命を奪う湖
誇り高き王は言った。
「今度、そなたには子供が生まれるのであったな」
「その子供が娘であれば、ここにいる王太子の妃としよう」
雨を奪うという彼の国の蛮行、それを平定した将軍への褒美。
誇り高き王に忠誠を誓う将軍は、これより勝る名誉はないと喜んだ。生まれる子が男子であっても、成年後の将軍の地位が約束された。娘であっても息子であっても、将軍家の安泰は約束されたはずだった。
けれども、
――女として欠陥品。
お母様の命と引き換えに生まれた私は、子を産めない呪いを持って生まれた。お父様は、その事実を秘匿しようとした。
けれど、私が二歳になったとき。
お父様と意見を異にするブレスト侯爵によって、私の「欠陥」が暴かれた。精緻で美しいガラス細工が砕けるように、アヴェンヌ家の栄光は地に落ちた。
糾弾と嘲笑のさなかで、お父様は、気が狂うほどの絶望に苛まれたはずだ。
それでも、お父様は私を愛した。
朝の白さがきらめく部屋で、手ずから私の髪を梳き、――おはよう、私の小さい姫。ああ、今日も限りなく愛している。
頬に親愛のキスをした。
だから、私は愛に報いたかった。誰よりも高潔なお父様の、唯一の「欠陥」のままでいたくなかった。
――だから。
「お父様。私、お父様の息子になるわ」
生まれたのが男の子であるのなら、将来の、将軍の地位が約束されていたはずだった。だから、私はいつか将軍になるために、戸惑うお父様を説得して、士官学校へ特例入学した。
女として欠陥品。それなら、騎士として国の役に立つ。
そうしていつか、お父様みたいに、この国を守る将軍になるの。
士官学校で、仲間たちと研鑽した。立派な騎士をひたむきに目指して、そうして、三番の成績で士官学校を卒業するはずだった。
――運命が、ひらりと翻ったのは星が降る夜。
卒業を一月後に控えた夜に、お父様が異国の青年を連れてきた。
お父様は高揚した表情で、来賓を招くときのように両腕を広げた。
「士官学校は、今日で終わりだ」
「おまえはもう、騎士になる必要はないのだ」
「おまえは、誰よりも幸福な姫になれる」
まるで、熱に浮かされたみたいに。
息継ぎを忘れたように言葉を重ねたお父様は、私にトウヤを――トウヤ・レイセンインを紹介した。
彼の髪と瞳は、月のない夜みたいな暗色をしていた。肌の色は、私よりも色素が強いのに、けれど青ざめたような冷やかな白。
思わず立ちすくむ私の前で、彼は膝を突いて頭を垂れた。
彼は、抑揚のない声で告げた。
「将軍に、姉の命を救っていただきました。恩に報いるため、この身をあなたに捧げます」
言葉の終わりの息遣いが消えた。それと同時に、トウヤが眼差しを上げた。さらり、と夜色の前髪が眦を掠めて、彼の瞳が私を見る。
私たちの、視線がかち合う。
厳しい冬の、命を奪う湖みたいな瞳。