白い朝の波紋
――は、と目をひらいたら朝だった。白い眩さの中で、ひとつ、ふたつ、まばたきをして、私は緩やかに上体を起こす。身体を滑り落ちる毛布の柔らかさと温み、ほんの少し名残惜しく思いながら、脚を寝台から床へ下ろす。
室内履きにつま先を差し込んで、立ち上がって、ネグリジェの紐を解く。シルクのしなやかさを肩から落とせば、春めいたきらめきに肌が晒されて、腹部に刻まれた紋様もあらわになる。
線が複雑に入り組んだ墨色の紋様に指先で触れて、はっと気づいて指を離す。
目を逸らして、紋様に触れた事実を秘匿するように指先を握り込む。ひとつ息を吐いて、シュミーズを肌にまとったところで、着替えを手伝ってくれるメイドがふたり、やってきた。
星が降ったあの夜に運命が翻ってから、身支度は複雑で綿密になった。背中側で紐を締めたり、腰でリボンを結んだり。胸下まで伸びた髪も、丁寧に編み込まれてシニヨンとなる。
眦やくちびるに彩りを差せば、私の身なりは、まるで瑕疵ひとつない令嬢となる。
メイドたちはそのまま寝具のシーツを替えたり、部屋の掃除をしたり、様々に働いてくれるから、私はひとりで部屋を出る。
朝の清涼さに浸った廊下を、淡い影を伴いながら歩く。角を曲がって階段の踊り場へ差し掛かったところで、あ、とちいさく息をこぼす。上階から下りてきたトウヤと行き合ったからだ。
「おはようございます」
私を認めたトウヤは、右手を胸に当てて会釈をする。立ち居振る舞いも、皺ひとつないシャツにジレを合わせた装いも、彼の身のこなしにはいつも隙がない。
「おはよう」
挨拶を返して、笑いかける。私を見つめ返すトウヤも眼差しを緩めた。
月のない夜みたいな、暗色の瞳。
柔らかなシーツの温みの中で、親しい者たちが身を寄せ合うような、そんな夜。
「……アネット様?」
トウヤに呼ばれて、は、と我に返る。
「どうかなさいましたか?」
眼差しを揺らめかせながら、「いえ……」と緩く首を振る。何となく忙しなくまばたきをして、まるで言い訳をするみたいな心地で続ける。
「昔の夢を見たから、少し」
「昔の?」
「あなたが、この家に来た日」
夢の世界の、冷ややかな肌触りを思い出して、私はささやかに困窮する。
「あなたの目を、恐ろしいと思ったの」
トウヤは、わずかに目を見ひらいたように思えた。ほんの刹那、些細な動きだったから、もしかしたら思い違いかもしれないけれど。
「そうでしたか」と短く相槌を打ったトウヤの瞳を見つめながら、私はやっぱり戸惑う。
「何故だったのかしら。あなたは、こんなに穏やかな眼差しをしているのに」
ほとんどひとりごちるような問いかけだったから、返答を期待していたわけではなかった。
だけど、少しの間合いのあとに、
「クラルテでは珍しい、黒い瞳だからでしょうか」
トウヤが律儀に見解を述べてくれる。
確かに、クラルテ生まれの人間は、青や紫に近い色合いの瞳を持っていることが多い。黒い瞳や黒い髪は、マレの国の民の特徴だ。
「ええ、……そうね。もしかしたら、そうなのかも」
トウヤの言葉に頷いてみたら、困窮や戸惑いが解けたような気がした。
だから、私はいつもと同じ調子でトウヤの隣に並んだ。今日の朝食にココットはあるかしら、なんて話をしながら食堂へ向かうと――、
「――今度は、殺されたそうよ……」
何やら物騒な台詞が耳に飛び込んできた。