクラをここに連れて来たんだろう?」
「ああ、こ奴の魔力は本当に微妙じゃが乱れておる。普通なら問題ないのじゃが……」
「強大な敵である魔王を相手にする場合はその乱れが命取りになるってか……確かにサクラの強さだったらあの魔王相手に何とかなるだろうな。だがアサガオの言う通りその魔力の乱れが完全に力を引き出せていない――」
いつの間にかインフェルノの瞳は激しく燃える業火のような光が宿っていた。
その瞳でサクラの体を――魔力の流れを見ているのだろう。
「サクラ、その魔力の使い方は独学か?」
「半分以上は。もう半分は師匠に教えてもらった」
「そいつは魔法使いなのか?」
「ううん、ただの剣士」
「ただの剣士が魔力を扱えるのか……サクラ、お前の師匠の名前はなんだ」
「……ミコトだけど……」
「……はぁ、あいつか~」
インフェルノの反応を見るに、インフェルノはサクラの師匠――ミコトという名の人物と面識があるようだ。
「知ってるの?」
「親しいというほどではないが……何となく察したわ。でもあいつの弟子ってことは剣技は相当なもんなんだろ?」
「魔法と比べたらサクラの剣って物凄くきれいだよ!」
クオンが若干興奮気味に答えるが、実際のところサクラの剣は剣技と言うより剣舞と言った方がよい程には美しく滑らかな剣捌き。
本人も魔法よりは剣技の方を得意としているのでクオンの言うことは強ち間違ってはいない。
ただ剣技の方が得意と言うのは、アサガオやインフェルノの反応から察するにサクラの魔力の使い方が我流であることが要因であろう。
「……サクラほどの実力者だったら今から魔力の使い方の矯正をしたところで意味ない……と言うより逆に余計なことにつながっちまう」
「じゃあどうするの?」
「そのためにここに来たんだろ? 精霊と契約するために」
「あ、そっか」
精霊と契約することでサクラの魔力の使用による魔力の流れを安定化させる。
これがアサガオが精霊の祠に連れてきた目的であるのだが……。
「その肝心の契約する精霊ってのはどこにいるの?」
「どこって、お前らの目の前にいるだろうが」
そう言ってインフェルノは自身に指を向ける。
「……え?」
想定外の答えだったのか思わず声を漏らすサクラ。
他二人も同様に驚きのあまり固まってしまっている。
「だーかーらー、このオレがサクラと契約してやるって言ってるんだよ」
「……お主よ、冗談で言っとらんよな」
「オレが冗談でものをいうタイプに見えるか? アサガオ」
「普段のお主ならな……じゃが――」
アサガオも本当はわかっている。こういった真面目な場面で目の前の精霊王が冗物を言う言うタイプではないことを……。
だからこそアサガオは驚いているのだ。
まさか精霊の頂点に立つ精霊王が、特殊な経歴を持つとはいえ人の子と精霊契約を結ぶとは……。
「……」
サクラも最初こそ驚きはしたもののすぐに切り替えてインフェルノを強く見つめる。
正直サクラはどの精霊だとしても契約するつもりではいた。
この先のことや、今まで出来事から自身を裏切らないという条件付きではあるが……だが、精霊の頂点に君臨する精霊王が契約に応じるのであるのならこの上ない好機だ。
「うむ、契約成立とみて良さそうだな」
「――待て」
遮ったのはアサガオだった。
その表情は強張っており、どこか怒りをも感じさせられる。
「お主はなぜサクラと契約を結ぶ。ただ興味がある、面白うそうだけではないだろう」
「……アサガオの言うことは確かに間違ってはいないぜ。興味があるのも面白そうであるというのも本当だ。他の理由があるとしたらそれはこいつの行く末を見てみたいと思ったからだ」
「行く末……じゃと?」
「ああそうだ――」
インフェルノは自身の腕をサクラの肩へと回し、もう片方の手は人差し指をサクラの頬へとツンツンする。
「オレが今まで見てきた人間の中でこいつが断トツってくらいに大きすぎる運命を背負っている。そりゃそうだろうな、なんせ勇者と魔女の娘なんだから。加えて親の仇である魔王を討ち取るってんだ。オレたち精霊からしてもあの魔王は駄目だ。そういう意味でオレはこいつの助けになってやりてぇと思ったわけだが……理由として不十分化?」
「利害の一致……と言うわけじゃな」
「そういうこと」
憎たらしいほどの清々しい笑みでインフェルノは答える。
この精霊王の性格を知っているアサガオは素で出しているのだと理解できているのだが、だからこそため息が漏れるというものだ。
アサガオ本人は目の前の精霊王がただの人の子だったらどれだけ可愛いかと思ってしまう。
「嘘は言うとらん……と言うよりこ奴は噓をそもそも付けん、性格的にな」
「わかってるじゃん」
「と言うわけでサクラ、あとはお主の判断じゃが……言うまでもないかのぉ」
「うん、僕はあなたと精霊契約を結ぶよ。クオンも良いよね?」
「良いも何ももともと私はサクラの選択を尊重するつもりだし……」
「これで決まりだな。サクラ、右手を貸せ」
「うん」
インフェルノに言われた通り右手を向けて、インフェルノはその右手を優しくつかむ。
触れた瞬間に熱い何かがサクラの全身に急速に流れ込むのを感じる。
これは魔力だろう。
それにしても流れ込む魔力は思っている以上に強い。
これが精霊王の魔力なのだろう。
サクラの全身は燃える炎ように強い光を纏う。
体内の魔力が可視化されているくらいに溢れている……それだけ精霊王の魔力が強いのだ。
そして時間もかからずして魔力は少しずつ弱まり、サクラの体内に戻っていくようにして最終的には消えた。
しかし、先ほどと比べると明らかにサクラの纏う雰囲気が変わっているのを感じ取られる。
それはサクラ自身も感じている。
「これで精霊との――俺との契約が完了したわけだ。どこかに契約の証があるはずだぜ」
「契約の証って……」
「……これじゃないの?」
クオンが指をさしたのは左胸のあたり。
サクラはクオンが指したところの布を引き自身の左胸を見る。
「あ」
そこには薄っすらと赤く輝く紋章が描かれていた。
「サクラが見ているそれが契約の証である契約の紋章だ。これでお前はいつでもオレを呼び出せるってわけだ」
「ちなみに何で左胸?」
「知らん、オレもどこに紋章が浮かび上がるのかなんてわからない」
「そういうもんじゃ。お主と同じところのやつもあれば手の甲、足などその人それぞれじゃ」
「そういうもんなんだ……」
だからと言ってサクラがそれで何か困るわけでもないし、当の本人も困っている様子もない。
「改めてこれからよろしく頼むぜ、サクラ!」
「よろしく、インフェルノ」
二人は互いに握手をする。
こうしてサクラは火の精霊王インフェルノと契約を果たしたのだった。




